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第15話 遠隔発動からの全方位囲んで超速投射というえげつない攻撃

「ふっ!」

「くぅっ!?」



 戸惑うハチ女に向けて、剣を繰り出す全身『影』ずくめのリーザ。

 また防がれはしたものの、ハチ女に先ほどまでのような余裕さはなく、ギリギリで何とか止めたという感じだ。


(やはり、学問は偉大ですわね)


 たかが黒ずくめになっただけで、と思うなかれ。

 虫の複眼は、その凄まじい動体視力と引き換えに、色彩や明暗の判別に大きな制限があるのだ。


 通常のスズメバチなら、識別できる色は白黒の2色。

 いくら人間サイズになり、含まれる単眼の数とサイズが増えたとは言え、複眼であることには変わりない。

 全身を黒一色で染めれば、かなり見えづらくはなるだろうと予想したリーザだったが、大当たりだったようだ。


 ハチ女の視界では、リーザは平坦な黒いシルエットと化しており、その中に溶け込んだ剣は、どこにあり、どこを向いているか全くわからない。



「くっ! このっ、いぎっ!」



 切っ先が当たる直前まで近づけば、さすがにシルエットから出て視認もできるが、いかに複眼の動体視力をもってしてもさすがに近すぎる。

 反応は遅れ、影を纏わせた刃がハチ女の体に次々と突き刺さる。



「調子にっ、いつっ! 乗って!」


 一気に劣勢に追い込まれたハチ女だが、まだ勝負は捨てていない。


 さすがに、2度目の風魔術での呼吸はしなかったリーザは、未だ毒の影響で満身創痍。

 攻撃も一発一発は鋭いが、間隔はかなり開いている。


 ならばと、ハチ女は視覚を総動員してリーザの刺突を捉え、致命傷に繋がらない左肩への一撃に敢えて突っ込んだ。


「捕まえたぁ!」


 距離感が掴めないなら、ゼロにしてやればいい。


 相手は既に死に体だ。

 ハチ女としては趣味ではないが、泥臭い殴り合いで十分に勝てる。


 ズブズブと左肩に剣を受け入れながら、リーザに向けて直進するハチ女。






 その視界が、突如真っ黒に染まった。




「――ひゅっ」



 躱せたのは、本能が産んだ奇跡だった。

 ハチ女の視界を埋め尽くしたのは、リーザが無発声の魔術で生んだ、小さく細い、2本の影の矢だ。


 リーザはそれを自身のシルエットの中に隠し、ハチ女の両目に向けて打ち出したのだ。

 必殺の奇襲は、天運に邪魔され失敗した。



 だが――



「しまっ……!?」



 本能のままの偶然の回避は、ハチ女に、頭を抱えて蹲るという、最悪の隙を晒すという代償を与えた。


 リーザは既に、左肩に絡め取られた剣を手放している。

 ハチ女はようやく身を起こしたところで、次の動きには移れない。




「ごきげんよう」



 リーザの、影を纏わせた右の手刀が、ハチ女の胴体に突き刺さった。



「ごぽっ……」



 ハチ女は断末魔を響かせることすら出来ず、意識を失い、血を吐きながらその身を床に投げ出した。



「あぁっ……」



 続けてリーザも、糸の切れた人形のように、膝から崩れ落ちる。


(い、いしきが……いけま、せんわ……こあを……はかいしない……と……)



 ここまで己を奮い立たせてきたリーザだったが、強敵を倒した安心感に、一瞬だけ心が緩んでしまった。

 肉体の方は既に限界を超えており、何度も意識を飛ばしながら、懸命に(コア)ユニットに手をかざす。



(あと……いっかい……これを……あてて……)


 定まらない照準。薄れゆく意識。痺れる体。

 ゆらゆらと揺れる右手は、徐々に核ユニットより下に向けられていく。



 そして、ついに床に落ちようとした、その時だった。




「……え?」




 何か別の力に持ち上げられ、リーザの右腕は、逆に上に向けて吊り上げられた。


 右手だけではない、左腕と両脚、腰。

 床に四つん這いになっていたリーザは、天井から吊るされるような形で、全身を宙に持ち上げられてしまった。



「こ……れは……っ」


「ヒハハッ……そそるねぇ。いい格好だ」



 姿を見せたのは、左右4対の目に、鋏角の突き出す口を持った、背中から8本の脚を生やした虫タイプの怪人。


「ハチ女の、次は……クモ男……ですの……っ」


 新たな知性を持つ怪人、クモ男の登場に、リーザが憎々しげな視線を向ける。


「ん? あぁ、ハチの奴はやられちまったのか。情けねえなあ? あんだけいきがって飛び出してったのに」



 相手は恐らく、ハチ女の言っていた『私達』に含まれる、幹部を超える怪人。

 満身創痍な上、拘束までされてしまったリーザでは、戦うどころか逃げることすら出来ないだろう。




(ここまで……ですわね……っ)



 表情から力を無くしていくリーザに、クモ男は下卑た笑みを向ける。



「俺は乳臭ぇガキは相手にしねぇんだが……お嬢ちゃんは、ひひっ、特別だ。可愛がってやるよ」



 クモ男が、空中に張り巡らされた糸の一本を弾く。

 すると、リーザの纏う衣装のうち、ジャケットだけがバラバラに切り裂かれた。

 リーザの透き通った肌が、背中から肩、胸元にかけて大きく露出する。


 クモ男が笑みを深め、今度は背中のクモ脚を、赤いレオタードの各所に突き刺していく。

 リーザの肌は傷つけぬよう、一本一本丁寧に。

 レオタードを引き裂いて、リーザの生まれたままの姿を露わにするつもりなのだ。


 リーザもう、意識が飛んでいる時間のほうが長くなり、抵抗どころか反応すらろくにできていない。



「んじゃ、ご開帳~」



 クモ男が、8本の脚に力を込める。


 リーザのレオタードの各所からビリビリと悲鳴が上がり――









 ――トンッ。





 クモ男の足元に、何か槍のようなものが突き刺さった。


「は……?」



 それは緑の宝玉の刃を持った、繊細な見た目とは不釣り合いなほどの力を持った何か。

 そして、その刃を中心に、床に円形の光が広がっていく。



「――あ……?」



 直後、クモ男の周囲全方向から、何十本もの黒槍が突き出した。

 それらはリーザやハチ女の刺突を遥かに超える速度で撃ち出され、螺旋状の刃を回転させながら、次々とクモ男の体に突き刺さる。




「が……ぼ……?」



 クモ男は、何が起こったのかも理解できないまま、ふらりと前のめりに体を崩し――



 真正面から飛んできた、一際太い一本に、体のど真ん中を貫かれ絶命した。





「んくぁっ!」


 クモ男の糸が崩れ落ち、リーザが床に投げ出される。

 ぼやける瞳で後ろを見れば、そこにはとんでもなく丈の短いスカートを穿いた、メイドと思しき闇人の女性。





「グレン様のお仲間の方ですね」




 彼女が発した名前を聞いて、ようやくリーザは緊張を解く。



 闇人で、メイドで、痴女で、グレンを『様』付けで呼ぶ女。


 それは、恐らく――



「私は、グレン様の専属メイド。アルテラ・ククルクランと申します」




 呪印でいけない遊びをする、グランツマン家の変態メイド。


「くふぅん!」



 リーザの意志が伝わったのか――伝わったとして、何故そうなったのか。メイドは悦びに満ちた悲鳴を上げ、体をよろけさせる。


「んっ! 非常に、刺激的な視線ですが、あんっ! 先に、やることをやってしまいましょ、んはぁっ!」


 メイドはくねくねと身悶えながら、右手を奥の壁の(コア)ユニットかざし、先ほどの螺旋槍を生み出していく。


「な……!」


 レヴィエムの遺産もなく、無発声で、ついでに身悶えながらこのレベルの魔術を扱う彼女に、リーザが驚嘆の息を漏らす。


(この方は……いったい……? そう言えば、アルテラという名……何か、聞き覚えが――あ!)



 リーザの脳裏に蘇るのは、アシュレイやヴァルハイトが、学園を襲撃する直前の授業。


 アリアが読み上げた、邪神の女王に挑んだ人類の最精鋭、グリフィス特務隊の隊員たちの名前。



『『赤頭巾の剣聖』ルインレーゼ・ヴァレンタイン、『錬金術師』ライル・アウリード、『殲鎚の聖女』マリエル・エストワール』



 そして――





 ――『神樹の魔術師』アルテラ・ククルクラン。




 螺旋槍は一直線に(くう)を貫き、(コア)ユニットを抉り砕いた。



 立ち込めていたプレッシャーが霧散していく。

 長らく、アールヴァイスを脅威たらしめてきたドミネートフィールドは、今、跡形もなく消し飛んだ。





 ――戦士達に力が戻る。



 正面を押さえる、第三騎士団の精鋭達に。



 突入した、帝国軍の兵士とギルドの傭兵達に。



 帝国最強の騎士、『白鷹』フィオナ・ゼフィランサスに。


















 そして、そのさらに奥。



 積み上げられた、瓦礫の墓標の底でも――







 ――『人ならざるもの』の名を与えられた力が、ゆっくりと楔を解いた。


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