第3話 敵は街中にあり
――コンコンッ。
「ローシャです。皆様をお連れしました」
「どうぞ」
アリアの部屋を訪れたのは、短髪に精悍な顔立ちの、帝国の女性騎士だった。
ローシャと名乗った彼女は、アリアとリーザを連れ、寮の外で待っていたグレンと合流し、そのまま学園の学園長室へ。
扉を開けると、中では待っていたのは、この部屋の主であるフローラ学園長。
そして――
「フィオナ様……!」
「お久しぶりです。アリア皇女殿下」
戦闘用と思しき白のロングスカートの上に甲冑を纏った、長い銀髪の凛々しさを感じさせる美女。
『白鷹』フィオナ・ゼフィランサス。
ノイングラート帝国第三騎士団の団長にして、帝国最強と言われる女性騎士だ。
そして、アリアが自身の目標と見据えている騎士でもある。
以前のアシュレイとの戦闘中、妄想の中に現れた『理想の自分』も、彼女がモデルだ。
「どうして、フィオナ様がこちらに……?」
帝国最強の騎士がなんのお触れもなく学園に現れるのは、あまり穏やかな事態とは言えない。
そして、この場に呼ばれたのがアリア、リーザ、グレンの3人という状況が、彼女がこの場にいる理由を物語る。
アリアの疑念を肯定するように、フィオナは表情を引き締めた。
「アールヴァイスの本拠地が、判明しました」
「「っ!?」」
予想外の内容に、アリア、リーザが息を呑む。
グレンも驚きこそしなかったが、険しい表情を浮かべた。
一昨日、アールヴァイスへの潜入任務に赴いていた、1人の諜報員が帰還したのだ。
残念ながらその諜報員は報告を終えると死亡してしまったが、彼の持ち帰った情報は、謎の多かったアールヴァイスの内情を知る大きな助けとなった。
だが、それに含まれていたのは決して朗報だけではない。
「『福音の鐘』……奴らの計画の要となる広域無差別呪印発生装置が、完成間近とのことです」
「そんな……!」
「とうとう……」
アールヴァイスの首領、ジョゼは言っていた。
『人類の謎を解き明かせば、全人類に呪印を施すことはできる』と。
彼らは、それを解き明かしたのだ。
帝国側が、弱体化フィールドに対しなんの対策も打てないまま、ついにこの日が来てしまった。
「『正義』のジャンパール、それに『氷華』のイングリッドが呪いの城から持ち帰った資料が、決め手になったようです。じきに奴らは帝国……いえ、世界に対し戦端を開くでしょう」
「イングリッド……」
(よかった、無事に戻れたのね……でも……っ)
イングリッドの無事に安堵するアリアだったが、すぐにその表情を苦々しく歪めた。
神代の呪印研究資料がアールヴァイスの手に渡ることを、唯一防ぐことができたのが自分だったと、そう考えているからだ。
イングリッドと戦ってでも、資料の持ち帰りを妨害していれば、この事態にはならなかったかもしれないと。
「アリア殿下……厳しいことを言わせていただきますが、あの城で殿下にできたことは、何もありません」
だが、フィオナはそれを否定する。
「っ! で、でも……!」
「城の存在は不滅で、単独で脱出ができるジャンパールも中にいました。例え殿下が命を賭してイングリッドを抑えたとしても、資料はアールヴァイスの手に渡っていたでしょう」
アリアのその時の選択に、今感じている後悔に、状況を変える力はなかったと。
「むしろ下手に敵対をされて、殿下の帰還が叶わない事態になっていたら、我々はシャイニーティアという、アールヴァイスに対して有効な戦力を失っていました。結果論ですが、殿下の選択は最良の結果に繋がったと、私は考えております」
「フィオナ様……」
それは、自分にもできることがあったと信じる少女に対して、現実を突き付ける厳しさであり、だから責任を感じることはないという、遠回しな優しさでもあった。
フィオナは一度居住まいを正し、アリア、リーザ、グレン……一人一人に視線を送る。
「我々帝国は明後日、可能な限りの戦力を集め、アールヴァイス本部の制圧を試みます」
「随分と急ですわね」
「本部の場所を含めた情報の漏洩で、敵も混乱しているはずです。『福音の鐘』の完成が迫っている以上、この機を逃すことはできません。つきましては……御三方にも、作戦への参加をお願いできないでしょうか」
相手はまだ学生、しかも2人は皇女に公爵令嬢だ。
いくらアールヴァイス問題への協力の約束を取り付けているとは言え、今回の大捕物は、普段の街頭警備とは訳が違う。
本職の騎士として、彼らに頼らなければいけないことに、忸怩たる思いだろう。
「我々も力を尽くしますが、弱体化の影響下では、複数の怪人に阻まれれば、恐らく突破は叶わないでしょう」
だが、フィオナはそれを表に出すことはしない。
アールヴァイスが蜂起すれば、帝国の民の安全と生活は、大きく脅かされることになる。
「フィールド下でも力を失わない、貴女方のお力、是非とも、お貸しいただきたい」
それを防ぐためなら、恥だろうと罪悪感だろうと全て飲み込む。
それが、フィオナ・ゼフィランサスという女だ。
彼女は一度頭を下げ、再び顔を上げると、視線をアリアに合わせた。
『他国の姫』という、最も本件に巻き込んではいけないはずの存在である彼女に。
アリアもまた、決断が必要なのが自分1人であることを理解していた。
リーザもグレンも、自分の力が戦う力のない人々を守るために必要なら、それを振るうことを厭わない。
アリアにもそうゆうところはあれど、当然の如くやってのける2人に比べれば、理想への憧憬に背中を押されているところはある。
だから、危険に飛び込むことに関して、恐れもするし、躊躇いもする。
だが今回に限っては、アリアの心は最初から決まっていた。
「お引き受けします」
緊張も恐怖もあるが、躊躇いはない。
その様子に、フィオナが僅かだが、目に驚きを宿す。
「私の力で守れる人達がいるのなら、それを振るうことを惜しみたくはありません。あと、これは個人的な事情ですが……その本拠地には、少々ガツンと言ってやりたい相手がいるはずなんです。たとえ来るなと言われても、私は行きます」
声音には、大きな戦いへの不安が滲んでいる。
だがそれでも、アリアは恐怖心をねじ伏せ、自分の意志を通そうと、強気の表情で決意を語った。
その様子に、フィオナが少しだけ、視線に込めた力を緩める。
2人が最後に会ったのは、去年の春頃。
キラキラとした憧れだけが先行していた少女は、この1年で、帝国最強の女が頼もしさを感じるほどに成長していたようだ。
「感謝致します。そして、殿下のお覚悟を試すような真似をしたことを、謝罪致したます」
「見直していただけましたか? ……と言いたいところですが、まだまだです。私の友人達は、これくらいのこと、当たり前のように言ってのける人ばかりなので」
リーザとグレンに目を向けると、『よく言った』とばかりに、アリアに笑顔を向けてきた。
アリアはそれに、全力のドヤ顔で答える。
「なるほど……それは私の騎士団も、真っ青になるほど過酷な環境ですね」
「まったくです。気を抜くと、すぐ置いて行かれそうになるので」
「何やら、心外な評価ですわね?」
「俺達、いつも優しいよな?」
フィオナとアリアに視線を向けられ、不満そうに目を見合わせるリーザとグレン。
彼らの様子にフィオナも笑顔を見せ、部屋の空気を支配している緊張感が薄れていく。
「では、優しく、甘やかされて育った私の覚悟が揺らがないうちに、詳細を聞いてもよろしいでしょうか。先程、アールヴァイスの本拠地が、判明したと言っていましたが……?」
アールヴァイスの本拠地の場所は、アリア達も帝国も、喉から手が出るほど欲しかった情報だ。
この『潰すべき中枢が見つからない』という問題は、テロリスト相手に後手に回ってしまう、大きな理由になっている。
フィオナは今一度表情を引き締め、改めて作戦の仲間となった3人に、決戦の場所を伝えた。
「はい。奴らの本拠地は、予想通り、ここベルンカイトにありました。アールヴァイスの本拠地は――」
フィオナの口から飛び出した名前に、グレンは剣呑に目を細め、アリアとリーザは予想外の場所に驚きの表情を浮かべた。
――敵は、大聖堂にあり。