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第22話 泣き虫ヒロインは一人じゃない

 ジョロロッ……ジョロッ……ジョォォッ……チョロロッ……チョロッ…………ポタッ……ポタッ…………。


「んんあっ!」




 長く続いたお漏らしが終わり、全身を襲う悪寒にアリアがブルルッと震える。

 同時に口から漏れた喘ぎが何かの引き金になったのか、奥の壁の各所から爆発が起こり、福音の鐘を守る壁が消滅した。



 アリアのレイジングティア・フルバーストは、ニーズヘッグを貫通し、奥の障壁をも穿ち続けた。

 その威力に、障壁を展開していた魔導具がオーバーヒートを起こしたのだ。



 鉄の巨人と、堅牢な城壁。

 福音の鐘を守る障害は、少女の尊厳と引き換えに全て消え去った。




「うぅぅっ……ひっぐ……私っ……こんな、ときにまで……お……お漏らし……うぅっ……うぅぅっ!」


「頑張ったな、アリア。大丈夫、気にするな。女には、そうゆうこともある」



 既にイングリッドは、アリアを姫抱っこに持ち替えている。

 自身に抱きついて啜り泣くアリアを、頬を擦り付けながら慰めるイングリッド。



「もう少し、こうしていてやりたいが……すまない。少し待っていてくれ。仕上げをしないと、いけないからな」



 『仕上げ』と言ったイングリッドの口調は、変わらず優しげに。だが、視線は細く鋭く、大破したニーズヘッグを射抜く。



 全ての元凶、ゼフ・ディーマンはまだそこにいるのだ。彼を捕えなければ、この戦いは終われない。

 アリアが、小さくコクリと頷くと、イングリッドは『いい子だ』と囁き、彼女を床に降ろした。


「終わったら、またお湯で洗ってやろう」


 へたり込むアリアにそう残して、イングリッドはニーズヘッグの元へ。

 後ろに傾いたコックピットブロックをこじ開け、どこか満足げな顔で待っていたゼフを見下ろす。



「ワークマンには、身体強化は使えなかったらしいよ。神代の人も、まさか素手でコックピットを開けられるとは、思わなかっただろうね」



 尚、超ミニスカートでそんな位置取りをしているせいで、ゼフからは縞パンが丸見えである。



「それもまた、ワークマン『だった』祖先が、一個の生物として、種を繋いできた結果です」


「なる程……僕の負けだね。とどめを刺すといい。君には、その権利がある」



 『全て受け入れる』とばかりに目を瞑るゼフ。

 だが、イングリッドは表情を変えず、大した感情も込めずに言葉を返す。



「多少なりとも罪悪感があるのなら、大人しく捕まって下さい」


「情けをかけるつもりかい?」


「アリアの計画では、私は貴方の身柄と引き換えに、恩赦を受けることになっていまして。死体より生捕りの方が、点数が高いのです」



 しれっと即物的なことを言い放つイングリッド。

 ゼフは一度目を丸くして、すぐに苦笑を浮かべた。



「まいったね……僕は本当に、若者を導くのに向いていないらしい。うちにいた頃より、君は強くなった」


「当然です。若者は未来に導くもの。未来を奪おうとした貴方には、無理な話です」



「耳が痛いね……まぁ、でも、ありがとう――十分だ」





 ゼフが笑った。


 今度は目を細めた、勝者の笑みで。


「――――っっ!!」





 イングリッドは目を見開き、すぐさま福音の鐘に向けて滑り出す。

 だが、滑り出したその足に、ニーズヘッグが最後に残したアンカーワイヤーが絡みついた。


 バランスを崩して、地面に投げ出されるイングリッド。

 その手が、もがくように福音の鐘――その中腹辺りに向けられた。










 ――アールヴァイスには、緊急時に備えての、1つの決まり事がある。





 有事の際、首領であるゼフの警護を最優先に『しない』ということ。

 計画の完遂に必要なのは、自分ではないとわかっているゼフが、自ら厳命したルールだ。


 そして、ゼフに代わり最優先の警護を受ける人物こそ――










「ヘイゼルうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!!!!」









 福音の鐘の中腹の、粗末な足場でコード塗れになっている老人。



 アールヴァイスの幹部、『福音の鐘』開発の最重要人物。





 ドクター・ヘイゼル。





 ヘイゼルの右手に握られたスイッチに、氷の弾丸を連射するイングリッド。

 だが、ヘイゼルは左手で別の魔導具を起動。前面にシールドを展開して、集中砲火を弾き返す。


 ヘイゼルは、会心の笑みを浮かべて親指をスイッチに添え――














 ――ゴスッ!



「おごぉっ!?」









 突如、上空から落下してきた2人の少女に、肘で脳天を打ち抜かれた。



 頭部に強撃をもらったヘイゼルは、スイッチを作業台に落とし、ふらりと倒れ伏す。

 その老体を踏みつけるように着地したのは、赤髪サイドテールの犬獣人の少女と、水色ショートカットのイルカ獣人の少女。



 2人の姿に、へたり込んでいたアリアが花が開くような笑顔を浮かべる。




「エルナっ! ロッタっ!」


「うふっ、来ちゃった♡」

「それ言うために、エライ苦労したね」



 空気ダクトを這いずり周り、煤と埃だらけの2人が、やり切った感満載の笑顔をアリアに向ける。


 この侵入用(・・・)空気ダクトを引いたのは、他でもないゼフとヘイゼルだ。

 ちょっとした遊び心が紙一重で勝ちを逃すことになっていて、ゼフが今度こそ諦めたような、乾いた笑いを浮かべた。


 アリアも、立ち上がりかけた脚を、再びヘナヘナと床に這わせていく。

 だが、その目をエルナ達の足元に向けると、表情を一気に緊迫に塗り替えた。



「まだよっ! 2人とも!」



 2人の足元……昏倒して踏みつけられているはずのヘイゼルの顔面が、メキメキと変貌していったのだ。

 大きな、少しカーブした角を持ったその姿は、怪人ヤギ男。



「おわわわわっっ!!?」

「ぐっ! 力っ、強っ!?」



 怪人化したヘイゼルは、老体には負荷が強いのか、目や鼻から血を流していた。

 だが、それでもパワーはしっかりと怪人で、少女2人を引き摺りながら、ズリズリとスイッチに迫る。



「ヤ……バ……い……!!」

「んぎぎぎぎぎぎっっ!!」



 伸ばした手は、あと少しでスイッチに届く。



 その距離、僅か2cm――








「よくやった! 『十分だ』」





 ゼフへの皮肉も込めたイングリッドの声は、揉み合う3人の頭上から。

 拘束からから逃れ、氷の道を駆け上がっていたイングリッドが、ブレード付きの具足を下に向けて急降下を始めていた。



 狙いはヘイゼルではなく、その更に上の、福音の鐘の中心。




「残存魔力、開放許可」


「ま、待てえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」



 ヘイゼルの叫びを掻き消すように、膨れ上がるイングリッドの魔力。

 全身から絞り出したその力は、氷の結晶となって足のブレードに集まり、大輪の花を咲かせる。




「ダイヤモンドダスト……」




 全てを『凍壊(とうかい)』せしめる、氷の大槍――




「フルブルームッッッ!!!!」




 壁面を覆う巨大魔道具に突き刺さる氷の花。

 その身と力を『氷華』と化したイングリッドが、轟音と共に福音の鐘を貫いた。



 崩れ落ちる、アールヴァイスの夢。

 鐘のスイッチを握りしめたまま昏倒するヘイゼルと、脱力してパイロットシートに身を埋めるゼフ。



 秘密結社アールヴァイスとの戦いは、今度こそ本当に、終わりを告げた。




 ◆◆




 崩壊した鐘の瓦礫から、イングリッドが飛び出してくる。

 ほぼ全魔力を使い切ったイングリッドは、少しふらつきながらも、両の足で床を踏み締めた。

 視線は、ヘイゼルを抱えて飛び降りてくる、エルナとロッタへ。



「お前達は、プールの時にいた2人だな? アリアの友達は、随分と無茶をするようだ」


「あぁっ! あん時の縞パンのお姉さん!」

「アリアを助けてくれたんだね。ありがとう、縞パンのお姉さん」


「しまぁっ!?」



 改めて指摘をされると恥ずかしいようで、スカートを押さえもじもじとし始めるイングリッド。

 2人を見る目は、恐ろしい敵を見るように見開かれている。


 今後、アリアと共に生きると言うことは、この2人とも共に生きると言うことだ。

 早くも、自分の決断は軽率ではなかったかと思い始めるイングリッドである。



「まったく……これは、アリアも苦労していそうだな。そうだ、アリアを頼めるか? 『洗ってやる』と言ったはいいが、この通り魔力が空っぽでな」


「あ……うぅぅ……っ」



 イングリッドが視線を向けると、今度がアリアが真っ赤な顔でもじもじとし始める。

 両手で股を隠してはいるが、レオタードの染みは広範囲で覆いきれていない。

 そもそも脚もびしょ濡れで、そこらじゅうに黄色い液体が撒き散らされているので、何があったかは一目瞭然だ。



「あははっ……今回もまた、派手にやっちゃったね……」

「私がやるよ。グレンが来る前に片付けよう」

「その慣れた反応……二度や三度ではないな? 水の魔術で、泡でも出せるようにしておくか……」



 ブツブツと思考の海に沈み始めたイングリッドに、アリアを助け起こすエルナとロッタ。

 まだ敵の本拠地の中だが、ようやく戻ってきた和やかな時間。






 ――ギィンッ! ガガガガガガガガガガガッッ!!


「「「「っっ!!?」」」」






 その空気をぶち壊しにするように、硬いものが切断される甲高い音が響き渡る。

 崩れる壁を突き破り現れたのは――




「アリアっっ!!」




 変態脚フェチ男改め、『銀の魔人』グレン・グリフィス・アルザード。


 よほど焦っていたのだろう、ズザーッと床を滑りながら勢いを殺し、汗まみれの顔をアリアに向けた。





「あ」





 その目が映すのは、エルナとロッタに助け起こされたばかりの、腰から下をびしょ濡れにしたアリアの姿。

 グレンに向けたアリアの目に、ブワッと涙が浮かび上がった。




「すまん、ちょっと早かったな」


「ぐすっ……見ないで……ううぅっ!」




 ◆◆




「そう言えば、ドクター・ヘイゼルが『足止め』を仕掛けたと言っていたが、何があったのだ?」



 地上への帰還中。ちょうどジャンパールとの戦闘があった部屋まで戻ると、イングリッドが思い出したようにグレンに問いかける。

 戦闘前に、ゼフが『博士の機転で足止めできた』と言っていた件だ。



「あぁっ、それそれ! そこの博士は、気でも狂ってやがるのか? 普通、悪の組織があの怪人は作らねえぞ」


「どうゆうこと? グレン君」



 質問に質問を返すグレンのわかりづらい答えに、アリアが説明を求める。

 対するイングリッドは、何かを察したのか驚愕の表情を浮かべた。



「まさかっ……『アレ』が解放されたのか!?」


「あぁ、多分『ソレ』だ。さすがだよ……ジャンパールとやり合って消耗してたとは言え、この俺が本気でやって倒しきれなかった」


「ねぇ、『アレ』って何? 仲間外れにしないで。泣くわよ?」



 既に半泣きになったアリアをイングリッドに任せて、グレンは最後の強敵が逃げていった大穴を見上げる。



 それは、ハチ女がリーザにチラリと語った、隔離棟最深部に封印されし者。



 アールヴァイス最強の怪人。




「まぁ、次は決着をつけてやるさ」






 ――怪人バッタ男……!


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