第4話 アリアちゃんは死亡フラグは出来るだけ回避するタイプ
「大聖堂周辺、監視減りません」
「4番、7番の出口にも、監視を確認しました」
「9番出口も押さえられています」
『学園都市』ベルンカイト、聖導教会大聖堂の地下深く。
秘密結社アールヴァイス本部では、各部署のスタッフが慌ただしく駆け回っていた。
原因は、先日研究棟から逃げ出した怪人――元は帝国が送り込んだスパイだった男だ。
怪人化前の時点で、かなりのレベルで本部内を調べ尽くしていたようで、逃した翌日には、本部直上の大聖堂に監視が付いた。
そして2日目の今日、全ての出口が帝国の監視下に置かれる事態となった。
「これで全滅か……逃したスパイ君、相当優秀だったみたいだね」
流石に全ての出口を封鎖されるのは予想外だったか、首領ゼフも困り顔だ。
会議室に集めた幹部の前で、両手を机の上に組んで、次の手を模索している。
だが、その様子はどこか楽しげでもあり、先日の呪いの城の一件の時のような、本気の深刻さは滲ませていない。
この悲願成就を目前にしての窮地に、まるで世界が自分に抵抗しているような気分になり、『悪の組織の首領』としてささやかな高揚感を覚えているのだ。
「博士、福音の鐘の完成まで、あとどれくらいかな?」
「4日もらえるかの? まだ細部が上手くいっとらん」
「2日で頼むよ。多分、帝国が決戦を仕掛けてくるのは、そのタイミングだ」
「かーっ! また年寄りをこき使いおって!」
非難轟々といった感じのドクター・ヘイゼル。
だが彼自身も、その研究成果を早く試したいのだろう。
爛々とした目が隠せていない。
「ヴァルハイト、アシュレイ、調子はどうだい?」
「力が漲るようです! 今度こそあの小僧を、血祭りに上げてご覧に入れましょう!」
意気揚々と答えるヴァルハイト。
学園での敗北後、ヴァルハイトは更なる怪人化手術を受け、今は虎やサイ、ゴリラ等、複数の動物の遺伝子を取り入れたキメラ怪人となっている。
今のヴァルハイトは、力だけならガウリーオすら凌ぐ。
「私も、目の調子は良好です。精霊の私と魔導具の相性は不安でしたが、『もう一つ』の方が、上手く働いてくれたようです」
愛おしそうに腹を一摩りして、アシュレイが答える。
アリアとの戦いで再び失った右目には、今は魔導具の義眼が埋まっている。
新たな目に、少量だが精霊と相性の悪い金属素材が含まれる魔導具を選んだのは、シャイニーティアの浄化対策だ。
アリアとの再戦を望むアシュレイにとって、もう怪人化はありえない。
最悪、魔術を捨てて魔導具での武装も考えたが、与えられたもう1つの効果か、悪影響はなかった。
「ジャンにイングリッドも、よろしく頼むよ」
「はいはーい。入ってきた奴は、皆殺しでいいんだよね?」
目に危険な光を宿らせ、如何にも待ちきれないといった感じのジャンパール。
帝国で揃えられる戦力に、『正義』のジャンパールを脅かす者はいない。
例えそれが、『白鷹』フィオナ・ゼフィランサスであろうと。
この窮地も、彼にとっては、殺し放題の娯楽でしかないのだ。
「…………」
だが、恐ろしくも頼もしい返事をするジャンパールに対し、イングリッドは浮かない顔で黙り込んでいる。
決戦を恐れている、というわけではないようだが、心に強い引っ掛かりがあるような表情だ。
「何黙ってんの? トイレならさっさと行きなよ。あのお姉ちゃんみたいに漏らす前に」
「そうゆうわけではないっ! ……誰であろうと、敵は倒す。私には、そうしなければいけない理由がある」
強い言葉で、決意を口にするイングリッド。
だが、言葉とは裏腹に、その顔は迷いに満ちているように見えた。
◆◆
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
寮の自室にて、布団を頭まで被り、奇怪な呻き声を上げるアリア。
顔面もまた異様。
ぐるぐると回る目の端には涙を浮かべ、グッと歯を食いしばった口を『イ』の発音の形で開ける様は、気でも触れてしまったかのようだ。
「アリア、美少女が台無しだよ」
「むしろアリアだから、まだギリギリ見れるツラをキープしてるわね」
その両サイドには、同じくベッドに寝そべるエルナとロッタ。
2人は延々とアリアの頭を撫でながら、時たま頬を突いたり、ぐにーっと伸ばしたりしている。
フィオナに向けて啖呵を切り、リーザとグレンにいいカッコを見せるという、まさに戦うヒロインムーブを決めたアリア。
それから1日。
決戦を明日に控えた彼女は――
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
緊張とプレッシャーで死にかけていた。
ランドハウゼン皇国第二皇女、アリア・リアナ・ランドハウゼン、17歳。
今日もゴミクズメンタルは健在である。
「んひぃっっ!!?」
突如アリアがビクンと跳ね、布団を引き剥がしてベッドから降りる。
エルナとロッタは、慣れたものとばかりにピクリとも動かない。
ドタドタと部屋の中央を駆け抜けるアリア。
足早にかけて行った先は――トイレだ。
――ブジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッッ!!!!!
『くはああぁぁああぁぁああぁあぁぁあぁぁぁああぁぁぁあああぁぁぁっっっ!!!』
扉を突き抜ける、爆音と嬌声。
トイレは、まだなんとか正気を保っていた1時間前にも行っていたはずだが、ど緊張で代謝がおかしくなっている。
たった1時間で、超高圧ウォーターブレスのチャージは完了していた。
「ふぅぅ……き、聞こえた……?」
「気持ちよさそうだったわね」
「元気で何より」
「ああああぁぁぁぁぁぁっ………!」
顔面を真っ赤にして蹲るアリア。
だが声色や表情、仕草は、布団に篭っていたさっきまでより随分マシになっている。
どうやら先ほどの大噴射で、心のデトックスもできたようだ。
「はい、これ」
「ん、ありがと」
ロッタが差し出したコップを受け取り、一気に喉に流し込むアリア。
中身は部屋に常備してある、水分、塩分、糖分同時摂取の肉体派の味方、スポーツドリンクだ。
緻密な魔力操作が得意なロッタは、器用にも小さな氷を複数生み出し、コップの中に落としていた。
程よい冷たさで、喉越しも口当たりも良好なそれは、一瞬にして溶けるように消えた。
「ぷはっ! 生き返るわね……!」
「どう? ちょっとは落ち着いた?」
「おかげさまで。いつも付き合わせて、ごめんね」
アリアが緊張で奇行に走るのは、今回が初めてではない。
年に3回ある、フェアリアのイーヴリス大陸全域大会の決勝前夜は、毎回こんな感じだ。
アリアは14歳の頃から参加しているため、いつも付き合うエルナとロッタは、本当に慣れたものである。
「明日は、一緒に行ってあげらんないからね」
「今夜はとことん付き合うよ」
戦場になるのはアールヴァイス本部。
あの弱体化……正式名称は『ドミネートフィールド』というらしいが、あれが全域に張られていると考えるべきだ。
対抗手段のないエルナとロッタ、それにアネットは、外の本陣で待つことになっている。
2人がアリアにしてやれることは少ない。
だからこそ、一緒にいられるこの時間は、添い寝だろうと、膝枕だろうと、マッサージだろうと、いやらしいマッサージだろうと、アリアの望むものは何でもやってやろうと、2人は思っていた。
「でもゼフ先生……いったい何考えてんだろうね?」
本拠地と共に正体が明らかになったアールヴァイスの首領、ゼフ・ディーマンには、アリア達も『お悩み相談』という形で、よく話を聞いてもらっていた。
聖職者とは思えない軽さで、特に恋愛相談に関してはかなり奔放な解決策を提案するところはあったが、決していい加減な態度ではなかったとアリア達は思っている。
あの楽しげな様子の裏で、世界征服なんてものを考えていたとは、正体が明らかになった今でも、にわかには信じることができない。
「アネットは、『呪印を嫌悪しているように思えた』と言っていたね。そこに闇を感じた、とも。それが鍵だとは思うんだけど……」
呪印を研究テーマとしているゼフと、呪印で世界を縛ろうとするアールヴァイスの首領。
そこだけは一本の線で繋がるのだが、アネットの感じた印象が、その繋がりを曖昧なものにする。
何故、隠しきれないほどに嫌悪しながら、呪印を研究し、呪印を手段に選んだのか。
「わからないわね……わからないから、本人に答えてもらうわ。お悩み相談室、大聖堂スペシャルでね」
すっかり元気を取り戻したのか、アリアが威勢のいい発言をする。
その様子に、エルナとロッタは疑問も忘れて、満足そうな笑みを浮かべた。
尚、アリアは首領としてのゼフと相対したことがあるため、本来ならもう少しまともな予想が言えるはずなのだが…………残念ながら、漏れそうだったり漏らしたりで、会話をした記憶はほぼ残っていない。
もう少し頑張れ、主人公。
「でもさ、決戦前にグレンと会わないでホントによかったの? まぁ、さっきのザマじゃ厳しかったろうけど」
「そうだね。話したいこととか、あったんじゃない? さっきの体たらくじゃ、無理だった思うけど」
「余計なお世話よ! 主に後半が!」
親友達の容赦ない評価に、声を荒げるアリア。
が、ふと何かに気付いたようなそぶりを見せ、やがて深刻な表情を2人に向けた。
「……2人とも、知らないの?」
「「なにを?」」
「決戦前夜に好きな人と語らうと、片方死ぬのよ」
「「おぉぅ……」」
アリアちゃんは、死亡フラグをめっちゃ気にするタイプだった。
「そういやさ、神父様」
「なんだい? ジャン」
「正体、もうバレてんだよね?」
「そうだよ」
「『ジョゼ』って名前、全然定着しなかったね」
「泣くよ……?」