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第17話 『魔人』対『聖人』

 ジャンパールの手の中で、クルクルと円を描く大槍。

 それが突如動きを変え、グレンに向けて直線の軌道を取る。


 喉、左脇腹、心臓を狙った三段突きだ。

 余程の達人でも、槍が3つに分離したようにしか見えない超速連撃。


 だが、グレンはそれを丁寧に捌いていく。

 フィールド影響下同様、剣に少し角度を付け、槍の軌道を狙いの外へ。

 違うのは、受けるグレンの体がピクリとも揺らがないということか。


「この……っ」


 一拍置いて、今度は二段。


 1撃目を流したグレンは、2撃目に飛び込むように前進。

 右肩を狙った刺突に剣を合わせる。

 そこから向かって右に槍を跳ね飛ばし、その動きのまま、右肩越しに剣を振りかぶった。


 体勢を乱すジャンパールに対し、間合いと構えを整えたグレンが一歩踏み込む。


 ここからの防御は不可能。


 ならばとジャンパールは、細く短い、粗末な槍を一本だけ生み出す。

 槍の先端はグレンに向け、石突きは自身の足の先に。

 後ろに転がる動きに合わせて蹴り出せば、槍はグレンに向けて飛んでいく。

 対して、グレンは構えを解かぬまま、肘を僅かに動かし槍を弾いた。


 僅かにタイミングをずらされるも、グレンは即座に距離を詰め、袈裟懸けに一閃。

 斬撃は、仰向けに倒れていくジャンパールの脇腹に吸い込まれる。


「いぎぃっっ!!?」


 短槍の時間稼ぎで直撃は免れたものの、グレンの足は期待の半分も止まらなかった。

 脇腹に刻まれた傷は、決して浅くはない。


 痛み、焦り、苛立ち、そして恐怖……ごっちゃになった感情に、ジャンパールの顔が歪む。




 七徳の聖人『正義』のジャンパールは、本能的に人を『嬲る』タイプの少年だ。


 『もう殺す』、『すぐに終わらせる』などと言っておきながら、無意識に手加減をする。

 相手が捌けなくなるギリギリのラインを見定め、獲物が少しずつ追い詰められていく様を楽しむのだ。


 フィールド解除前の、アリア達との3対1の戦いでもそう。

 最初の突撃が7割ほど、その後はずっと6割程度の力で、ジャンパールは遊んでいた。



 対して今は、全力全開。



「んのおおおああぁぁぁっっっ!!!」



 コートの下に、『正義』最大顕現を示す白の甲冑を纏い、権能が与える強化も上限まで振り絞り、肉体を高めている。

 柄の両端に刃を生み出した槍で、上下左右からグレンに迫る攻撃は、先ほどまでとは速さも重さも段違いだ。



 だが、当たらない。


 手元で回転し、初動が掴みづらいはずの斬撃。

 グレンは、その『攻』に転じる一瞬の揺らぎを見逃さず、的確に防ぎ、戻しに合わせて切り込んでいく。

 まるで、事前に手順を取り決めた演舞のように淀みなく。




 ジャンパールは、間違いなく大陸で最上位の実力者。

 その権能の全てを賭した彼に勝てる者など、大陸全体でも片手の指にすら届かない――



 逆に言えば、その程度には存在する、ということだ。


 例えば――



「何なんだよお前えぇぇぇっっ!!」




 『(しろがね)の魔人』グレン・グリフィス・アルザード。




 飛び込むグレンに合わせて、ジャンパールが左手に短槍を生み出す。


 狙いは左目。

 崩れた体勢とは思えないほどの速さの刺突が、グレンの眼球めがけて放たれる。



 グレンの視界を埋め尽くす刃。


 会心の笑みを浮かべるジャンパール。




 しかし、眼球数ミリまで迫ったそれを、グレンは瞬き一つせずに左手で掴み取った。



「はぁっ!?」




 グレンの戦闘時の知覚は、視覚と聴覚だけではない。

 空気から伝わる僅かな刺激を、嗅覚と触覚、時に味覚も使い捉えて、更には直感まで制御下に置く異次元の知覚なのだ。


 現在使っているのは嗅覚まで。

 五感すら総動員させられない攻撃など、どんな不意打ちを仕掛けようとも当たりはしない。


「来いやっ……!」


 槍を掴んだ左手を引き、ジャンパールが前のめりで宙を舞った。

 グレンは左の引き込みで生まれた筋肉の動きを、右肩から腕に伝えて剣を突き出す。


 迫る刺突に、空中のジャンパールは両手に突撃槍を生み出し防御の姿勢。

 だがグレンの剣は、2本の槍の交差点を貫き、鎧に守られたジャンパールの腹へ。


 堅牢な『正義』の甲冑は、かなり奥まで突き込まれながらも、紙一重を残してその一撃を止めた。

 だが、貫通しなかったが故に、衝突の運動エネルギーは切っ先に集中する。

 力は衝撃となって甲冑に伝わり、ジャンパールの背中までを突き抜けた。



「ごはっ!」



 肺の中の空気を吐き出し、後に飛んでいくジャンパール。


 追撃に入るグレン。



 ジャンパールは空中で半回転して壁に着地し、魔力を練り上げ、迫る処刑人に手をかざした。


 現れたのは、宙に浮かぶ大量の槍。

 50、60、70……増え続ける槍衾に、しかしグレンは躊躇なく速度を上げる。



「足りねえよ、それじゃ」


「っ! じゃあ蜂の巣にでもなってろよっっ!!」



 『取るに足らない』と正面から飛び込むグレン。

 ジャンパールはそんなグレンに、怒声と共に槍の雨を注ぎ、自身も権能の兜で頭部を覆い、突撃槍を手に飛びかかかった。


 グレンを襲う無数の槍は、撃ち出した後もジャンパールの制御を受け付ける。

 絶え間なく変わる軌道。予測不能な着弾点。

 それは100本を超える、変幻自在のファランクスだ。




「俺に当てたいなら、この10倍は持ってこい!」




 それに対し、グレンは足を止めることなく剣を走らせる。


 一本一本チマチマ落としたりはしない。

 一度の斬撃で、剣閃を合わせて4~5本切り飛ばし、破片で周囲の槍の軌道も乱す。




 かつてグランディア決戦で、グレンと死闘を演じた邪神の女王は、千の触手を操った。

 100本では、桁が一つ足りないのだ。


 ほんの一瞬、たった12発の斬撃で沈黙する、ジャンパールの槍の雨。



「ふっ!」



 そして、最後の一本であるジャンパール自身も、銀の一閃で甲冑ごと切り裂かれた。

 肩から脇腹にかけて一本の線が走り、そこから斜めに分断されていくジャンパール。










「勝ったと思ったぁ?」





 暗く、嘲るような声は、グレンの真正面から。

 13撃目を振り切ったグレンに向けて、本物(・・)のジャンパールが飛びかかったのだ。


 斬撃の戻しは間に合わない、完璧なタイミング。



 100本の槍は全て囮。

 さらに。もう一揃え作った甲冑にコートを着せて、自らの身を隠すための目眩しにしたのだ。



 何をやっても知覚されるなら、それでも返せない瞬間を突くしかない。


 積み重ねた罠は道を結んだ。

 剣士として死に体を晒したグレンに、必殺の一撃が襲いかかる。




「ひはっーーえ?」


「57点。まあまあだ」



 グレンは、前進をやめていなかった。

 剣は振り切った姿勢のまま、突き出された槍を首だけで躱し、ジャンパールの胸に左肩を押し付ける。


「っ!?」


「拳法って知ってっか……!」


 前に出した左足を強烈に踏み込み、足から肩にかけて集約した力を打ち込む。


 またしても吹っ飛ぶジャンパール。



「がはっ!」



 今度は、背中から壁に叩きつけられた。

 構えを解き、ゆっくりと歩み寄るグレン。




「何……なんだよ……げほっ! 何なんだよお前っっ!!」


「さっき言ったろ。統合軍のグレン大尉だ」



「僕は『聖人』だぞ!? 聖人は、人の極限なんだ! その中でも最強のっ、『正義』の聖人の僕が……こんなのおかしいだろっ!?」



 悲観か、願望か、それとも子供の駄々か。

 喚き散らすジャンパールに対し、グレンは冷ややかな目を向ける。


「おかしかねえよ。貰い(もん)の力なんざ、そんなもんだ。『心技体』って聞いたことねえか? 技術と肉体が上等でも、お前自身がヘナチョコだから、力が噛み合ってねえんだよ」


「はっ! 『ホンモノの強さは血反吐をはいて~』ってやつ? だっさ! 何の根拠もない根性論、偉そうに語らないでくれる!?」



「そうかい……じゃあ自分で考えな。お前がそこで、ボロボロになってる理由を」




 ――シンキングタイムは、短いがな。



 剣を腰溜めに構え、ジャンパールへと駆け出すグレン。

 そこに込められているのは、これでとどめを刺すという必殺の意志。


 だが、それを膝立ちのまま迎えるジャンパールの顔には、恐怖も絶望も浮かんでいない。

 そこには、自分が相手を蹂躙できると信じて疑わない、嗜虐の笑みだけが張り付いていた。





「……そんなの決まってるだろ? 僕が、本気を出してないからだよっ!」




 まるで、子供の見苦しい負け惜しみのようなジャンパールの言葉。

 だが、ジャンパールの内に滾る力は、幼稚な叫びとは不釣り合いなまでに膨らんでいく。



「おい、それ……!」



 この戦いで、初めてグレンが驚愕の表情を浮かべる。

 それを満足そうに眺めるジャンパールの目が、黒い稲妻のような光を放った。




 そして――




限界(アルティマライズ)突破(オーバーロード)ォォッッッ!!!」



 ジャンパールの全身から、ドス黒い光が溢れ出した。


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