第5話 女性だけの騎士団は美人揃いというのが基本
夏の早起きな太陽が顔を出し、街並みを照らしていく。
間伸びした影が少し短くなった頃、まだ店の一軒も空いていない街中を進む一団があった。
先頭を行くのは、ノイングラート帝国第三皇子、レオンハルト・デア・エルグラート。
その隣には帝国最強の騎士、『白鷹』フィオナ・ゼフィランサス。
今日は顔面まで兜で覆った完全武装だ。
その後ろには、ミニスカートに軽装の鎧で揃えた美しい女性騎士達――『帝国の花』、『白鷹の翼』と呼ばれる、フィオナ率いる帝国第三騎士団が続く。
更に後ろには、帝国軍の兵士や、ギルドから借り受けた傭兵など。
騎士達と合わせれば、集団の総勢は200名に上る。
平和な内地であるはずのベルンカイトには少々不似合いな彼らの行先は、この都市で唯一皇帝の威光が及ばぬ場所――聖導教会大聖堂。
1人の諜報員が、命と引き換えに存在を露わにした、秘密結社アールヴァイスの本拠地だ。
一部華やかでありつつも物々しい一団の接近に、見張りの兵士の1人が慌てて中の者に声をかける。
だがレオンハルトは、彼らの体勢が整うのを待ったりはしない。
明らかに狼狽えている門兵を前に、集団を引き連れ早足で入口の大扉へと進む。
「第三皇子、レオンハルト殿下とお見受け――」
「帝国軍だ。この大聖堂は、犯罪組織アールヴァイスの隠れ蓑に利用されている疑いがある。潔白を主張したくば扉を開けよ」
門兵の言葉を遮り、有無を言わさぬ威圧を込めて、レオンハルトが開門を要求する。
若年とは思えぬ第三皇子の威と、その背後から迫る200の手勢の圧力に、門兵の1人が思わず剣を抜いてしまう。
「馬鹿っ! よせ!」
「はっ!? あ、こ、これは……!」
ここに配属される以前、この男は小国で『勧誘』や『集金』に向かう神官によく同行していた。
その生活で染み付いた、居丈高に剣を抜いて脅す癖が、大国の皇子に剣を向けるという愚行を許してしまう。
一方、剣を向けられたレオンハルトは、慌てもせずに自らも抜刀。
固まってしまった門兵の手から剣を跳ね飛ばす。
そしてあまりの愚かさに多少呆れつつも、理由作りをする手間が省けたとニヤリと笑った。
「今の行動は敵対行為、及び犯罪組織との関係を隠蔽する意志があると見做す! 各員突入!」
レオンハルトの指示の元、強制捜査団が扉に殺到する。
門兵達は抵抗したが、この人数を前にたった2人で相手をできるような猛者ではなかったらしい。
あっけなく押し退けられ、レオンハルト達は大聖堂の中へ。
出迎えたのは、連絡を受け慌てて駆けてきた泊まり込みの司祭だ。
「で、殿下! これはいったい、どうゆうことですか!? 大聖堂に押し入るなど……!」
「この大聖堂は、アールヴァイスの本拠地に直結している疑いがある。調べようとしたところ、そちらの門兵が『私に』剣を突きつけてきたので、妨害の意思ありと見做した」
「なっ……!?」
あまりのことに絶句する司祭。
聖導教会で司祭以上に昇格した者は基本的に横柄だが、さすがに一門番が大国の皇子に剣を向けることの異常性は、理解できたらしい。
真っ青になった司祭を尻目に、大聖堂に雪崩れ込む騎士達。
本格的なガサ入れが始まろうとしたそのとき――
――ズンッ!
彼らの全身を重たい感触が包み、その体から力を奪っていく。
「ドミネートフィールドか……各員、戦闘陣形を!」
前情報として聞いてはいたが、実際に筋力と魔力を1/5に下げられると、想像以上に動きが鈍る。
よたよたと扉付近に駆けていく騎士達に追い討ちをかけるように、アールヴァイスの戦闘員と思しき黒ずくめと、6体の怪人が現れた。
「ひいいいぃぃぃぃーーーーーーーっっっ!!?!?」
真っ先に逃げ出す教会の司祭。
諜報員からの報告にもあったが、本当に隠れ蓑にされていただけで、アールヴァイスとの関係はないようだ。
「か、怪人!? 後退っ! 後退ぃーーーっ!」
騎士達も慌てて後退していく。
だが、ままならない体と、現れた強敵にパニックを引き起こしたのだろうか。
後退を支持したのはフィオナではない騎士で、それを聞いた女性騎士達も、統率を乱し、我先にと扉に逃げ出していく無様を晒していた。
短いスカートが捲れ上がり、仕立ての良い下着がチラつく様に、アールヴァイスの男達が下卑た笑みを浮かべる。
仲間の女性達に白い目を向けられているのにも気にせず、女性騎士達の尻を追いかけ始めた。
「そんなにケツを振って、誘ってんのかぁ!?」
「怪人が怖いなら、俺達が優し~く相手してやるぜっ!」
「じゃあお願いしようかねぇ」
「へ?」
――ドスッ。
鼻息荒く喚いていた男が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
何事かと振り返る、アールヴァイスの戦闘員達。
その目が、自分達に襲いかかる、好戦的な面構えの女の群れを映した。
『帝国の花』
『白鷹の翼』
ノイングラート帝国の第三騎士団を、そう呼ぶ者は多い。
主に、実情を知らず、『女性だけの騎士団』という肩書きに踊らされた、愚か者達の中に。
アールヴァイスの彼らもまた、そんな愚か者達の仲間であった。
彼らの目の前で、ミニスカートをはためかせて逃げ惑う美女達は、帝国第七騎士団。
主に貴族の令嬢から見た目優先で選ばれる、まこと『花』と呼ぶのが相応しい、式典や儀礼専門の部隊だ。
そして今、愚かな彼らに襲いかかる女傑族の如き女達こそ、帝国最強の脳き――精鋭部隊。
『白鷹』フィオナ・ゼフィランサス率いる、真の帝国第三騎士団である。
「ほい、一丁上がりぃ!」
「しゃぁぁっ! もらったぁ!」
「人間狩りはそのくらいにして、我々は怪人を抑える! 3人1組、それを3グループで1体に当たれ!」
美しさより勇ましさ。
淑やかさより荒々しさ。
されど統率は抜群。
あのグランディア決戦でも名状し難き邪神の群れと最前面で戦い抜いた勇士達は、例えフィールド影響下であっても、ゴロツキに毛が生えた程度の戦闘員に負けはしない。
そして、そんな彼女達でも、怪人の相手には苦労するのだが――
「グガッ!?」
一体の怪人が、野生的な寒気を感じて振り返る。
が、一瞬遅い。
既にその背後には、短剣を逆手に持ち、快楽殺人者のような表情を浮かべた2人の少女が迫っていた。
学園都市に迷い込んだ、首刈り族の姉妹――ではなく、もちろん第三騎士団の団員だ。
見た目だけなら第七にいてもおかしくない、何とも蠱惑的な彼女達は、それぞれ短剣を鋭く一閃。
怪人の首に、左右から一撃ずつ見舞う。
さすがにフィールド影響下では、1発で首を落とすには至らなかったが、左右の頸動脈を切り裂かれた怪人は、血を噴き上げる首を反射的に両手で押さえた。
その隙は、精鋭たる彼女達の前では致命的だ。
一瞬で取り囲まれ、全方位からの攻撃で怪人は沈黙した。
怪人が1体減ったことによって、形勢は一気に騎士達に傾いていく。
だがそんな中、団長たるフィオナはまさかの劣勢を強いられていた。
繰り出す斬撃は悉く弾き返され、逆に怪人の一撃はいなしきれずズルズルと後退していく。
戦力分析としては、フィールド化でのフィオナは通常の怪人とほぼ互角という評価だったが、現状は互角とは言い難い戦いぶりだ。
怪人の爪が、フィオナの頭部を掠め、兜が弾き飛ばされる。
――引っ付いていた銀髪と共に。
「なっ!?」
声を上げたのはアールヴァイスの戦闘員。その場のリーダーを任された女だ。
兜の下から現れたのは、短髪に精悍な顔立ちの、フィオナとは似ても似つかない女性騎士。
先日アリア達を学園長室に連れて行った、副官補佐のローシャだった。
背格好の似た彼女が、兜とウィッグでそれっぽく見せていたのだ。
「そんな、ならば……フィオナ・ゼフィランサスはどこだっ!?」
狼狽える戦闘員の姿に、ローシャは口の端をニヤリと吊り上げた。