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第23話 ライジング・スターマイン・パレード




 ――大丈夫、私はやれる。




 皇立学園の貸応接間。

 煌びやかなパレード衣装に着替え、椅子に座り精神を集中させるアリア。



 ――私は、やれる。



 やがて、その目が静かに開いていく。



「どう? 大丈夫?」



 周りには、気心知れた4人の友人達。エルナ、ロッタ、リーザ、アネット。


 エルナの問いに、アリアは微笑みを浮かべて彼女達を見回し――










「だんだだだだだいじょだいだいじょいじょぶじょぶ」

「ダメですわね」



 瞳孔をグルグルと回した。



 星華祭当日。

 パレードを20分後に控えたアリアちゃんは、自慢の豆腐メンタルをペースト状になるまで叩きのめされていた。




「トットトットットットトットイレ行ってくりゅうぅぅうぅぅっっ!!」

「おおぉぉぉっ!? 付いてく付いてくっ!」




 下腹を庇い、内股の屁っ放り腰でトイレに駆け出すアリアを、慌ててエルナが追いかける。


 断言しよう、1滴も出ない。

 何せ、5分前にも同じことをしたばかりだ。


 今回はすぐ後にパレードが控えているので、アールヴァイス決戦前夜のような、ガブ飲み&放尿リラックスもできない。

 もしフロート上で限界を超えるような事態になれば、アリアは色々な意味で再起不能になってしまう。


「あばばばばばばばばばばばばっっっ!!!」


 よって、エルナに肩を抱かれて帰ってきたアリアの様子も、全く変わっていない。

 少女達はそんなアリアに、困り果てた、でも愛おしそうな笑顔を向ける。





「うん、まあ、大丈夫! 最後までちゃんと笑ってあげるから!」


「諦めないでっ!? 私を諦めないでエルナっ!?」



 エルナは今回、スタートからゴールまでアリアを追いかけることになっている。

 本当はゴール地点で待機して、アリアを告白場所まで誘導すればいいのだが、『パニックになりそうだったら、私の方を見なさい』と、今日の全工程を付き合うことにしたのだ。


 アリアが緊張からミスをしたら、どこでだって楽しそうに笑ってやれる。





「気楽にいきなよ。パレードでしくじっても告白は成功すると思うから、コメディ的な感じで」


「ラブロマンスっ! せめてラブコメにっ! 一生の一度の思い出なのよっ!?」



 ロッタは今日の詳細を、ほぼほぼ一人で組み上げた。

 本番前の給水タイミングと量、ゴールから告白地点でまでのトイレの確保など、勿論おトイレ関連以外も色々と。


 こんなことを言いつつ、親友の一世一代の大勝負をキラキラの思い出にしてやりたいのだ。





「一生に一度になるといいですわね。噂によると、『銀の魔人』様には、大陸外の各人域に現地妻がいるとか……」


「その話題、今言うっ!? 告白を数十分後に控えた私に、今言うっ!?」



 個人的に親しくなった、グランツマン家の変態メイド、アルテラからの情報である。

 アリアには冗談めかして言っているが、この話を聞いた時、リーザは一途に待ち続けた友への裏切り行為に、笑顔の裏でブチ切れ寸前になっていた。


 が――


『結局誰一人、グレン様の心を動かすことは、叶いませんでしたが』


 この一言で、一先ず怒りは収めることになった。





「ぜぇっ……はぁっ……ぜぇっ……はぁっ……! もう……本番前に、何か、凄く疲れ――あ」


 全力のツッコミを重ね、肩で息をするアリア。

 叫んだ後の脱力感で、頭の中は空っぽになっている。


 全身の震えは、いつの間にか止まっていた。



「どうよ?」


「もうっ、こんな荒療治を……でも、ありがとう」



 理性の光を取り戻したアリアの目に、ハイタッチを交わすエルナ、ロッタ、リーザ。

 そして健闘を讃えあう3人の間から、大トリと言わんばかりにアネットが歩み出る。



「では、落ち着かれたようなので、最後に(わたくし)から」


「お手柔らかにお願いね? アネット」



『貴女はいつも、スゴイのを撃ってくるから』



 言外にそう告げるアリアの目。

 それを真っ直ぐに受け止めたアネットは、『こちらをどうぞ』と、2冊の本を差し出した。








『ご主人様が満面の笑みになる雌犬108の作法』


『お漏らしフェチの彼氏が完堕ちする魅惑の我慢108ステップ』



「ぶっ!!」





 前回の脚フェチ本から僅か1ヶ月。

 更に研ぎ澄まされたアネットのセンスに、騒然となる一同。



「今夜からでも、必要になるかと思いまして」


「いらないわよっっ!!? 特に2冊目(お漏らしプレイ)っ!」



1冊目(雌犬プレイ)は使い道があるのか?』



 みんな聞きたかったけど、誰も聞けない。


 だが、アネットを含めた4人の脳裏には、深夜の街灯の下、首輪に繋がれ四つん這いになり、真っ赤な顔で片脚を上げるアリアの姿が――



「やらないわよっっ!!? 絶っっっっ対にやらないわよっっっ!!!?」


 人、それを『振り』という。



「あ、もう10分切った」

「やばっ! アリア急いでっ!」




 時刻は午後8時20分。

 長い夏の日が沈み、空も夜の色を映し出す。


 天気は晴天。星空の輝く、絶好の花火日和だ。



「では、(わたくし)達も行きますわよ!」

「かしこまりました、リーザ様」



 今日は決戦。

 意地っ張りで恥ずかしがり屋な女の子が、大切な人に、大切な想いを伝える日。



「じゃあ、みんな……私に力を貸して!」



 アリアの頼もしい仲間達は、全員揃ってぐっと親指を突き上げた。





 ――大丈夫、みんながいるから、私はやれる。




 ◆◆




 街灯と店の灯りが照らすベルンカイトの大通りに、それに負けないほどの眩い集団が現れる。


 ノイングラート帝国皇立学園、ベルンカイト周辺5校の中・高等部から精鋭を集めたパレード『ライジング・スターマイン』だ。



 先陣を切るのは、この全長100mのパレード全域をカバーする『スターマインの屋台骨』。

 吹奏楽部、声楽部、バトン部によるマーチングバンド隊だ。


 軽快な音楽と歌、両端が光るバトンがクルクルと回る様が、沿道の観衆を盛り上げ、この先への期待を煽る。

 バトン部の少女達のミニスカートが翻る度、沿道が湧き立つのはご愛嬌。



 胸躍る空気を引き継ぐのは、煌びやかな衣装を纏った社交ダンス部。

 スタンダードの中でも動きの大きなタイプのダンスで、観客を大いに盛り上げる。


 そして、列の後半に差し掛かる頃、曲調が一気に変わった。


 洗練された優雅さから、夏の夜に相応しい、激しく情熱的なリズムに。

 ダンサー達の衣装の露出度も高めになり、炎のように舞う彼等に、一時沿道の盛り上がりは最高潮に達する。


 やがて音楽は、そんな彼等に一呼吸を置かせるように、優しく、穏やかなものに変わっていく。


 誘われるようにやってきたのは、チュチュに身を包んだバレエ部の生徒だ。

 スカートとボディスに反射素材を散りばめており、街の灯りを受けてキラキラと輝いている。

 そんなバレエ部の生徒達は、後半になるにつれ、徐々に左右に分かれていく。


 合わせて巻き起こる歓声。


 とうとう、魔導工作部によるフロートが姿を現したのだ。



 森を表現した第1フロートに乗っているのは、演劇部によるミュージカル隊。

 コーラスに回った声楽部に変わり、歌の主旋律を感情豊かに、時に語りかけるように歌い上げる。


 そして、フロートの最奥。


 蔦のアーチの下では、ミュージカル隊の『女王』、エリザベート・フラウディーナ公爵令嬢が高らかな旋律を響かせる。

 リーザもアリア同様、このパレードは中等部からの常連なのだ。



 演劇部の後ろからは、女王の歌と踊りに酔いしれた民衆の目を覚ます、元気な声が聞こえてきた。


 星のマークを散りばめた、一際照明の強い第2フロートの上、一糸乱れぬダンスを見せるのは、チアダンス部の少女達だ。

 バトン部より更に短いスカートに、男達が再び湧き立つが、常に移動し続けるフロートの上で見事なタワーを決めると、それを遥かに超える歓声が巻き起こった。


 チアダンスに活気づけられ、上昇を続ける観客のボルテージ。


 それを一身に受けるべく、御伽噺の城をモチーフにした、最終フロートがやってくる。



 光の城を彩るのは、青い衣の妖精達。




 フェアリア部――アリアの出番だ。




 ◆◆




 マーチングバンドが奏でる音と声が幾重にも重なり、沿道に届く音楽が盛大なものに変わる。


 パレードのフィナーレを飾るのは、豪華な城のフロートと共に現れた、フェアリア部の少女達だ。

 フロート上に10名、下に28名の大所帯。


 毎年『花火より目立たないでくれ』と、冗談混じりの苦情を受ける彼女達のメインポジション――

 フロート上のセンターでは、今年はすんなりと出演要望を受け入れたアリアが、笑顔を振り撒く。



 身に纏うのは、このパレード用にあつらえた、一際目を引くレオタードだ。


 濃い青のノースリーブで、各所に金の刺繍が施されている。

 生地には、星空をイメージした小さな点が散りばめられており、魔力に反応して薄く発光する様は、パレードの最後を飾るに相応しい煌びやかさだ。

 胸元から鳩尾あたりまでの縦に空いた隙間からは、アリアの豊かな胸の一部が垣間見える。


 スカート状のフリルは股『上』5cm。

 決して際どくはないが、しっかりと切れ込んだレオタードのレッグが露わになる。


 隠しきれない魅惑のデルタゾーンに、男性客――勿論グレンの視線も吸い込まれていく。




(エッチ……どう、グレン君? 今夜の私は)


 だが悪い狼達の邪な心は、妖精達のリボンの一振りで吹き飛ばされる。


 淡く発光するリボンでクルクルと小さな円を作り、それを腕を回して大きく一周。

 宙をなぞる光の軌跡は、妖精達に惑わされ、迷子になった流れ星だ。




 そのうちの1つ、アリアの流星が天高く舞い上がる。



 このパレードの名の由来、『ライジング・スター』を合図に、残りの軌跡が円形のフロートの外周へと広がった。


 広く開けられたフロート中央。

 そこに、倒立回転のコンビネーションで、先頭にいたアリアが滑り込む。





『お願いします。12秒だけ、ステージを私に下さい……!』





 落ちてきたリボンをキャッチすれば、たった十数秒だけの、『猫の妖精(ケット・シー)』の一人舞台の幕開けだ。



(行くわよ、グレン君。余所見なんてさせないから!)



 頭の天辺から足の先まで、全てが連動しているかのような、滑らかな動き。

 宙返りも、ターンも、まるでアリアだけが重力を失ってしまったかのよう。


 それは決して激しい動きではない。

 アリアの持ち味だった躍動感も控えめだ。


 だがその中には、一度視界に収めたら絶対に目を離せななくなる、『御伽噺の魔法』の如き妖艶さが宿る。

 その様子に、わざわざここまで見に来たフェアリアの識者達は、アリアが次の段階に進んだことを確信した。



 彼女は、恋をしたのだと。



 伸ばした脚を床に這わせ、大きく背中を反るアリア。

 沿道に向けられた目が、口を半開きにしてアリアに見惚れるグレンの視線とぶつかった。



 目と目が合うのは、ほんの一瞬。

 だが、その一瞬だけ素に戻った笑顔を向け、ウインクを残して演技に戻るアリアに、グレンは無意識に胸に手を当てた。




 夢の12秒が終わり、チームの演技に戻る妖精達。


 だが、その間4回の視線をもらったグレンは、正気に戻るまで更に1分を要した。


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