第7話 隷属回路
「浄化」
全身から光を発し、ヴァルハイトが怪人から人間に戻っていく。
他の戦闘員も全て沈黙。
最初の部屋での戦闘は、1分とかからず終了した。
「全員ふん縛っていきたいところだが……」
「残念だけど、それは他の班が間に合ったらね。私達は急ぎましょう」
アリア達も拘束具は持ってきているが、数には限りがある。
何より、彼らに託されたフィールドの破壊は急務なのだ。
末端構成員と、人間に戻ったヴァルハイトの拘束に時間をかけている余裕はない。
ヴァルハイトが守っていた奥の扉から、3人はその先の廊下に出る。
様式は、隠れ蓑にした大聖堂と同じだ。
「一先ずこちらですわ」
扉を背に、前と左右に伸びる廊下を迷いなく右に踏み出すリーザ。
アリア達にフィールド停止の期待がかかっているのは、フィールド影響下での戦闘能力だけが理由ではない。
残念ながら例の諜報員は、フィールドの核ユニットの正確な場所までは掴めていなかった。
消去法からある程度の当たりは付けられているのだが、その範囲はそこそこ広い。
敵の本拠地で、正確な場所のわからないまま駆け回るには、少々リスクの高い広さだ。
だが――
「情報の通り、2箇所ですわね」
「ええ、予想範囲のほぼど真ん中……これを調べた人、本当に優秀だったのね」
リーザ、そしてアリアにも、発生装置の正確な場所がわかるのだ。
ドミネートフィールドの本質は、呪印の技術を利用しての、肉体の自由の制限。
アリア達の魔導具はそれを防ぐことができるわけだが、実はそこから、発生場所の逆探知まで可能だったのだ。
気付いたのは、先日の学園襲撃の際。
色々終わった後にフィールド解除を試みたリーザが、試しに場所をマスクドパニッシャーに問いかけたところ、あっさりと場所を特定したのだ。
「できるならできるって、最初から言って欲しかったわね」
フィールドの核の場所がわかるなら、もっと別のやり方もあったろう。
例えば、先に結界班から潰して、警備隊やエルナ達とも協力するなど。
だが残念ながら、残すはこの最終決戦のみ。
後は精々、本部のフィールド解除という最重要任務に役立ってもらうしかない。
T字路の突き当たりで、3人は一旦脚を止める。
2つの核ユニットは別々の場所にあるため、ここから別行動になるのだ。
「事前に決めた通り、隠蔽が使える私が1人で向かいます。いいですわね?」
「ええ……でも、本当に大丈夫?」
1人反対側を行くリーザに、アリアが心配そうな視線を向ける。
戦闘能力で言えば、リーザはアリア、グレンと比べて一段劣るのだ。
マスクドパニッシャーの隠蔽機能の件で同意したとは言え、その身を案じてしまうのは仕方のないことと言える。
「そんなに心配なら、精々派手に暴れて、幹部達の目を引きつけて下さいませ」
「もう……危なくなったら、逃げるのよ?」
「ええ。必ず無事で、また――」
「それ縁起悪い!」
うっかりフラグを立てそうになったリーザを、寸前で止めるアリア。
『してやったり』という表情を浮かべるリーザを悔しげに睨みながらも、グレンを連れて、リーザとは反対の道へと駆けて行った。
「『あんなことになるなんて、このときの私は』――ぐぼぉっ!?」
「ぶつわよ?」
「殴る……前に言え……っ」
じゃれあいながら、廊下の奥に消えていくアリアとグレン。
そんな2人を見つめながら、リーザは満足そうな笑みを浮かべる。
「まったく……世話の焼ける2人ですこと」
リーザが単独行動を買って出たのは、隠蔽機能だけが理由ではない。
ようやく素直になったアリアに、少しでも2人でいる時間を作ってやりたかったのだ。
ついでに、どうにも煮え切らないグレンも、吊り橋効果的なやつでなんとかならないかと、薄い期待も抱いている。
(大事な決戦ではありますが、アリアさんには、更に大切な決戦が控えていますものね)
2人を見送ると、リーザももう一つの核ユニットを目指して走り出す。
乙女の決戦も大事だが、この戦いもつつがなく勝利を収めなければならない。
その成果に多くの人々の命が、平穏がかかっているのだから。
ついでにアリアの決戦の舞台である、星華祭の可否も。
"警告。隷属回路への不正アクセスの発信源に到着しました。プロテクトを強化します"
「着きましたわね……」
マスクドパニッシャーからの警告に、リーザが目を細める。
辿り着いたのは、無駄に広い大部屋。
何本もの太い柱が遥か頭上の天井を支える部屋のその奥、壁に埋まった台座の上に、光を放つ宝玉が備えられていた。
あからさま過ぎて怪しさしかない配置に、リーザが警戒を露わにするが、マスクドパニッシャーの探知機能はあの宝玉を指している。
(こうゆう『お遊び』が好きそうでしたからね、あの方は。それにしても……)
『隷属回路』
ドミネートフィールドに対する魔導具の反応として、リーザ自身何度も聞いた単語だ。
そして、このフィールドが呪印を利用したものだと言うなら、隷属回路とは即ち、呪印のことで間違いない。
『回路』……まるで自身の中に最初から用意されているかのような表現に、リーザの表情が忌々しげに歪む。
(アリアさんは、神代の資料の中でもこの単語を見たと仰っていました。そして……それが施されていたのは……)
リーザはそこで、一度思考を霧散させる。
核ユニットは目の前。面白くもない想像に、時間を費やすのは後でいい。
「この件については、ゼフ・ディーマンを捕縛して、ご教授を願いましょう。仮にも『先生』を自称したのですから。では……」
リーザは剣を抜き放ち、壁に埋まった核ユニット……ではなく、右側の柱の一本を見据える。
「お待たせ致しました。出てきていただいて、構いませんわよ?」
「ざぁんねん。後ろからブスッとやって、貴女の驚く顔が見たかったのに」
柱の影から出てきたのは、リーザと並んでも見劣りのしないような、見事なプロポーションを持つ女性怪人。
その曲線を、黒のボディスーツで惜しげもなく晒している。
手脚は虫の脚のような黄色い甲殻に覆われ、足の先も同じく虫型。
腰からは楕円形の、黄色と黒の縞模様の尻尾が生え、その先には毒々しい紫色の針が飛び出している。
そして、頭部。
肩口までの外はねの金髪で、口元を見る限り、人間態はかなりの美人であることが伺える。
だが、その目と、頭から生えた触覚は――
「ハチ女……で、よろしくて?」
「好きに呼べば? どうせ長い付き合いにはならないし」
そう言って怪人ハチ女は、やはり蜂の尻尾と針を模したレイピアを構える。
パニッシャー VS ハチ女。
立ち並ぶ柱の間を駆け抜け、2人の剣が交差した。
◆◆
「また会えて嬉しいわ、泣き虫なお嬢さん」
「油断はするなよ? こちらは雪辱を晴らす方なのだ」
リーザがハチ女との戦いを始めた頃、アリアとグレンも倒すべき敵と相対していた。
「イングリッド、アシュレイ……」
「ちょっと、派手に暴れすぎたか……?」
『黒鎖』のアシュレイ。
『氷華』のイングリッド。
核ユニットを守るように立ち塞がる、アールヴァイスが誇る2人の女幹部。
「ティアちゃん……だったかしら。今日はおトイレは大丈夫?」
「なっ!? ああああ貴女に心配される謂れはないわっ!」
アシュレイの言葉に、アリアがわかりやすく動転する。
「よせ、アシュレイ。わざわざ、思い出させるようなことを……」
「あら、優しいことね。それとも、妙な仲間意識でも芽生えた? 同じお漏――」
「ば、馬鹿っ!? 余計なことを言うな……!」
アシュレイの言葉に、イングリッドもこれでもかってほど動揺する。
アールヴァイスの2大女幹部との邂逅は、2人の美少女の恥を掘り返すところから始まった。
わちゃわちゃと女達が騒ぐ中、取り残されたグレンがうんざりした目をアシュレイに向ける。
「お前もしつこいな……その目魔導具だろ。いいのか? そんなの体に入れて」
アシュレイのような精霊族は、身につけられるものが限られている。
正確には、相性の悪い物を身につけると、魔術の出力、精度が致命的なまでに落ちるのだ。
魔導具に多用される金属は、その筆頭。
闇精霊は他の精霊に比べると縛りが緩いが、まったく影響がないとは考え難い。
探るような視線を向けるグレンに、しかしアシュレイは余裕の笑みを返す。
「精霊のことに詳しいのね、坊や。ご心配なく……『もう1つ』が、うまく適合させてくれたわ」
「もう1つ……?」
グレンと、気を持ち直したアリアが警戒を深める。
アシュレイは更に笑みを深め、おもむろにロングスカートを捲り上げる。
「ちょっ、貴女何をっ!?」
驚くアリアに構わず、アシュレイは裾を上げていく。
膝が、太股が、下着まで露わにして、それでもまだ上へ。
そして、とうとう下腹まで晒したところで、アリアとグレンの目に、それが飛び込んできた。
「呪印……?」
「いいえ……あれはっ!」
「ふふふっ……正解よ、ティアちゃん」
それは、同じ『選ばれし者』としての直感か。
下腹の紋章の正体に気づいたアリアに、アシュレイは嬉しそうな笑みを返し――
そして、高らかに叫んだ。
「ナイトメアコール!」
アシュレイの服が、光となって弾け飛んだ。