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最終話 夜空を照らす大輪よりも

 パレードが終わり、夜空には本格的に花火が上がり始める。



「リーザ!」

「こちらですわ!」



 フィナーレを飾ったフェアリア部のフロートを飛び降りたアリアは、そのまま急いでリーザの元へ。


 一足先に出番を終えたリーザは、既に色々と準備を整えている。

 アリアを椅子に誘導すると、数人の友人と共に彼女を取り囲んだ。



 因みにこのリーザの友人達、実はアリアとは無関係というわけでもない。

 あの、スライム水道管で女子トイレが使えなくなった日、アリアを屈辱の排水溝放尿に追い込んでしまった、『お腹の緩いお友達』だ。



 勿論、双方そんなことは知る由もなく、少女達は化粧落としやアイシングなどで、手早くアリアの状態を整えていく。



 ここからはスピード勝負だ。

 フロート上から見たグレンは、完全に色ボケした面を晒していた。


 パレードの成果は上場。

 後はその興奮が冷めぬうちに、色仕掛けと勢いで一気に押し切るのだ。


 かつて、まだ聖職者の仮面を被っていたゼフは言った。




『グレン君は、一先ずキスまでしちゃえば、責任を取ろうとするタイプだと思うよ』




 とにかく、キスまで持っていくのだ。

 ゼフの仮面は偽りだったが、この言葉に嘘はないとアリアは思っている。

 今日のアリアは、使えるものは何でも使う。


 例え、敵の首魁の助言だろうと。



「薄く化粧を……と思いましたが、むしろ邪魔になりそうですわね。貴女、とてもいい顔をしていましてよ」



 アリアも、今日のために体調や体は整えている。

 加えてさっきのオンステージは、アリアの気持ちも恋一色に染め上げた。

 この表情、血色、化粧で隠すのはもったいない。



「さあ、お行きなさい!」


「ありがとう、リーザ! みんなも!」


「アリア! 行くよ!」


「ええ! お願い、エルナ!」



 エルナから受け取った上着を羽織り、駆け出していくアリア。

 ヒラヒラと、イングリッドの超ミニ以上に無意味なスカートをはためかせ、レオタードを見せつけながら夜の街を駆けていく。

 もっと丈の長い上着も用意できたのだが、『穿いてない』感が出て余計に卑猥だったので、敢えて衣装は一部見せる方向で落ち着いた。


 若干の人目を引きつつ、アリアとエルナは一路告白の舞台――ではなく、ちょっと道を外れる。


 この大舞台で、アリアちゃんが絶対に欠かしてはいけない、おトイレタイムだ。



「エルナ! こっち!」



 繁華街の酒場の裏口から、2人を誘導する声はロッタのもの。

 グレン、アネットと共に観客していたロッタだが、アリアが通り過ぎるや否や、店の方に移動したのだ。


 急ぎ裏口から、店内の従業員トイレに向かうアリア。


 尚この店、記念すべきシャイニーアリア第1話で、アリアがシャイニーティアをびしょ濡れにしながらトイレを懇願した、あの店である。

 実はロッタの馴染みで、レオタード姿のアリアが人目につかないように、協力してもらえたのだ。


 トイレに入り、衣装のレオタードを全脱ぎして放尿を開始。




『あふぅぅぅぅぅっ……!』


 ――ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ……。




 案の定、脱水対策の水分補給と緊張で、かなり溜まっていた。

 このまま告白に突入していたら、まさかの事態もあっただろう。むしろ、アリアならそうなる確率の方が高い。

 それはそれで、告白の成功率は上がるかもしれないが。



 アリアちゃんが気持ちよくお花を摘んでいる間に、外のエルナとロッタは、受け取った衣装の汗拭きだ。

 水を被ったように汗まみれのレオタードも魅力的ではあるのだが、臭いの元になるし、張り付いて着るのにも時間がかかる。


 タオルで入念に汗を抜いたレオタードを、扉の隙間からアリアに手渡す。

 アリアが出てきたら、今度こそは告白の舞台に一直線だ。




 さてその決戦場だが、あの作戦会議の数日後、奇跡的に1つの場所が浮かび上がった。

 花火が見えて、小綺麗で、照明があって、人気がない、でも誰にも予約されていない都合のいい場所。



 他でもない、大聖堂だ。


 当然のように教会関係者専用だった大聖堂のテラスだが、まんまとアールヴァイスの隠れ蓑にされてしまったため、現在帝国軍に差し押さえられている。

 設備だけを残して、中は無人状態。降って沸いた絶好のスポットに、アリア達はここが使えないかと、色々と手を尽くした。


 が、いくら要人の娘達とはいえ、所詮は子供。

 軍が立ち入り禁止に定めた、まだ調査中の決戦跡地への個人的理由での侵入など、認められるものではない。


 やはり諦めるしかないかと思われたところ、飛び道具に定評のあるアネットが一案を投げかけた。



『グレン様に頼んでみるのはどうでしょう?』




 グレン・グリフィス・アルザード統合軍『大尉』。

 統合軍の代表として、現場検証にもある程度の権限を持って参加している。

 『花火の後でみんなでご飯を食べる』という、ダミーの目的も連絡済みだ。



 告白の舞台の場所取りは、まさかの告白を受ける本人に、真の理由を伏せたまま託された。


 尚、場所はあっさり取れた。

 さすがに『鶴の一声』とはいかなかったが、交換条件で一発だった。



『年明けに三本角の馬王(トライコルガ)の討伐をするんだろ? 俺、ちょうど冬休みなんだ』



 三本角の馬王(トライコルガ)は、帝国領土内に100年近く居座っている魔王種だ。

 特等席で花火を見せるだけで、『(しろがね)の魔人』が個人的に参戦するという話に、帝国は食い気味に飛びついた。



 エルナ、ロッタと共に大聖堂を目指すアリア。

 グレンは既に、アネットが指定の場所まで連れて行っている。

 そのままアリア達の姿が見えたら、『リーザを迎えに行く』という名目で退場する手筈だ。


 大聖堂に辿り着き、階段を登るアリア達が、降りてくるアネットと合流する。




「じゃあ、私らもここまでかな」


「思い切りぶちかましておいで」


「どうか、素敵な時間をお過ごし下さい」




 思い思いに言葉をかけ、足を止める仲間達。

 最後まで見守ってやりたいところだが、彼女達は以前、それをやってグレンに見つかっている。

 3人と、このあとやってくるリーザの役目は、万が一アリアがフラれた場合に、すぐに駆けつけられる場所で待機することだ。



 ここからは、本当にアリアとグレンの2人だけ。




「ありがとう、みんな……行ってくるね!」



 上着をエルナに預け、仲間達の視線を受けながら、一人階段を駆け上がるアリア。


 体調、体力、衣装、汗の具合、臭い、時間、場所、退路、あと膀胱、全て問題無し。



 緊張はあるが、それよりも高揚感の方が強い。

 あとは、度胸と勢いだ。




「すぅーーーーーーっ……ふっ!」




 アリアは、大きく息を吸い込み、全身に気合を満たして、テラスに続く扉を開けた。



 花火が照らす夜空の下、ずっと想い続けた、その少年の背中を目指して。




 ◆◆






「グレン君っ」





 背後からかけられた弾むような声に、グレンが振り返る。


「アリ――おぉぉぉ……っ」


 軽く声をかけようとしたグレンだったが、魅惑のパレード衣装でヒラヒラのプリプリのバルンバルンで駆け寄るアリアに、一瞬理性を飛ばしかける。


「ごめんなさい、1人で待たせて」


「い、いや、別に……っ」



 当たり前のように、互いのパーソナルエリアを重ねるアリア。

 跳ねる鼓動に瞳は潤み、走ってきたことでまた汗をかき、それが頬を、胸元を、脚を伝っていく。

 花火が照らし出すその艶姿に、グレンの視線は釘付けになった。


 熱に浮かされたような顔で見つめてくるグレンに、アリアは更に一歩近付き、渾身の上目遣いをぶつける。



「ふふっ、どう? グレン君……この服の私、好き?」

「ぐふっ!」



 真っ赤になって目を逸らす、珍しい反応を見せるグレン。

 その姿にアリアは、小賢しい色仕掛け作戦が、意外にもエロ根性以外の何かを引き出したことを感じ、内心でガッツポーズを決める。




 ……が、ここから先はノープランだ。


 どうする? 勢いで告白ってどうすればいい?

 そっと寄り添って、何発か花火が上がったら唐突に言う?

 それともいい感じの思い出話をして、雰囲気を盛り上げた方がいいのか?

 でもいい感じの話って何だ?



『キスしちゃいなよ』


 ――今は黙ってて下さいっ!



 ぐるぐると回る思考に悪魔の囁きも混ざり、早くもパニックに陥るアリア。

 その間に、グレンが『誘惑(チャーム)』の状態異常から持ち直した。



「ふぅ……食事会は中止、か?」

「あっ」



 グレン達と一緒にいたロッタは、別行動を取る際に、『アリアを迎えに行く』と言っていた。

 そのアリアが1人で、パレード衣装のまま現れのだ。

 さすがのグレンも、これがどんな状況なのか、ようやく理解したようだ。




「うん、その……ごめんね? 騙しちゃって」


「そうだなぁ……俺が色々黙ってたことも許してくれたら、そっちもチャラ……ってのはどうだ?」


「あっ! ズルいっ!」



 しれっと弁明タイムを回避しようとするグレンに、頬を膨らませるアリア。

 2人の間に明るい、だけど、どこか甘い空気が差し込んでくる。


 優しく、溶けるように、ゼロに近づいていく心の距離。

 アリアはこの空気が大好きだった。



「へへっ」



 『上手いこと言ってやったぜ』とばかりに、ニヤリと笑うグレン。

 アリアがむくれた時、グレンはよくこうゆう顔をする。

 あしらわれているような気がしつつ、心が繋がった気分にさせるこの顔も、やっぱりアリアは好きだった。


 アリアは、そんな大好きな笑顔の鼻先に、小さい子供をしかるように指を突きつける。



「もう……あんな死亡フラグ立ててまで約束してくれたんだから、潔く話して。やっぱり、お仕事の事情?」


「あぁ、まぁ……それもあるっちゃあるんだけど……」



 目立たないように、敵の目を欺くため――『グレン様』が正体を隠さないといけない理由は、冷静に考えれば簡単に思いつく。

 だが、言いづらそうに目を逸らすグレンの様子からは、もっと別の、個人的な理由の存在があるように思えた。


 不思議そうに覗き込むアリアに、グレンは観念したように、ふぅっと息を吐き出す。





「悔しかったんだよ……アリアの目が、いつも『思い出のヒーロー』を見てるような気がして」


「え――」




 グレンの顔、声、言葉……そこに込められた感情。

 アリアの心臓がトクンと跳ねる。



 それは『やきもち』だ。


 アリアの中で、いつも自分より上にいた、『幻の自分』に対する。



 予想外の言葉に、想いに、アリアの鼓動はどんどん早くなっていく。




「だから、俺の方に向かせたかった。目の前にいる、俺の方に。それまでは、正体を明かさないって、そう決めてた」



 語り終え、スッキリした表情を見せるグレン。

 対してアリアの体温は上がったまま、心臓が跳ねるのも止まらない。


 今までのアリアなら、顔を逸らし、必死に収めようとしただろう。

 でも、今日は違う。



「意地っ張りなんだね……グレン君……」



 今日は、この熱も鼓動も、グレンの『理由』に蕩けてしまった顔も、全部ぶつけると決めたのだから。

 アリアに向けたままのグレンの顔が赤いのも、きっと、赤裸々な内心を語ったからだけではない筈だ。



「その……ごめんな、こんな理由で」



 ――本当、酷いよ。私の気持ちばっかり、こんなに大きくして。




 もう一歩、アリアはグレンに身を寄せる。



 両手をグレンの胸に添えると、グレンも、アリアの肩に手をかけた。




 そして――



「アリア……俺は、お前のことが、す――っ!?」










 ――グレンの言葉を飲み込むように、アリアはその口に、自身の唇を重ねた。




「好き……グレン君」











 まだ驚きで目を見開いているグレンに、アリアは少しだけ唇を離してそう告げる。


 とろんとした、でも少しだけ不安げな顔で自身を見つめるアリア。

 そんな彼女に、正気に戻ったグレンは、嬉しさと不満が入り混じった、何とも言えない表情を返した。




「今のは、ズルくないか……?」


「だって……今日は私が言うって、決めてたんだもん……っ」



 ズルいのは、アリアとて百も承知だ。


 だが、何日もかけて気持ちを固めてきた、大事な告白。

 いくらその想い人とは言え、先を越されるわけにはいないのだ。


 バツの悪そうな表情は一瞬。

 アリアはすぐに、先ほどの顔に少し揶揄うような色を混ぜて、グレンに叩きつける。


「返事、聞かせて?」


「お前、マジか……!? 『好』まで言わせといて……くっそ!」



 不意打ちのキスから、ずっと何かが釈然としないグレン。

 だが、言わないものそれはそれで中途半端だし、何よりアリアに可愛く頼まれては断れない。


 グレンは咳払いを一つ。

 気持ちを切り替え、しっかりと胸に想いが満ちたのを感じ取り、アリアに飲み込まれた言葉を再び紡ぐ。




「俺も好きだ。これからも、アリアの隣にいさせてくれ」




 アリアの手が、グレンの背中側に回る。

 グレンも肩に置いていた手を、アリアの腰を抱えるように回した。





 ――うんっ……大好き……!





 夜空を彩る大輪が霞むほどの、満面の笑みを見せるアリア。



 花火の明かりはしばらく、2人の重なる唇を照らし続けた。




 ◆◆




「それはそれとして、2年間手紙だけで放置した件は、しっかり埋め合わせしてもらうからね?」


「申し開きも御座いません!!」


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