表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/127

第16話 尚、本人は『間に合った』と供述しており――

 グニャっと視界が歪み、みんなの姿が、その歪みの中に溶けていく。



 アンリ君、ニコル君、イングリッド。



 手を伸ばそうとしても、まるで体の時間だけ何十分の一にもされたみたいに、僅かずつしか動かない。

 やがて、みんなの姿が完全に見えなくなって、視界に映る全ての色が、黒に混ざり合った。





「…………あっ」



 次の瞬間、私の目の前には、見覚えのある森が広がっていた。


 木々に囲まれた、少し開けた場所。


 中心には、2つの切り株。


 もう夕暮れで、景色の色合いは変わっているけれど、間違いない。

 私達の担当だった、子供達がよく遊んでいた区域だ。


 帰って……これた……っ。



「あぁぁっ……あっ!?」


 安堵で崩れ落ちそうになる脚を、何とか踏みとどまらせる。


 まだだ。まだ、気を抜くのは早い。

 みんなを探さないといけないし、服も、このままじゃ……。


 それに、ちょっと無茶をしすぎたみたい。『代償』が、体の中で暴れ回って、もうあまり時間がない。



「アンリ君! ニコル君! いたら返事をしてっ!」



 私がここに出たってことは、みんな、元いた場所の近くに戻ってきているはず。

 イングリッドは別の場所から来たみたいだから、どうなったかは確認できない。

 無事に帰れたことを祈るだけだ。


 でも、アンリ君とニコル君は、この山の、多分この近くにいるはず。

 食料は私が持ったままだし、見つけて、連れて帰ってあげないと。



「アンリ君! ニコル君!」



 お願い出て来て……! じゃないと、私……!



「お姉ちゃん!?」


「ニコル君! アンリ君も!」



 草むらの中から、アンリ君とニコル君が飛び出してきた。

 2人ともフラフラだけど、戻って来れて安心したのか、表情はにこやかだ。


 よかった、本当に……。



 これなら……これなら……っ。


「お姉ちゃん、どうしたの? なんか、モジモジして――」

「誰にも、言っちゃダメよ」




 ――これなら……間に合うわ……!



「え?」

「ホーリーライズっ!」



 説明したり、誤魔化したりしている時間はない。

 私は、男の子2人の目の前でシャイニーティアを起動した。


 下着が光となって弾け、一瞬裸になってしまうけれど、本当に一瞬で、子供達には見えていないはず。

 この瞬間を捉えるには、グレン君くらいの、ちょっと異常なレベルの動体視力が必要だ。


 ソックス、レオタード、セーラーカラーが身を包み、最後にレオタードが縮んで全身を締め上げる。


「んあぁあはぁっ!?」


 だめっ! 『そこ』を締め付けちゃ!


 相変わらず、下着の方がマシだったのではないかと思ってしまうような姿だけど、もうそんなことを気にしている余裕はない。

 縮んだレオタードによる圧迫が、私の僅かに回復していた『力』を奪い取ってしまった。


「ふ、2人ともっ、行くわよ!」


 これ、本当にっ……思ったよりまずい……!


 呆然と私を見上げるアンリ君、ニコル君を抱え上げ、大急ぎで下山を始める。


「うわわわわっ、お姉ちゃん!?」

「どうしたのっ!? そんなに急いで……!」


「だめっ……だめなの……私っ……その……っ」



 込み上げる衝動は、どんどん強くなっていく。

 今日一日、絶えず死闘を強いられた『私』には、もうそれと戦う力は残されていない。

 シャイニーティアなら、捜索本部までは5分もかからずに着くけれど……あぁっ……間に合って……!



「お姉ちゃん……?」


「お、お姉ちゃんっ、本当は、水の魔術、使っちゃだめなの……! 使うと、お、お腹に、水が溜まって……っ」


「「溜まって……?」」


 キョトンとした顔を向けてくる子供達。

 そんな、無邪気な目を向けないで……!





「だから、その…………お、おしっこ、もう我慢できないのっっ!!」



 あぁぁ……消えたい……!




 ◆◆




 山道を駆け抜けること約5分、私達は捜索本部に辿り着いた。

 シャイニーティアの件は、皇国内でも一部の者しか知らない秘密なので、既に正体を隠すバイザー・オン状態だ。


 本部は何故か騒然としていて、レオタード姿で子供2人を抱えた、かなり目立つはずの私が見咎められることもない。

 飛び交う言葉の中には、『帰還できた部隊は』、『行方不明者は』など、少し気になる単語も含まれている。


 その中に『皇女殿下の行方は』なんていうものもあって、少しビクッとしてしまったのだけれど、私にはもう、その声に応える余力はなかった。


 水の魔術の暴発で、短時間のうちに何度も過酷な我慢を強いられた私の括約筋は、もう今すぐにでも力を抜こうとしているのだ。

 申し訳ないけれど、もう少しだけ、せめて無事にトイレを済ませるまで待ってもらわなければ、私はこの喧騒のど真ん中で、とんでもない失態を演じることになってしまう。



「すみません! うぅっ……だ、誰か、この子達をお願いします!」



 必死にお腹に力を入れて、声を張り上げる。

 危険を冒した甲斐はあって、数人のスタッフが私の抱えた子供達に気付き、こちらに駆け寄ってきた。


 女性スタッフを先頭に、後ろから更に男性が3人。


「その子達、アンリ君とニコル君ね!?」


「この子達のっ、保護をお願いしますっ……くぅっ! あ、あと、トイレをお借りし――」

「待って! 貴女、この子達をどこで?」



 2人を預けてトイレに駆け出そうとした私を、スタッフ達が取り囲む。

 その間も、体はどんどん排尿の準備を進めていく。



「あ、あの、えと、森で、アリア皇女から、預かって……さ、先に、トイレをっ」

「王女殿下ですって!?」



 問い詰められて、つい私の名前を出してしまった。

 動転したスタッフが掴みかかってきて、体を揺すられてしまう。



「んくぅっ、待って! 揺らしちゃっ……ああぁっ!?」


 ジョロロッ!



 膀胱を襲う振動に耐えきれず、ほんの少しだけレオタードに出してしまった。

 しかも私の名前を出したせいで、人が集まって、トイレまでの道が塞がれていく。


 だめっ、このままじゃ私、こんな大勢の前で……!



「は、離してっ、お願いっ……! トイレっ……トイレに……っ」


「どこで!? 皇女殿下はどこにいたの!? 何故、殿下だけ置き去りにしたの!?」


「そ、それはっ、下着しか、身に付けてなくてっ、くはぁっ!? だ、男性の前にはっ……あ゛っ、あ゛ぁっ!?」


 ジョロッ、ジョロロッ、ジュビビビッ!



 尿道が開いていく。

 腰はもう引けっぱなしで、脚の動きも止まらない。

 無意識に、何度も手が出口を押さえてしまう。


 だめっ……もうっ……限界……っ。



「すぐに着替えの準備を! 場所は、場所はどこ!?」


「やめてっ、やめてぇ…………お腹、揺れてっ……出っ、ちゃうぅ……っ」


 ジョビビッ、ジョビィィィッ!



 だめ……離してくれない……っ。

 みんな、必死過ぎて……こんなに、みっともない姿を見せてるのにっ……気付いてすらもらえない……!



「どこですか!? 殿下とは、どこで!?」



 ジョォォォォッ! ジョォォォォォォッ!


「おねがい……とぉしてっ……とぃれぇ……!」



 もう、おしっこが止まらない。

 尿道に、全部流れ込んできてしまう。




 私っ……私、こんなところでっ……こんなに大勢に囲まれて……も、漏れ――


「お姉ちゃんを離せぇぇっ!」

「痛たたたたっ!?」



 絶望に膝を折りそうになった瞬間、アンリ君が、私を掴んでいた腕に噛み付いた。


 離れる拘束、自由になる体。



 でも……でも、もうダメなの。


 私とトイレの間には、まだ2人の男の人がいて……それなのに、おしっこが、たくさん流れ込んできてしまって……っ。


 せっかく、助けてもらったのに……!



「退っけぇぇぇぇっっ!!」

「うおぉぉっっ!!?」

「こらっ、何をするっ!?」



 あぁっ、ニコル君……!


 ニコル君が、私の前を塞ぐ2人の男性スタッフを、体当たりで退かしてくれた。

 涙で滲む視界に、遮るもののないトイレまでの道が飛び込んでくる。


「お姉ちゃん急いでっ!」


 アンリ君、ニコル君……2人とも、フラフラなのに……ごめんなさいっ……ありがとうっ!




「あああぁああぁぁぁああぁああああぁぁぁあああぁぁああぁあああぁぁああぁあぁっっっっ!!!!」




 私は、おしっこが溢れる出口を両手で押さえながら、トイレに駆け込んだ。




 ――変身を解除して、下着を脱ぐ時間までは、残されていなかった。




 ◆◆




 トイレの扉が開き、レオタードの少女が姿を見せる。

 両手は何かを隠すように脚の付け根に添えられているが、残念ながら、少女の手で隠すにはレオタードに残る痕跡は大き過ぎた。


 認識阻害で、視線がどこを向いているかはハッキリとはわからないが、恐らくは、トイレまで続く金色の小川に注がれているのであろう。


 少女は嗚咽を堪えるように肩を震わせ、バイザーの奥から、ポロポロと涙を溢れさせていた。


 そんな彼女に、最初に応対し、最終的に肩を激しく揺さぶった職員が、とてもばつの悪そうな顔をして話しかける。



「あ、あの……ごめんなさい……こちらも、混乱していて……それで、その――」

「その道を行った先です」

「え?」



 デリケートな話題を察知したのか、レオタードの少女がそれを遮り、一本の山道を示す。


「皇女は、その先で迎えを待っています」


「っ!? わ、わかったわ! 正面の山道です! 女性の兵士だけでお願い! あの、それで、おトイレは――」

「お騒がせしました!」



 再び、女性スタッフの言葉を遮る、レオタード少女。

 言わせない、聞かせない……声に込められた力からは、そんな強い意志を感じさせる。




「おかげで……ぐすっ……間に合いました。ありがとうございました……うぅっ」



 その言葉を残して、少女は逃げるように森に消えていった。



 『間に合った』と告げる少女のレオタードと太股は、気の毒なほどに濡れそぼっていた。


 怪異の説明とか、ホラーとしては興醒めなんですが、聖涙天使シャイニーアリアは純ホラー作品ではないので、最終章を前に一旦ホラー気分から醒めていただきたく……。


 語りきれなかった本章の設定を書いていきたいと思います。



◆呪いの城マリアベル

 神代の、呪印に関する研究施設。管理は日本だが、場所はルーマニアにあった。

 当時から、研究の犠牲になった子供達の怨念が積み重なり、職員が変死すると言う怪異が度々起きていた。

 神代滅亡時にこの施設の職員、子供達も死に絶え、その影響で城そのものが祟り神レベルの怪異となり、現代まで存在を維持している。



◆ミレイ

 通常の実験をしつつ、職員の男女1人ずつを親だと思い込ませての、精神関連の実験もされていた。

 城が終わる際、両親だと思っていた男女が彼女を置いて逃げようとしたのがトラウマになり、『置いていかれる』ことに過剰に反応するようになる。

 尚、この直後に人としてのミレイは死亡し、両親役だった2人は、怪異化したミレイの最初の犠牲者になった。

 最も強い念を持っていたため、現在は城の主になっている。



◆子供達

 研究の犠牲者で、基本的にはミレイに力を貸している。

 ミレイより前に怪異化した子供も同様。



◆分隊長を食った奴

 子供達に取り込まれた職員の融合体。核になっているのは、ミレイの両親役だった2人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ