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第1話 グレンという名の男

 ここイーヴリス大陸において、ただ『グレン』という名だけで人々が思い浮かべるのは、1人しかいない。



 グレン・グリフィス・アルザード。



 2年前、人類の天敵『邪神』との決戦において、体長300mを超える邪神の親玉『女王』を討ち取った英雄。


 人間離れした剣腕と、戦闘時に纏う銀色の光から、『(しろがね)の魔人』と呼ばれる様になった、当時若干15歳の少年だ。


 そしてアリアにとっては、知性ある魔獣の王『魔王』の侵攻から、母国ランドハウゼンを救った救国の英雄であり、

 恐ろしい化け物の顎門から、単身アリアを救い出したヒーローでもある。


 『グレン』という名は、アリアにとって、とても、とても大切な意味を持つ名前なのだ。




 ◆◆




「あぁっ、もう……っ! 最っ! 悪っ!」



 そして今、その名が大切である故に、アリアは大いに荒れていた。

 それこそロッタはおろか、もう6年の付き合いになるエルナすら、初めて見る程の大激怒だ。


 ラージサイズのアイスティーを一気に飲み干し、空になったカップを、食堂のテーブルにガンッと叩きつける。

 傍から見たら、ヤケ酒しているオッサンと何ら変わらない。


「どしたの、アリア?」

「大分荒れてるね……」


 原因は、つい先程まで学園を案内していた編入生、グレン・グランツマンである。


 放課後の時間を利用して学園各所の説明をしていたのだが――



『ちょっと……聞いてるの!? グランツマン君!』


『あぁ、勿論』



 刺さるのだ、視線が。


 顔から胸に行って、腹、尻、太股、足、そこからゆっくり太股に戻って、顔、また太股、胸、太股、足、太股、尻、顔、太股、顔、太股、足、太股。


 それが案内をしている間中、あの武術1位も納得の強烈な眼力で。

 アリアは、怒りと羞恥を堪えながら案内を続けたが、最後に訓練場の説明を終えたところ――



『今日はありがとな。お礼に、今度なんか奢るよ』



 この一言で、堪忍袋の尾が切れた。



『結構です! そんな、延々女子の体を舐め回すように見る人から、何かを受け取るつもりはありません!』


『何故、気づいた』


『気付くわよっ!? 顔胸お尻太股足太股顔太股胸太股足太股お尻顔太股顔太股足太股お尻胸顔太股太股太股太股! 貴方っ、どれだけ太股好きなのっ!?』


『すまない、精一杯抑えてるつもりだった』


『アレでっ!? 嘘でしょっ!? むしろ、太股ちょっと痛くなるくらい、視線強かったわよっ!?』


『ホントだぞ? その証拠に、本気の視線を見せてやる』


『え、ちょっ、やめっ、あぁっ!?』



 ――ギンッッッ!!!



『嫌あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!?!?』



 今日一の視線に晒されたアリアの体が反射的に動く。

 グレンの顔面に、綺麗なハイキックが入った。



『じゅんぱくっっっ!!!』





「ホント……最悪よっ! しかも、明日から、後ろ席にいるなんて……」


 アリアの周りは、右隣がエルナ、エルナの後ろにロッタ、前と後ろは空いてる。

 席順は生徒達に任されているのだが、色々な思惑が渦巻き、皆が牽制しあった結果、アリアの周りの席は空きが出やすくなるのだ。


 必然、学年途中からの編入生であるグレンの席は、その辺りの席が充てがわれる。

 アリアはこの先一年間、背後からあの視線を向けられながら、授業を受けることになる。

 夏場でブラが透けて見えようものなら、どんなことになってしまうのか……。


 気が重くなるのも、仕方のないことだろう。



「それに、何より……なんであんな人がっ、よりによって、グレン様と同じ名前なのっ!?」


「そこかぁ」

「そこだよね」



 アリアと『銀の魔人』の話は、嫌と言うほど聞かされた2人だ。

 編入生の名前を聞いたとき、何かしら一悶着あるとは思っていたが、想像以上の大問題になったようだ。

 だが、怒り浸透のアリアに対し、2人は割と冷静だった。


「どう思いますか、ロッタさんや?」


「それはまぁ、ね?」


「……何よ?」


「「珍しい」」


 そう、この話を聞いた時、先ず2人が感じたのがそれだった。


「この手の話でアリアが怒るのって、かなりレアだよね?」


「え? 私、結構怒ってるわよね?」


 疑問顔のアリア。対して、ロッタは首を横に振る。


「アリアが全身を視姦された時の反応は、虫のように見下す、虫のように気持ち悪がる、虫のように意識から外す、だよ」


「うそっ!? 私、そんな感じになってるの!?」


「人間扱いしてるの、初めて見たわ」



 集団で囲まれるとまた違うが、1対1で無遠慮な視線を向ける相手に対しては、アリアは基本『虫対応』だ。

 真っ赤になって怒りをぶつけるという『人間扱い』は、親友2人にとっては結構な大事件である。


「んー……でも、えぇ……」


 そして、アリアも、納得はできないが、即座に否定はできない。


 何せこの2人は、アリア本人以上に、アリアの顔を見てきたのだ。

 彼女達の判断を、アリアは相当に信頼している。



「んんんんっ! ちょっと、体動かしてくる!」


 自分が、ここ最近では稀に見るほどカッカしている自覚もある。

 過度の怒りは視界を狭め、判断力を鈍らせる。

 一度頭を空っぽにする為に、アリアは運動場に向かうことにした。


 頭を冷やして、あと、名前のことに目を瞑れば、この怒りも少しは収まるだろう。



(癪だけど……蹴っ飛ばしちゃったことは、謝らないと……)


 件のグレン・グランツマンは、確かに無遠慮な視線は向けてきたが、素直に認め、謝罪もしてきた。

 アレは言葉だけでなく、ちゃんと自分に非があることを認めた者の態度だ。


 だからといって許すつもりはないが、そんな相手の顔面を、全力で蹴り飛ばしてしまったことについては、アリア自身、はっきりと罪悪感を感じている。



 僅かでも怒りが治れば、素直に謝罪ができるかもしれない。


 そう思い、親友2人に別れを告げ、アリアは教室を出て行った。


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