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第8話 至福のスパンキングタイム

 光になって弾け飛ぶ、アシュレイのドレス。


 光は真っ黒な蝶になり、アシュレイの周囲を飛び回ると、下腹の紋章から体内に入り込む。



 そして、『変化』が始まった。


 指先から二の腕の半ばまで、足先から、やはり太股の半ばまでが黒く変色し、手足の指全体が獣の爪のように鋭く尖っていく。


 胴体では局部から闇が広がり、それが下腹の紋章で左右に分かれる。

 分かれた闇は乳房まで伸びると、先端が更に三叉に分かれ、まるで悪魔の手のように両胸を掴んだ。


 剥き出しの背中からは小さな、蝙蝠のような羽が生え、長い髪がぐるぐるとカールしツインテールに纏まる。


 最後に下腹の紋章がピンク色の光を帯び、変身の完了を告げた。



 闇精霊はその角と尻尾、そして『下の口』で雄の精液からも栄養を摂取できる特性から、しばしば神代から伝わるサキュバスと混同されることがある。

 アシュレイの姿はまさにその、夢に現れ精を貪る、夜の悪魔そのものであった。



「『ミッドナイトクイーン』……貴女達の物と同じ、レヴィエム・クラフトよ。どうかしら?」


「刺激的だが、好みじゃねぇな」



 軽口に応じるグレンだが、視線は油断なくアシュレイと背後の(コア)ユニットを見比べる。

 倒す前に、ユニットだけ破壊することも考慮に入れる必要がある、ということだ。


 アリアも険しい顔つきでアシュレイを見つめ、こめかみから汗を垂らしている。


「イングリッド。私、ティアちゃんと遊びたいわ。坊やには振られてしまったし」


「……了解した。あまり無体なことは、しないでやれよ……」



 目をつけられた少女に同情の念を抱きつつも、アシュレイの『お願い』を聞き、グレンに向けて二刀を構えるイングリッド。


「行くぞ……!」


 ブレードを出現させ、氷の道を作りながら超速で襲いかかる。

 短すぎるスカートが捲れ上がり、青と白のボーダーの下着が完全に露出するが、さすがにグレンもそこに注目する余裕はない。


 高速移動からの、二本のショートソードによる密度の高い攻撃は、グレンの技を持ってしても、一先ず防戦に回らざるを得なかった。



「ふふっ、いい子ね。頑張ってちょうだい」



 優勢なイングリッドに満足そうな様子を見せると、アシュレイはアリアに、もう待ち切れないといった視線を向ける。


「さぁ、私達も始めましょう。貴女は思ったより悪い子みたいだから……今日は『躾』からよ!!」 


「勝手なことをっ! チェンジ、リボン!」



 『躾』の言葉通り、無数の影の鞭を生み出すアシュレイ。

 対するアリアは、ルミナスハンドをリボンに換装して、遠距離戦に応じる。


 腕を大きく回してリボンを操り、黒鞭を弾きながら反撃の、あわよくば懐に飛び込む機会を伺う。


 だが――


「くっ! か、数が……!」



 襲い来る鞭が多すぎる。

 一本のリボンではどうしても落とし切れず、既に数発、腕や脚を打たれてしまっていた。


 その威力は実のところ大したことはなく、直撃を受けてもアリアの防護幕は一切の揺らぎを見せていない。

 この程度の攻撃なら無理やり突破することも可能なはずなのだが、アリアは何故か、必死の表情でリボンでの迎撃を続けている。



「くあっ! うぅっ、い、痛いっ……あぁぁっっ!!?」


 威力の低さに不釣り合いなほど、当たった箇所から伝わる痛みが激しいのだ。

 初撃をもらった際など、アリアはあまりの痛みに、防護幕が吹き飛んだのかと錯覚してしまったほどだ。


 既に反撃どころではない。

 何とか痛みに耐えながら、涙目でリボン振り回し、落とせなかった鞭から逃げ惑っている。


 だが、それでも黒い雨のような鞭からは逃げ切れず、胸、腹、尻と、徐々に体の中央を打たれるようになってしまった。



「うあぁっ! このっ、くっ……あぁぁっっ!? だ、だめっ、フープ……!」


 全身を襲う痛みに耐えかね、防御重視のフープに持ち替えるアリア。

 自身の体を中心にクルクルとフープを回し、全方位から迫る黒鞭から身を守る。


 反撃は捨ててしまったのか?



 ……いや、まだだ。



 フープを跨ぐたび、ターンを決めるたび、アシュレイにむけてジリジリと足を進めている。

 だが、近づいた分だけアシュレイも後ろに下がり、2人の距離は一向に縮まらない。



「ふふふっ、まるで亀みたいね。あのお臍が見える、素敵な格好にならなくていいの? このままだと、すぐに負けちゃうわよ」


「くぅっ! よ、余計なっ! お世話よっ!」



 フェアリィフォームを使うには、下腹の聖涙紋……即ちアリアの膀胱が一定以上膨らんでいる必要がある。

 そして幸か不幸か、今アリアが感じている尿意は、フェアリィフォームの発動には少々心許ないレベルだ。


 無理やり発動することも可能だが、一気に魔力を消費してしまう上に、次の発動までにクールタイムが必要になる。

 まだジャンパールとの戦いが控えている上、ゼフの捕獲もしなければいけない状況で、使ってしまうわけにはいかないのだ。



「意地は張らない方がいいわよ? ほぉら♪」

「あぁぁっ!?」



 アシュレイが手を翻すと、アリアを襲っていた黒鞭の動きが変わる。

 フープが絡め取られ、諸共に宙に吊り上げられるアリア。


「し、しまっ――」


 慌ててフープから手を離したが、一歩遅く、空中で無防備な姿を晒してしまった。

 周囲を取り囲んでいた鞭が、哀れな獲物に一斉に襲い掛かり、アリアの全身をこれでもかと打ち付ける。



「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」



 痛みと衝撃にバランスを崩し、仰向けに落下するアリア。

 真上からは、追い討ちをかけようと鞭の雨が迫る。



「フ、フラッシュボムッッ!!」


 まだ痛みから立ち直っていない体ではどうすることもできず、たまらず対アシュレイ用の切り札を切るアリア。




「あ゛あ゛ああぁぁああぁぁあぁあぁぁぁあああぁああぁぁああぁぁっっっ!!?」


 強烈な光が辺りを包み、閃光弾で右目を失ったアシュレイのトラウマを刺激する。

 恐怖を帯びた悲鳴と共に、頭上から迫る鞭のプレッシャーも四散した。



 とは言え、一度の戦いで何度も使える手ではない。

 ダメージですらない、ただの痛みから立ち直る時間を稼ぐために貴重な一回を使わされ、アリアの顔が悔しげに歪む。


(で、でも、これ以上は、耐えられない……!)





「ああぁぁあぁぁああぁぁあぁっっ!! 目が焼けるっっ!! 目がああぁあぁああぁあぁ――なんてね」



 ――ヒュンッ!


「え?」




 光が収まっていく中、鋭い風切り音がアリアの耳に届く。

 音の主はアリアの、無防備に曝け出されたままの両脚の付け根に吸い込まれ――



 鍛えようのない『そこ』を思い切り打ち付けた。



「ひぐうううぅぅぅぅぅううぅぅぅぅううぅぅぅううぅぅぅううううぅぅぅぅぅうぅっっっっ!!!!?」



 意識が飛びそうになるほどの痛みに、ボロボロと涙を零し、股間を押さえてのたうつアリア。

 いくら待っても痛みは引かず、やがて、股間を押さえたまま這いつくばり、アシュレイに向けて尻を突き出すという、戦闘中とは思えない姿を晒してしまう。



「あぐうぅぅぅっ……! くうううぅぅぅっ……! ふぅぅぅぅっ! ふぅぅぅぅぅっ!」


「さすがに、もう効かないわよ? この魔導の目はね、過度な光は遮ってくれるの。それと、拡大とかもできるのだけど……ふふっ、貴女っ……くふふっ」



 アシュレイが、笑い声を漏らしながら、アリアがガッチリと抑えたそこを拡大表情で凝視する。


 指の隙間から見えた股布は、黄色く変色していた。

 あまりの痛みに耐え切れず、僅かだが失禁してしまったのだ。


「ふっ、ふふっ……この前のお漏らしといい、貴女、お股が緩いのね?」


「嫌ぁぁぁぁ……! 見ないでっ……言わっ、ないでぇぇぇぇぇ……!」



 床に額を擦り付け、か細い悲鳴をあげるアリア。

 身を焦がすような恥からも、アシュレイからも逃げたいが、動くと股間に耐え難い痛みが走り、震えることしかできないでいた。


 アシュレイは、手に落ちた獲物に舌舐めずりをし、無数の黒鞭をしまう。

 そして手の中に、平たく幅の広い、一本の鞭を生み出した。


 イングリッドの調教用に使っていた、あの痛み重視のお気に入りの鞭だ。

 離れたところでグレンと戦闘中のイングリッドが、見慣れた鞭の出現に目を見開く。



「なぁっ!? あ、後にしろアシュレイ! ぐっ! 今のグレンはっ、つぅ!? 長くは押さえられんっ!」



 アリアの危機に、グレンの動きが鋭くなっているのだ。

 その目はイングリッドに集中しつつ、全体の俯瞰もしている不気味な視線を放っている。

 相対するイングリッドとしては、悠長に調教などしていないで、手伝ってもらいたいところだろう。


「もう少し、頑張ってもらえるかしら?」


「くぅっ!?」


 だが、そんなイングリッドに対し、アシュレイは非情にも足止めの続行を要求。

 圧の篭った笑みを向けてくるアシュレイに、イングリッドは自分のお漏らし映像が、集会場の大スクリーンに映し出される光景を幻視する。




「う、うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」



 イングリッドは悲壮な覚悟で、目の前の幽鬼のような雰囲気を醸し出す少年の前に、その身を投げ出した。



「待たせたわね……さぁ、『躾』の時間よ」


「い、嫌っ……嫌っ……!」



 アリアに向き直り、鞭の素振りを始めるアシュレイ。

 背後でヒュンヒュンと風を切る鞭の音に、アリアの体が痛みへの恐怖で震え出す。


 アシュレイは開始の合図とばかりに、おあつらえむきに突き出された尻に向けて、強烈な一撃を放った。



「あ゛あ゛あああぁあああぁぁぁああぁぁあぁぁあぁああぁぁああぁぁっっっっ!!!!」


 尻から脳天まで突き抜けるような痛みに、アリアの体が大きく仰反る。

 アシュレイは、一旦アリアが再び崩れ落ちるのを待って、脚、腕、尻、そして股を押さえた手の甲と、体の各部を打ち付けていく。



「ううぅぅっ! うああぁぁっ! ひぐぅぅぅっ!」


 鞭がしなる度にアリアの体が跳ね、涙と涎が飛沫となって床に落ちた。

 にも関わらず、その体には傷どころか、赤いミミズ腫れ一つできていない。

 健康的な肌色をした、艶やかな肌のままだ。



「ぐひぃぃぃっ! あぐぅぅぅぅっ! や、やめてっ、もうっ、うあぁぁぁっ! お願いっ、やめっ、ああぁぁぁぁっっ!!」


(痛いっ……痛いっ! 防護膜は、破られてないのに、なんで、こんなに痛いのっ!?)



 アリアの全身を襲う痛みは、耐えられる限界をとうに超えている。

 この、シャイニーティアの防護幕を貫通する痛み……これこそが、アシュレイがミッドナイトクイーンのヒロイン補正全リソースを捧げて手に入れた能力、『ペインスマッシャー』だ。


 防護幕に使われる魔力に浸透し、痛みの信号だけを逆に増幅させてその下の肌に伝える、ただ『虐める』ことに特化した能力。

 それは、『傷をつけず、強い痛みだけを与える』という、アシュレイの理想の体現だ。


 ガクガクと震え、髪を振り乱して悶えるアリアに、アシュレイは自身の選択は正しかったと確信した。



「うっ! うあああああぁぁぁぁっっ!!」


 アシュレイの打撃が手の甲に集中し、アリアがたまらず両手を胸元に避難させる。

 その結果、1番の弱点が無防備になると分かっていながら。




「お願い、許してっっ!! もう、そこっ、ぶたないでええええぇぇぇぇっっ!!」


「だぁめ♪」



 アシュレイが鞭を大きく振り回し、勢いの乗ったアッパースイングで、アリアの股間に2度目の強打を見舞う。




「ひぎいいいぃぃぃいいいぃぃいいぃいいいぃいぃぃぃいいいぃぃぃいいいいっっっっ!!!!?」


 プシッ、プシャァッ!



 限界を超えた痛みに、ほんの一瞬意識が飛び、股布の染みが少し大きめに広がった。


 アリアはもう息も絶え絶えで、視界はぼやけ、意識も朦朧としている。

 一切のダメージを負っていないにも関わらず、その体は、もう戦う意志を手放そうとしていた。


 アシュレイが、ペタペタと悪魔の足音を鳴らしながら、アリアの前に回り込む。

 そのまましゃがみ込み、顎を持ち上げ、バイザーの奥の視線を無理やり自分と合わせさせた。



「や……めて……っ……も………るし……て……っ」


 アシュレイに向けられた顔面は、涙と涎でぐしゃぐしゃで、その口は、何か許しを請うようにパクパクと動いている。



「ふふふっ……何かしら? 言ってごらんなさい」


「やっ……ゆる……て…………るし……っ」



 アシュレイは、恐怖に震えるアリアを更に威圧するように目を見開き、ぐっと顔を近づける。




「……る…………」





 そうして、ようやくアリアのか細い、涙混じりの声がその耳に届いた。















「ルミナスランス」

「え?」




 アリアの縮こまった胸元から、一条の光が放たれた。


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