第1話 『あーん』大会開催
8月も半ばに近づいた、『学園都市』ベルンカイト。
学園生向けの店舗が立ち並ぶ学生街は、一足早く帰省から戻ってきた学生達で、久々の賑わいを見せていた。
激戦区の中心地区に店を構える、ファンシーなフルーツパーラーでも、少女達がしばらくぶりの再会に湧き立ち、休暇中の近況を伝え合っている。
そんな中、異様な雰囲気を漂わせるテーブルが一つ。
1人でも男達が振り向くような美少女が、なんと5人も集まり、同席している1人の男に、順番にパフェを『あーん』しているのだ。
店の客の中の数少ない男――例外なく彼女連れ――は、皆『モゲろハーレムクソ野郎』と怨嗟の念を送っている。
が、その辺りに聡い女性達は、彼等の間に、特に甘ったるいムードがないことに気付いていた。
「ほら、覚悟を決めて、口を開けて下さいませ」
「お前……ホントにレオン様には言うなよ?」
クリームとメロン、シャーベットがちょうどいい具合に乗ったスプーンをグレンに向け、勝ち誇った笑みを浮かべるリーザ。
対するグレンは、ワンスプーンに収まったミニパフェを前に、あからさまに顔を引き攣らせる。
豪放な性格で知られるこの国の第三皇子レオンハルトは、婚約者のリーザのことになると、途端に面倒な男になるのだ。
例えばこの『あーん』にしても、素直に食えば嫉妬心を露わに絡んでくるし、断れば『リーザのあーんの何が不満だ?』と絡んでくる。
「絶対に言うなよ……」
「わかっておりますわ。『絶対に押すなよ』と言うやつですわね」
「そうゆうのやめてくれるっ!?」
覚悟を決め、スプーンに齧り付くグレン。
どちらにしろ面倒なことになるなら、さっさと終わらせてしまおうという魂胆だ。
「お口に合いまして?」
「ああ。余計な心配がなければもっとな」
ことの発端は、物欲しそうに自身のパフェをチラ見するグレンに、エルナが仕掛けた悪ふざけだ。
食欲に負け、差し出されたスプーンに食らいついたのが運の尽き。
ニヤリと笑みを浮かべたロッタ、アネット、リーザが、この順番でスプーンをグレンの口元に付き出したのだ。
一口食べる度に高まる男達からのヘイトに耐えながら、4人目まではクリアしたグレン。
そんな彼に、最後の、そして最強の刺客が牙を剥く。
「えと、その…………グレン君……あ、あーん……っ」
顔面を真っ赤に染めた、アリア皇女殿下である。
彼女のパフェはピーチパフェ。
少し潤んだ瞳を、上目遣いにしてグレンを見つめながら、肩をキュッと窄ませて、おずおずとスプーンを差し出す姿に、友人4人が言葉を失う。
真正面から食らったグレンの理性など、一瞬で粉々だ。
客の女性達も、突如迸ったラブ臭に目の色を変える。
なるほど、矢印が出ているのはこの2人だ。
しかもまだ付き合いたてか、その直前の1番美味しい時期だろう。
頑張れ猫耳の娘、根性を見せろ相手の男。
周囲からのキラキラ――というには多少濁った視線を浴びながら、グレンは目の前のスプーンに齧り付いた。
「ど、どうかな?」
「あ、あぁ、美味い」
嘘である。
今のこの男は、何食っても味なんて感じない。
辛うじて受け答えはしているものの、視線は自分が咥えたスプーンに吸い込まれている。
アリアがそれで、新たにパフェを一掬いして口元に持っていき、一度止め、小さく『えいっ』と気合を入れて口の中に放り込むところまで、呼吸も忘れて凝視し続けた。
視線に気付いたアリアが顔を上げる。
一瞬見つめ合うと、アリアは再度必殺上目遣いを繰り出し、こう言った。
「もう一口……いる……?」
「っ!?」
アリア・リアナ・ランドハウゼン、17歳。
彼女はこの夏、目の前のヘタレ男を落とすため、全力を尽くすと心に決めたのだ。
「グレン君、あーん」
◆◆
「そういや、実家の話途中だったね。グレンはどんな感じだったん?」
「お前が面白がって『あーん』とかやり出したからだろうが……」
悪びれもせず舌を出すエルナに、ジトォっとした目を向けるグレン。
だが、オモチャにされた見返りとしては十分な程いい思いをした自覚もあるので、それ以上の文句は溜め息として宙に溶かす。
「あんま大したことしてねえぞ? 妹達と出かけて、親父と酒飲んで、メイドのケツに座薬ぶち込んで」
「お待ちになって」
やったことを指折り数えながら思い出していくグレンだったが、3本目の指を折った直後にリーザから待ったがかかる。
リーザは努めて冷静を装っているが、視線は、その3本目を凝視したまま離れない。
「メイドのお尻に座薬を差し込むのは、グランツマン家では日常的な行為でして?」
「リーザって、『お尻』とか躊躇なく口にするとこあるよな」
「ど う な ん で す の ?」
メイドとの座薬プレイをなんの感情も込めずに話すグレンに、リーザお嬢様が圧を強める。
夏休み前、アネットから『呪印は消そうと思う』と聞かされたリーザは、表面上は平静を装いながら、内心では全力で胸を撫で下ろした。
だが、リーザは見てしまった。
それからも、アネットがちょくちょく呪印の資料――の催淫のページ――を開いている姿を。
『マジヤバですわ』
マジヤバな従者の先輩とも言うべきグランツマン家の闇人淫紋メイドの話は、リーザにとって聞き逃せない情報なのだ。
「いや、体調崩した時だけ……待てよ。俺が実家帰ると、アイツいつも狙い澄ましたかのように熱出すな……」
「ドチャクソヤバイ方ですわね」
体調『不良』の方をコントロールできるようになるのは、尋常ではない。
まだ見ぬグランツマン家のメイドと、未来の自身の従者が重なっていき、リーザの額に汗が浮かぶ。
尚、アリアは自分が座薬を突っ込まれるシーンを想像して、1人プチパニック状態だ。
「まぁ、夜な夜な如何わしい1人遊びに使うため、自腹で呪印のカスタマイズをするような奴だからな。もう、アイツの呪印がどうなってるのか、俺にも見当がつかん」
「ルナティックヤバイ方ですわね!」
『ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!』って感じの幻聴を背後に、アネットの方に首を向けるリーザ。
「リーザ様?」
「絶対に、貴女を更生させてみせますわ……!」
「リーザ様!?」
頑張れリーザ様。グレンのメイドは手遅れだが、アネットはまだ引き返せるぞ。
「でもそうか……グレンの休みは、座薬プレイで終わったんだね」
「やめろよその表現。他にもちゃんと遊んだわ。リヴィアニスタで海遊びして、ブレイジング・フェスとか見てきたから」
「あ! いいなぁ~、グレン君。私、隣国なのに一度も見たことないの」
話が動き、アリアがパニックから復活する。
リヴィアニスタは、グレンの実家のあるウィスタリカ協商国の、海洋リゾート都市だ。
毎年8月になると、ファイヤーダンスやら花火やら、とにかく燃えまくる『ブレイジング・フェスティバル』なる催しが開催される。
結構遠方からでも人が集まる祭りで、グレンもそれに合わせて帰国の時期を調整した。
「でもでも、グレンさんや」
「ベルンカイトの星華祭も、負けてないよ」
「……!」
エルナとロッタがニヤニヤしながらグレンに絡みつき、アリアが、テーブルの下でグッと拳を握る。
ベンルカイトの星華祭は、やはり夏に相応しい、花火系の祭りだ。
噴き上げや『滝』系の花火が多いブレイジング・フェスと違い、一般的な打ち上げ中心となっている。
そして、こちらも花火イベントとしては珍しく、祭りを彩るパフォーマーがいるのだが、そのパフォーマーがかなり特殊なのだ。
「星華祭ではね、ウチと近隣4校の学生から精鋭を集めて、パレードをやるんだよ」
「各種ダンス部、演劇部、吹奏楽部、声楽部、フロートの準備とかは魔導工作部だね。そしてもちろん――」
そこでロッタが言葉を切り、全員の視線がアリアに集まる。
「フェアリア部もね。私は部員ではないけれど、毎年声をかけてもらっているの。今年も出るから、ちゃんと見に来てね?」
アリアは頬を赤らめながらも、自信ありげな笑みを返した。
学生の対抗戦に出るには場違いなレベルのため、部活には入っていないアリアだが、こうゆうお祭りごととなると部の方からお声がかかるのだ。
まぁ、部員達の最大の目的は、祭りに備えて部の練習に加わるアリアから、少しでも技術を盗むことではあるが。
「楽しみにしてなさい、グレン。星華祭のフェアリア部の衣装は、生脚大サービスのフリフリレオタードだから」
「絶対見に行く」
「ちょ、ちょっと、エルナ! グレン君も! もう……演技も、ちゃんと見てよね?」
演技『も』……膨れつつ、衣装も見せる気は満々なアリア。
今回の星華祭、アリアは海水浴以上の決意を持って臨むつもりなのだ。
エルナから衣装の説明を受けるグレンが、チラチラとアリアに視線を向けてくる。
勝算は、十二分にある筈だ。
じっとそちらを見つめていたアリアと、グレンと視線が数秒交わる。
誘うような笑みを浮かべ、口の形だけで『エッチ』と返すと、グレンは慌てて顔を逸らした。




