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第19話 『正義のヒロイン』と『悪の首領』

 刀身を染める赤黒い血が、銀の光で弾け飛ぶ。

 剣を鞘に納めたグレンは、生命波動の光も止め、少し長めの残心を終えた。



 視線の先には、もがくようにグレンに向けて手を伸ばす、上半身だけのジャンパール。


 驚くべきことに、この状態になっても尚、ジャンパールは生きていた。

 未だ限界突破を解いていないことによる、脅威的な生命力故だ。


 だが――



「……たす……け…………す……けて……」



 それだけだ。


 切り裂かれた断面からは止めどなく血が流れ出る。

 ジャンパールの命は、間もなく尽きようとしていた。



 助けを求めるジャンパールを、何も言わず、冷ややかに見下ろすグレン。

 グレンにジャンパールを救う手段はないし。あったとしても救うつもりはない。



 ――もう誰一人、この少年の犠牲者にはさせない。



 そう決意して、『銀の魔人』はここに来たのだから。




「……しに……た…………く…………な………………………………………」




 やがて、体に残った血を全て流し尽くし、ジャンパールはその短い生涯を終えた。

 グレンは、ほんの数秒だけ黙祷を捧げ、次の瞬間には、ジャンパールの存在を意識から消した。




「さて、と」



 アリア達が出て行った出口に目を向けるグレン。

 限界突破の反動で体の節々が痛むが、早めに決着をつけることができたので、まだ戦闘には支障がない程度だ。


 『頼む』とは言ったが、流石にまだ動けるなら助けに行きたい。

 そう思い、出口に向けて駆け出すグレン。



 その時だった。






 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!






 突如、壁の一部が砕け散り、向こう側から何者かが侵入してきた。

 破片の隙間から見えた侵入者のシルエットに、驚愕の視線を向けるグレン。



「ま、まさか……!! バ――」



 人影は、勢いを緩めることなく、グレンに向けて蹴り(・・)かかった。




 ◆◆




 長い通路を抜けた先、フィールドの(コア)ユニットの部屋よりも更に広い大部屋に着くと、イングリッドは足を止めて、アリアを床に下ろした。



 広大な空間の奥には、壁一面を埋め尽くすほどの巨大な魔導具『福音の鐘』

 更にそれを守るように立つ、虫型のゴーレムと思しき、全高20mほどの6本足の鉄の巨体。


 そして、その上には――



「よく来たね、アリアさん。イングリッドも。いや、本当は君達をここで迎え撃つ予定はなかったから、内心バクバクなんだけど」



 この戦いの全ての元凶。アールヴァイス首領、ゼフ・ディーマン。

 普段の戯けた口調のままだが、声音には重苦しさを纏っている。



「グレン君には、してやられたよ。普通の子供じゃないとは思っていたけど、まさか彼自身があんな隠し球だったとはね。『銀の魔人』……ジャンが負けるのは、完全に想定外だったよ」



 ヴァルハイトは倒れ、アシュレイはゼフ自身が切り捨てた。

 イングリッドは裏切り、隔離していた2怪人もリーザ達に敗北。

 そして頼みのジャンパールも、つい今しがたグレンの前に倒れた。


 アールヴァイスの戦力は、ほぼ壊滅したと言っていい。

 だがゼフの目には、言葉には、未だ悲観の色はない。



「まだ勝機がある……とでも言いたげな顔ですね、首領閣下」


「その通りだよ、イングリッド。グレン君に関しては、博士の機転でもう少し足止めができるはず。フィオナ・ゼフィランサスは、まだこの場所を見つけられていない。そして福音の鐘は、完成まであと僅か。つまり――」



 ゼフの目に、力強い光が宿り、アリア達を射抜く。



「唯一間に合う位置にいる、君達2人を倒せば、僕の勝ちだ」


「くっ……!」



 込められた気迫に、構えを取りつつも一歩後退るアリアとイングリッド。

 ゼフは足元の昇降盤を操作して、その身をゴーレムの中に埋めていく。



『来ないのかい? 僕としては、その方が都合がいいんだけどね。このまま時間稼ぎに付き合ってくれるなら、いくらでも話し相手になるよ』


「いえ、お付き合いするのは、ここまでです」


「え?」



 挑発するようなゼフの言葉に、少しも揺らぐことなく『NO』を突き返すアリア。

 その直後、下腹の聖涙紋が少しだけ大きくなり、放つ金光が1段強くなった。




"聖涙紋の拡大を確認。規定値に達しました"




 僅かな時間が欲しかったのは、アリアも同じ。

 下腹で主張を始めた重たい感覚に、『その時』が近いことを感じていたのだ。





"Fairy form, standby."



 ――要は、ちょっと無視できないくらい、トイレに行きたくなってきた、ってだけの話だが。



「フェアリィフォーム!!」



 シャイニーティアが、変身の時と同様に七色の光に包まれる。


 長手袋は、口にフリルがあしらわれた前腕半ばまでの手袋に。

 右脚のニーハイソックスは紺色のガーターリングに。

 レオタードの背面が腰から裂けて、背中から肩までが露出。

 前面も下腹から胸元までが大きく開いていく。

 そして背中に2対の、小さな妖精の羽が現れ、胸元のリボンに金の刺繍が施された。


 フェアリィフォーム、フォームチェンジ完了。




「これは……!」



 大きく減った布面積に対し膨れ上がるアリアの存在感に、ゼフの顔が珍しく好戦的な笑みを作る。



「いいね、アリアさん。これぞ『正義のヒロイン』と『悪の首領』の、最終決戦って感じだ。じゃあ、僕も見せてあげるよ。この神代で生まれ、先史文明が蘇らせた機動兵器、『ニーズヘッグ』の力を!」


「貴方が何を使おうと、私は絶対に負けたりしません! 覚悟して下さい、ゼフ先生!」


「2人とも、私のことも忘れないでくれよ?」



 改めて構えを取る2人に、コックピットに沈んでいくゼフ。

 イングリッドの、少し呆れたような声を合図に、アールヴァイス事変を巡る最後の戦いの幕が上がった。




 超速のスケーティングで大外から迫るイングリッドに、それに迫る速度で正面から駆けるアリア。


 対するゼフは、ニーズヘッグの武装を展開。

 大きな鳥の嘴のような頭部から、左右2門ずつのチェーンガンが現れる。

 更に背面から、ミサイルポッドも2つ、姿を見せた。


 まだ距離がある2人に向けて、ゼフはチェーンガンを掃射しつつ、ミサイルを発射。

 アリアとイングリッドは一旦前進を()め、各々の武器で迎撃を試みる。


「火を吹いてるのは遠くで落として! 爆発するわ!」


「了解だ! フリーズバレット!」


 手数重視の遠距離攻撃でミサイルを撃墜しながら、空中の道も使った立体的なスケーティングで掃射から逃れるイングリッド。



「チェンジ、リボン!」



 アリアは、まるで絵画を描くようにリボンを振り回し、弾丸を撃ち落とす。

 そしてミサイルに対しては、柔らかな足取りで次へ、また次へと飛び移り、後ろに逸らしていった。



「ふっ!」



 迫るミサイルの1つを選んで、リボンを巻き付けるアリア。

 そのままぐるんと縦に半回転させて、先端をゼフの側に向ける。


 狙いは、ニーズヘッグの後ろの福音の鐘。


 向けられた弾幕に対して、かなり高い位置でリリースしたミサイルは、迎撃されることなく福音の鐘へ。



「どう!?」


『やるね、アリアさん。でも、甘いよ』



 直撃するかと思われたミサイルは、鐘の手前で何かに阻まれ爆散した。



「くっ……無防備なはずはないわね……」



 神代の兵器と、不可視の障壁。2つの守りに歯噛みするアリア。


 ニーズヘッグは、空になったミサイルポッドをパージすると、左腕をアリアに向ける。

 放たれたのは、広域拡散する荷電粒子砲。


 逃げ場のない超高熱の攻撃から、フープで身を守るアリア。



「くぅっ!?」



 何とか粒子砲は防ぎるが、相打ちでフープも破壊されてしまった。


 ルミナスハンドの再構成には、十数秒のクールタイムが必要だ。

 丸腰になったアリアに、弾丸の雨が降り注ぐ。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 フェアリィフォームの防護膜は貫通こそされなかったものの、衝撃は完全には殺しきれず、全身を襲う痛みにアリアが悲鳴を上げる。


「アリア!」


 すかさずアリアのカバーに入るイングリッド。

 アリアの前に回り込み、双剣を走らせ銃弾を撃ち落としていく。


 が、高速機動からのヒット&アウェイが基本のイングリッドにとって、足を止めての攻防はあまり得意とするところではない。

 襲いくる集中砲火に、一発、また一発と銃弾をくらい、徐々に押し込まれていく。



「くっ! だめか……!」


「いいえ! ありがとう!」



 イングリッドが完全に押し負ける直前、ルミナスハンドの再構成が間に合った。

 今度はアリアがリボンを手に、イングリッドの前に躍り出る。


 リボンの軌跡が銃弾を悉く弾き返すうちに、イングリッドはニーズヘッグの照準から脱出した。




『随分と頑張っているけど、アリアさんは、自分が作られた奴隷人形だと知って、なんとも思わなかったかい?』



 余裕か、それとも動きを鈍らせるためか、アリアを揺さぶりにかかるゼフ。



「ショックじゃなかったと言えばっ、嘘になります! 私、『猿の魔獣から進化した』説が好きだったんで!」


『ええ、その程度……?』

「その程度ですっ!」



 それは、ゼフの感じた絶望とは程遠い、『残念』程度の感覚だ。


 実際、大半の人間は気にしない、ということはゼフも予想していた。

 だからゼフは、事実を公表して理解を求めるのではなく、福音の鐘という強硬手段を選んだのだ。

 だがそれでも、ゼフの胸中には落胆の思いが湧き上がる。



『アリアさんは、こうゆう話は気にするタイプだと思っていたけど……意外と淡白なんだね』


「ゼフ先生が気にし過ぎなんです! 新代の人類はもう滅んだのに……! 例え始まりがなんであろうと、私はお父様とお母様が、そのっ、あ、あ、愛し合ってっ! 生まれた子供です! それだけで十分です!」



 実のところ、アリアがワークマンの件で受けたショックは、先程ゼフに言い放った以上には大きかった。

 自分の体の中に、人に服従するための仕組みがあるという事実は、どうしても薄ら寒い気持ちが拭えない。



 だが、そこまでだ。


 アリアのルーツは、はるか昔の奴隷人形ではなく、少々人格に問題はあれど、愛情深い父と母。

 幼少期に聞かされた小っ恥ずかしい馴れ初めは、意思無き人形にはできない代物だ。




「私だってそうです! いつか大好きな人と、だから、つまりその、アレをアレして、そうゆう感じのもにょもにょを――」

「アリア、そこはふわっと飛ばせ」


「うぉっほんっ! とにかくっ、次の命を紡ぐんです! みんなだってそう! 貴方の絶望は、貴方だけのものです! 絶対に、誰も巻き込ませないっっ!!」




 ハッキリとした否定の言葉と共に、リボンを叩きつけるアリア。

 ゼフは直撃にチェーンガンを1つ失うが、好戦的な笑みを浮かべながら、左肩に榴弾砲を構える。



 ゼフの思想はほとんどの場合、『狂人の戯言』として、否定どころか相手にすらされない。

 例え否定であろうとも、真っ向から受け止め全力で跳ね返すアリアに、闘争心が燃え上がっているのだ。



『できるかい? 君に』



 チェーンガン1門で足を止め、榴弾を叩き込むゼフ。

 アリアを防戦一方に追い込み、挑発も併せて優位をアピールする。



「やります!」



 爆風と、防ぎきれなかった破片に打たれながらも、手を止めず、一歩も引かずに言葉を返すアリア。



 力不足は承知している。自分は、ヒーローにはなれないと。


 アリアの憧れたヒーロー像は、強烈な意志と絶対の力で、全ての悪をねじ伏せる超戦士だ。

 怖がりで、泣き虫で、シャイニーティアがなければ戦うこともできない自分では、とても届かない。


 だが、それでも――




「今ここにいるのは私です! 自分の力ではないけれど、貴方を止められる力を持ってここにいる! だから、みんなの未来も、私の未来も、私が奪わせない!」



 エルナ、ロッタ、リーザ、アネット……友人達と過ごす、学園での生活。


 イングリッドと一緒に、ランドハウゼンに帰る未来。



 そして――



「私に力はありません。経験も、勝利を信じる強い心も。でも……!」



『慣れと、意地と、思い込みだ』


『知らないのか? 『勇気』ってのは、この3つで出来てるんだぞ』



 ――グレン君。星華祭の告白作戦、待っていてね!






「恋する女の子の意地はっ、最っっっ強なんだからっっ!!」





"隷属回路への不正アクセス、解消を確認。ヒロイン補正の再調整を実行しますか?"



「お願い!」



"了解(ラジャー)。ヒロイン補正調整開始。ダメージコンバータを獲得します"



 シャイニーティアが淡い光を放ち、アリアの新しい力を組み立てていく。



『何かやるつもりかな? じゃあ、先手必勝ってことで!』



 だがゼフは、光やむのを待たずにアリアに攻撃を仕掛ける。

 カバーに入ろうとするイングリッドを3門のチェーンガンで足止めし、アリアには左の粒子砲と左肩の榴弾砲を見舞う。


 アリアの身を覆い隠すほどの、光と爆炎。



「くっ!? アリアっ!」


『やったかな……あ、これ言っちゃいけないやつだ』



 ゼフが己の失言を悔やんでいると、本当にそれを待っていたかのように、光と爆炎の中心が不自然に膨れ上がり破裂する。



 その向こうから現れたのは、もちろんアリアだ。


 リボンを振り回してゼフの攻撃を防ぎ、それでも何発かは当たったはずなのに、コスチュームはともかく、体にはほとんど傷がない。

 そして体の各所には、新たに極小サイズの聖涙紋が浮かんでいた。


 左右の肩と手の甲、左の尻と、右のガーターリングの内と外、そしてちょっと口にはできないアソコ。


 小さな8つの紋章は、まるでアリアを守るように、ゼフの攻撃がアリアに当たるたびに優しい光を放つ。



『まいったね……!』



 ゼフは榴弾をもう1発、チェーンガンも1門アリアに回すが、アリアの前進は止まらない。



「てああぁぁぁぁっっ!!」



 とうとうリボンの間合いまで近付いたアリアは、光の軌跡を縦横無尽にニーズヘッグに叩きつける。



『むうぅっ!?』



 堪らず後退するニーズヘッグ。

 装甲は各所が剥がれ落ち、粒子砲は左腕ごと破壊された。



『恋する女の子の意地……か。なかなか凄まじいね』



 ゼフは、その小さな体一つで、20mを超える鉄の巨人を押し返した、自称『怖がりで泣き虫』なヒロインに、警戒と感嘆を贈った。



「まだまだ……勝負はこれからです、ゼフ先生!」


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