81.愛の力?
「うらあああっ!」
渾身の力を込めて打ったテニスボールは、銀色の炎をまとい、魔女の棺桶に吸い寄せられるように飛んでいった。
そして、
ドン!! と凄まじい音とともに、衝撃が塔全体を揺さぶった。
棺桶に当たったテニスボールは、燃えながら銀色の瘴気を噴き上げた。瘴気は次第に人型になり、あの亡霊、夢で見た魔法騎士の姿となった。
「魔法騎士さま!」
わたしはすかさず亡霊に叫んだ。
「あなたの恋人がそこに眠っています! あなたがずっと探してた人です! 彼女がそこに!」
ガタガタと揺れる棺桶からは、禍々しい黒い瘴気があふれ出している。
亡霊は戸惑ったようにわたしを見、それから壊れかかった棺桶を見た。
《……彼女が……?》
「そうです、彼女がそこに封印されているんです! 彼女は死んだ後も、あなたを想い続けて……っ」
そこまで言った瞬間、ドゴォッと爆発するように棺桶が壊れた。
魔女が現れる! と身構えたのだが、棺桶から現れたのは、すでに原型を留めていない、黒い瘴気の塊だった。黒い瘴気は棺桶からあふれ出し、ズルズルと床を這うように渦を巻いた。
「……うわ……」
想定以上の禍々しさに、わたしは思わず一歩後ずさった。
こ、これは……、いや、何ていうかもう、人としての形も留めてないっていうか、もうこれただの瘴気では……。
ええ……、ちょっとこれ、あなたの恋人です、なんて言っても受け入れてもらえないんじゃ……。
わたしは恐る恐る亡霊を見た。すると、
《……ああ……!!》
亡霊が感極まったようにひざまずき、床に渦巻く禍々しい瘴気を抱きしめるように腕を広げた。
《ここにいたんだね。……ずっと探していた……、良かった、一目だけでも会いたいと、ずっとそう思っていたんだ……》
ためらわず瘴気に手を差し伸べる亡霊に、わたしは衝撃を受けた。
え、すごい……、この状態で、恋人だってわかるんだ……。ためらわず抱きしめられるんだ……、愛の力ってすごい。
《会いたかった……、愛してる、ずっと探していたんだよ……》
イケメン亡霊にかき口説かれ、黒い瘴気に変化が現れた。
墨を流したように漆黒だった瘴気が、次第に薄れて灰色の霧のようになり、最後には亡霊と同じく銀色の靄になったのだ。
亡霊に抱かれた銀色の靄は、人型になることはなかったけれど、まるで寄り添うように亡霊の胸にぺたっと張り付いた。
「……えーと……」
わたしは何と言うべきか、言葉を失っていた。
亡霊と魔女を再会させてあげれば、魔女の恨みも収まるかと思ったのだが、それより何より、亡霊さんの愛の力が強すぎた。
「……あの、えっと……、良かった? ですね……?」
わたしは恐る恐る、亡霊に声をかけた。
いや、亡霊や魔女になった経緯を考えれば、良かったことなんてないんだけど、こうやって愛する人とまた再会できたのは、まあ、良かった……、のか、な?
《ありがとう……》
イケメン亡霊は、銀色にキラキラ輝きながらお礼を言ってくれた。
《君には迷惑をかけてしまった。こうして彼女と再び会わせてくれたのに、攻撃してしまって申し訳ない》
亡霊は礼儀正しく頭を下げた。
礼儀正しいイケメン……、これは元の世界でもモテただろうなあ。
《君のおかげで僕は再び、愛する人と会うことができた。彼女に会うことができなければ、僕は永遠に囚われたまま、呪いに焼かれて苦しむ運命だった。彼女を、僕を救ってくれて、本当にありがとう……》
亡霊が言った、その時だった。
――神託は成就した……
神殿で耳にした、あの不思議な声が聞こえた。
「……えっ」
――偉大なる異世界の魔法使いよ、そなたに祝福を……
窓も何もない、暗く閉ざされた地下室に、神々しい光が満ちあふれた。
神々しい光はきらきら輝きながら、わたしの体の中へ入っていった。




