第11話 秘密結社ができたわけ
――バシャバシャバシャバシャ……。
『あ……ふぁ……』
水の跳ねる音と、少女の気の抜けたような声。
背後から響く2つの音が、あらぬ妄想を掻き立てる。
やぁ、みんな。
グレン・グランツマンだよ。
突然俺が話しかけてびっくりしたかい? でも、今回はちょっと事情があるんだ。
今、俺の後ろで、アリアがイングリッドに湯をかけられている。
あれだ、さっきのスパンキングでちびっちゃったヤツを、洗ってるんだ。
本当なら、その光景を余すところなくお伝えしたいところなんだが、とてもセンシティブな表現が含まれるため、残念ながら、18歳未満の良い子も見ているこの場では披露できない。
すまないが、『後ろを向いてろ』と言われてしまった俺と一緒に、音声だけで楽しんでくれ。
『ふぅぅ……ありがとう、あったかうひぃっ!? な、何をしてるの、んんっ、イングリッド……!』
『少し染みになっているからな。流すだけでは汚れが残るぞ』
『んはぁっ、あっ、だ、だめよ……! 声がっ、あんっ! ぐ、グレン君に、聞こえ、ちゃ、あはぁっ!』
『なら、頑張って声を抑えることだな。ほら、ここがまだ黄色いぞ』
『んひゅぅあっ!? んんっ、だめ、待って、そんなところ、んあぁっ! こ、擦っちゃ……!』
――どこを擦ろうと言うのだねっっ!!?
健全な青少年男子として、極々当然の衝動が駆け上がってくる。
これはまずい、非常にまずい。
すまないが、お楽しみはここまでだ。
いいか? これは決して俺が『早い』わけではなく、健全な青少年男子としては当ぜはっぴねすっっ!!
――俺は、アリア達とは反対側の壁に駆け寄った。
◆◆
「待たせたな」
「ああ、終わったか」
満足そうな顔をしたイングリッドが、『待て』を命じられたグレンの元に戻ってくる。
尚、グレンが反対の壁でやっていたことは知っているので、『仕方のない坊や』を見る目だ。
対するグレンは、余裕の表情で仁王立ち。
性に繊細な14~15歳の頃なら、屈辱のあまり『くっ、殺せ』とでも言っていただろうが、精通から6年に及ぶ早漏人生で、その精神力は鋼のように鍛えられているのだ。
そして、まだ豆腐メンタルのアリアは、イングリッドの後ろに隠れながら、恥ずかしそうにもじもじとしている。
尚、イングリッドに洗い流された結果、腰から下はびしょ濡れだ。
それが何かを彷彿とさせ、グレンが戦闘が終わったにも関わらず、生命波動の青黒い光を纏った。
「時間をかけてしまってすまないな。アリアが何度も汚す「ぎゃああぁぁああぁあぁあぁぁぁっっ!!」
余計なことを言おうとしたイングリッドの口を、アリアが慌てて塞ぐ。
引き剥がそうともがくイングリッドを、全力で羽交締めにするアリア。
「早くも『仲良し姉妹』って感じだな」
「ぷはっ! こうゆうのも、中々悪くないものだ。少々手のかかるところが、玉に瑕だが」
「偽名、キャンディちゃんとかにする?」
「素敵な妹ができて幸せだ」
なんとも仲睦まじい2人の様子に、温かい視線を向けるグレン。
だが、ここは敵地。
いつまでも和んでいるわけにはいかない。
「で、この後の予定はあるのか?」
最初にシリアスを取り戻したのは……イングリッドだ。
本来こうゆうのはアリアの役目なのだが、頼りになる『姉』を手に入れた彼女は、しばらく役に立たない。
「あー……とりあえず、もう一つの核ユニットの破壊だな。そっちに向かった仲間も気になる」
なので、返答もグレンがする。
アリアはイングリッドに抱きついたまま、『うん、うん』と首を縦に振るだけだ。
「フィールド破壊が最優先か……確かに、正しい戦略だ。だが……」
イングリッドが、核ユニットの窪みにめり込んだまま動かない、アシュレイに目を向ける。
視線に篭るのは、幹部のアシュレイを放置することへの懸念だ。
「一応は、拘束はすることになってる。最悪、この戦いの間だけ復帰できなければ、それでいいって話だ」
「ふぅ……そうか……」
グレンが語った帝国の方針に、イングリッドが自嘲の笑みを浮かべた。
それはつまり、フィールド解除に際し僅かな手間にでもなるようなら、逃げられても構わない、ということ。
それが、ノイングラート帝国が下した、『黒鎖』のアシュレイ――そしておそらくは、同格であるヴァルハイト、そしてイングリッドに下した評価。
この大陸を三分する大国、ノイングラート帝国は、彼らを『取るに足らない相手』と見做したのだ。
実際フィールド影響下でさえなければ、例えばフィオナ・ゼフィランサスなら、その3人を纏めて制圧できる。
既に拘留中のガウリーオであっても、1対1なら対処可能だ。
唯一、『手に負えない』とされているのは――
「がほっ! ごふっ! がっ!」
「アシュレイ!」
ミッドナイトクイーンの防御性能だろうか。強烈な一撃をもらった割には、アシュレイが早くに息を吹き返した。
とは言え、ダメージはかなり残っているようで、出口を目指す歩みは遅い。
あっさりとアリア達に追いつかれ、忌々しげに振り返る。
「しつこい、子達ね……!」
それでもまだ足掻くつもりなのか、鎖を生み出そうと手をかざし――
「がっ!? えぐっ!」
その手で、自身の首を締め上げた。
「え?」
「なんだ……!?」
異様な光景に、アリアとグレンが踏み出した足を止める。
動揺を誘うための演技……にしてはやり過ぎだし、何より込められている力が強すぎる。
あれではいくら隙を作らせることができても、自分も次の動きに移れない。
あまりにも異様な状況。
その答えに、イングリッドと、他でもないアシュレイが思い至った。
「まさか……!」
「ごれ゛、わ゛……!」
『その通りだよ、2人とも』
「「「っ!?」」」
広い空間に響く正解を告げる声。
そして、突如空中に生み出される巨大スクリーン。
そこに映し出された人物に、アリア達の時が止まり、アシュレイが憎悪の目を向ける。
「がはっ! げほっ! ゼフ……ディーマン……!」
『おや、抵抗できるのかい? もう少し出力を上げてみようか』
「げぐぅっ!?」
強い憎悪に突き動かされたか、一瞬首から両手を引き剥がすアシュレイ。
だが、スクリーンの向こうでゼフが何か手を動かすと、両手はすぐに首元に戻っていった。
その様子に、イングリッドが予想を確信に変える。
「やはり、福音の鐘……! 完成はまだのはずでは!?」
『福音の鐘』……アールヴァイスが人類支配の要としている、強制呪印発生装置。
その名にアリア達の間に戦慄が走るが、ゼフはわざとらしく肩をすくめる。
『その通り。残念ながら、まだできてないんだ。博士も頑張ってくれてるんだけどね。これは、動作テストも兼ねて作った、アシュレイ用さ』
「な゛んで……ずっで……!」
『君、隠れてイングリッドを虐めたりとか、やりたい放題だったでしょ? 手に負えなそうなんで、最初に目の手術をした時に、色々データを取っておいたんだよ』
ゼフの言葉に、アシュレイの目が憎悪の色を深める。
術後、とにかく様々な検査を受けさせられた覚えは、アシュレイにもあった。
まさかそれが、自分自身を縛るためのものだったとは、想像もしていなかったようだ。
「でも……こんな、体を操作するほどの呪印なんて……!」
本来の呪印は、設定された主人への敵意、害意など、反抗に繋がる思考を検知して、幻の痛みや強烈な性感を与えるものだ。
本人の意思を無視して体を操作するなど、アリアも、そして帝国も想定していない。
今、アシュレイを自害せしめんとする力が、『福音の鐘』にも備わっているとしたら、それは想定よりも更に大きな脅威になる。
『所謂、呪印師達が刻む『呪印』には不可能だね。でも、『隷属回路』を完全に支配すれば、可能さ。言ったでしょ? 人類が何者なのかを解明すれば、できるって。と言っても――』
ゼフが視線を動かす。
アリア達からは、誰を見ているかわからないはずだが、何故だかその目は、アシュレイを見ているような気がした。
死に進もうとする体に戦慄し、これ以上指が首に食い込むのを必死で抑え込んでいる彼女を。
そして、それは正しかったらしい。
『試作じゃ、1つの命令しか仕込めなかったけどね。でも、十分だよ』
すっと、ゼフが目を細める。
いつもの、この状況下では不気味でしかなかったフレンドリーさが消えていく。
『これこそが、まさに今のアシュレイの姿こそがアールヴァイスの……いや、私の最終目的なんだ。わかりやすく言うと……』
その顔はどこまでも冷たく――次に紡いだ言葉にも、何の感情も載せられていなかった。
――全人類の集団自殺。アールヴァイスは、そのために作ったんだ。