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第18話 英雄にパンは作れない

限界(アルティマライズ)突破(オーバーロード)ォォッッッ!!!」



 ドス黒い光が嵐となって吹き荒れ、ジャンパールの体がその在り方を変える。


 人の枠を超え、より高次の生命体へ。

 人の身では不可能な暴力を、存分に振るうために。


 変異を終えたジャンパールは、見た目こそ変わらないが、身から溢れる威は先ほどまでとはまったく別の次元に強まっていた。



「お前……っ」


「あっははははっ……! どうしたの? 顔から余裕が無くなってるけど。もしかして、わかっちゃった? もう、自分に勝ち目がないってこと!」



 上機嫌に語るジャンパールに対し、グレンは無反応。

 その目は、僅かな兆候も見逃さないよう、油断なくジャンパールに注がれている。

 そこから感情は読み取れないが、ジャンパールはその様子を恐怖と見做した。



「あっれぇ? もしかしてびびっちゃった? だぁぁっさぁぁぁっ!! あんだけ余裕こいてたのに、びびってなんにも言えなくなってんの! ねぇ? なんか言ってみなよ。面白かったら、殺さないであげるかもしれないよ?」



「32秒」


「は?」



「お前が変異してからの時間だ。だいぶおしゃべりで潰してくれたが、お前のソレはあと何分もつんだ?」


「お前……!?」



 まるで、この切り札すら見透かすようなグレンの言葉。

 ジャンパールは一瞬驚きを見せるが、すぐに凶悪な笑みを浮かべて、突撃槍を構えた。



「そんなに死にたいなら……今すぐ殺してやるよっっ!!」



 爆音を置き去りに、一足飛びでグレンに迫るジャンパール。


 その速さは、先ほどまでの比ではない。

 全知覚を総動員したグレンが、ギリギリで軌道を捉え、剣を合わせ受け流す。


「ぐぅぅ……!」


 力の方向を逸らして尚、腕が痺れるほどの衝撃がグレンを襲う。

 受けきれず、槍と反対側に足を滑らせるグレン。


 対してジャンパールは、まだ伸び切る前の突きを強引に止め、横に振り払う。

 衝撃をモロに受け、グレンが壁へと吹き飛ばされる。


 何とか体を回して壁に着地するが、顔を上げるとジャンパールはすぐ目の前まで迫っていた。

 咄嗟に床に転がり、顔面を狙った刺突を回避。

 そのまま立ち上がる間も惜しんで、低い姿勢のまま右手側に跳躍した。


 床板が砕ける音が聞こえたのはその直後。

 体を起こすと、ジャンパールもう床に刺さった槍を手放し、今度は三叉槍(トライデント)を手にグレンに肉薄していた。


 高速で繰り出される、間合いの外からの連撃。

 グレンは徐々に流し切れなくなり、少しでも槍の軌道から逃れるべく、細かいショートステップを繰り返す。




「ねえねえ、さっきなんて言ってたっけ? 『貰い物の力』がどうとかさ? ぷふっ、うける! ご自慢の顔面真っ赤にして手に入れた汗臭い力……僕が何の苦労もせずに手に入れたこの力に、手も足も出ないじゃん! 偉そうなこと言ってても、結局は弱い奴が負けるんだよ! 『凡人』のお前は、『聖人』である僕には、絶対に勝てないんだ!!」


「そうでもっ、ねえさ! その貰い物に胡座をかいて、『自分の一部』にできなかったお前は……大した相手じゃねえっ!」


「はぁ? そのザマで何言って――え?」



「見せてやる……そんな紛い物はいらねえってことを」




 グレンが足を止め、ジャンパールの一撃を受け止める。

 押し込まれつつも、体勢は揺らがない。



「権能なんざなくても、人間は『そこ』に行けんだよっ!」






 そして、ジャンパールに向けられた相貌は、銀色の光を放っていた。





「嘘だっ……できるわけが……!」



限界(アルティマライズ)突破(オーバーロード)!!!」





 グレンの全身が強烈な光を放ち、その身が人を超えた存在――真なる『魔人』に在り方を変えた。

 その身に纏うのは、ジャンパールの黒い暴風とは違う、強く、だが静かに灯る銀の光。

 全ての力を薄皮一枚の下に凝縮し、全身を巡らせているからこその静けさだ。



「なんで……お前は……聖人じゃ……っ」


「聖人じゃないから、ここまでこれたんだ。与えられた力じゃ届かない、お前が『極限』だと思っている場所の、更に先へ」


「黙れ……黙れ……!!」




 同時に床を蹴る、グレンとジャンパール。


 人という種から逸脱した2人は、互いに銀と黒の光となってぶつかり合う。

 空気が弾け、轟音が響き、反発しあい散らばった力が、部屋全体を轟と揺るがせた。


「ああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」


 意地をぶつけるように、槍を押し込むジャンパール。

 そこに整然とした理屈や、確たる背景はない。


 だが彼にとって世界は敵で、何をしても構わない敗者なのだ。

 幼い頃から心に不相応な力を与えられ、それで他者を踏み躙る人生を送ってきたジャンパールは、それ以外の方法で自分を保てない。


 だから自分は世界に対する勝者――『最強』でなければならない。



「潰れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」



 だから、ジャンパールは引けない。

 例え腕が軋み、体が弾けそうになっても、目の前の自分を否定する敵を、力でねじ伏せなければならないのだ。


 だが、グレンはそんなただの(・・・)力任せの勝負へのこだわりなど、知ったことではない。


「ぅらあっ!」



 踏みしめた両足から生まれた力を、腹、背中、胸を通して増幅し、比喩抜きで『全身から集めた力』を肩から腕へ。

 それを一滴も零すことなく剣に伝え、ジャンパールの槍との接触点で爆裂させる。


 大陸はおろか、世界全体でも5本の指に入る剣技を尽くした、極限まで洗練された『力押し』だ。

 激情のまま力むだけのジャンパールでは、凝縮された力の爆発は耐えきれない。

 ひしゃげた突撃槍と共に、聖人の少年は砲弾のように打ち出された。



 『聖人は人の極限』――裏を返せば、人の範疇でしかない、ということだ。


 限界突破でその枠を超えても、技術である以上、人は追い縋ってくる。

 聖人は、ただ聖人であるというだけでは、最強にはなれないのだ。



 柱を砕きながら、呆然と飛んでいくジャンパール。

 絶対に受け入れられない結果に、涙まで浮かべている。



 今までジャンパールは、絶対的な強者だった。

 気に入らないものは暴力で黙らせる。

 この少年にとって戦いとは、一方的に相手の命を奪うだけの、安全で楽しい『遊び』だったのだ。



 だが今、全てが叶うはずだった暴力は、より大きな力に跳ね飛ばされ、自分の命が安全な場所から引き摺り出されようとしている。


 砕けた柱の破片を足場に、ジグザグの奇跡を描いて迫るグレン。

 それを目にしたジャンパールは、体を反転させ、次の柱に足を押し付ける。

 そして、跳躍と共に感情を爆発させた。




「何でだよっっ!! 何で僕がっ……こんな目に遭わされないといけないんだっっ!!」




 何をやっても上を行かれ、思い通りにならない苛立ち。

 自分の命が保証されないという恐怖。


 爆裂した感情に背中を押され、新たに生み出した槍を、グレンに向けて突き出すジャンパール。




「僕は何も悪くないっ! ただちょっと遊んでやっただけなのに……! 何で邪魔するんだよ!! 何で僕をぶつんだよ!? 切るんだよ!? 酷いことするんだよ!?」


「お前が奪う者だからだっっ!!!」




 ジャンパールの身勝手な嘆きの源泉は、『自分は誰かを傷つけていい』という歪んだ認識だ。

 その歪みに、グレンは斬撃と共に『NO』を叩きつける。



「理不尽に! 身勝手に! 遊び半分で奪った二千の命がお前を許さなかった! ごちゃごちゃと面倒な事情はあるけどな……俺がここに来た理由は、突き詰めりゃそうゆうことだ!!」


「そんなことっ! ぐっ! 知るかよっっ!!」



 グレンの剣が、ジャンパールを槍ごと押し込んでいく。

 重厚なはずの突撃槍は、数度の切り結びで無惨にひしゃげ、左手にはとうとう盾を持ち出した。



「自分で自分の身も守れないくせに! 僕に偉そうなこと言ったあいつらが悪いんだっ! 他の客に迷惑だからやめろとか、礼儀がなってないガキに売る物はないだとか! あのパン屋もだよ! 不味い物を不味いって何が悪いんだっ!!

 あんな奴ら、死んで当然だろ!? 家族だって同罪だ! それなのに僕を悪者扱いして……むしろ、みんな仲良く逝けたんだから、僕に感謝してほしいくらいだよ!」



「『当然』じゃねえっ!! 全部ガキの我儘だ! お前の下らないお遊びと癇癪が、彼らの死に見合う理由であってたまるかよ!!」



「下らないのはアイツらの方だろ!? 弱い奴の命に価値なんてあるもんか! あいつらは、黙って僕のおもちゃになってればよかったんだっ! 価値のないゴミなんて、それ以外なんの意味があるって言うんだっっ!!」


「馬鹿言ってんじゃねえっっ!!!」



 激情は炉にくべ炎に変え、余すところなく剣に伝え、外へと解き放つ。

 怒号と共に放った一撃が、盾も槍も両断して、甲冑の下の腕を切り裂いた。




「お前にパンが作れるかっっ!! 米は! 肉は! 服は、靴は! 家は、剣は、鎧はっ!! 腹減った奴に飯を振る舞えるか!? 風邪ひいた奴を治せるか!? 霊子炉の管理! 上下水道の整備! 全部お前が、『無価値』と吐き捨てた奴らの力だ! 暴力を選んだ俺達にはできない、『作る』ことを選んだ彼らの力だ!!」


「だから何だよっ!? 全部瓦礫と肉塊にすれば、結局ゴミだろおおおおぉぉぉっっっ!!!」




 ジャンパールの周囲が、槍で埋め尽くされる。


 行いを咎められ、思想を卑下され、拠り所となる力の意味すら否定された。

 その怒りを吐き出すように作った、300本の槍は、グレンの言った千には届かずとも、込められた力は先ほどの比ではない。


 憤怒と憎悪を固めて作った、視界を埋め尽くす呪詛の切っ先。

 だが、グレンは臆すことなく剣を構え、足を踏み締める。



「同じ物は作れねえだろ! 死んだ奴は戻せねえだろ! なのにお前は壊しまくった! そして繰り返す。ただ喧嘩が強いだけで、自分が偉いと勘違いしたお前は、この先もずっと奪い続ける!」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっっ!!」



「だから来てやったぜ……! お前と同じ、壊す力しか持たない何も作れねえ俺が! 力の鉾先を間違えたクソガキを、お前が大好きな暴力でぶっ壊しになっ!」


「黙れえええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」




 放たれる怨念のファランクス。

 グレンはそれに、真正面から全力で飛び込んだ。






 グレンは、物語の主人公のような、全てを守れる完璧なヒーローではない。



 例え、世界でも一握りと言われる力を持っていても、街一つ分離れただけで、もうその剣は何も守れないのだ。

 その上、他の何を犠牲にしてでも、絶対に手放せない命まである。


 家族、仲間、学園で出会った友人達……彼らを救うためなら、グレンは何万という人々を取りこぼしていくだろう。





 小さく、不公平な、紛い物のヒーロー。




 だが、紛い物にも意地がある。

 せめて拾える命は、全部救うと。


 だから、グレンはいつも前に出るのだ。


 広がった悪意に手が届かないなら、広がる前に一番前で、全て迎え撃てばいい。

 そして、二度と同じことができないよう、悪意の根源を叩き切るのだ。

 小さな我が身で、身に余る人々を救うことができる、簡単かつ手っ取り早い、合理的な手段。


 故に、ジャンパールが幼稚に死を撒き散らし始めたときから、魔人と聖人、2人が戦うことは決まっていたのだ。





 2つの力が交差して、300の槍が砕け散る。





「『何でこんな目に』とか言ったか? 教えてやるよ、ジャンパール。お前がここで終わるのは、その身勝手な破壊と蹂躙の道の果てに――」



「やめろっ……来るな……!」






 剣は折れず、更に前へ。







「『銀の魔人(この俺)』がいたからだっっっ!!!!」







 最短距離を最速に駆け抜け――


 最大の力を持って最緻に――


 この星に刻まれた、記憶の全てに至るまで――





「来るなああああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!」





 その全霊を賭して――







「一意一閃!!!」







 凝縮された、無慈悲なる銀の光。


 光の軌跡と重なったものは、全てが2つに分たれる。



 大気も、力も、命でさえも。





「あ……え……?」




 アールヴァイス最強、『正義』のジャンパールは、その身を胴で2つに裂かれ、権能の鎧と共に崩れ落ちた。


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