80.魔女の気持ち
「考えたんですけど、封印された魔女って、異世界から召喚された魔法騎士の恋人だったんじゃないでしょうか」
わたしは自分の推論を述べた。
亡霊の過去を見て、確信したことが二つある。
それは、亡霊が大変モテるリア充であったことと、その恋人が限りなくヤンデレに近い魔法使いだったことだ。
「異世界から召喚された魔法騎士とこちらの世界の魔法使い、二人は恋人同士でしたけど、その仲は引き裂かれてしまいました。二人は駆け落ちの約束をしていたのに、男性は騙し討ちにあって呪われた挙句、殺されてしまったんです。……そこで問題ですが、この場合、残された恋人、魔法使いの彼女はどうすると思います?」
「まあ……、私ならば世を呪い、恨み、すべてを破壊しつくそうとするだろうな」
「正解です!」
ラインハルトのドン引き回答に、わたしは大きく頷いた。
「ああいう執着心の強そうなヤバめな人は、大人しく泣き寝入りなんて、絶対にしません! 世界を巻き込み、無関係な人々にまで害を及ぼすような、壮大な復讐を果たそうとするはずです!」
そういうものなのですか? とエスターがやや引き気味に聞いてきた。
そういうものなんです。リア充にはわかるまい……。エスターって、気質的にどう考えてもリア充側の人間だしね。
恐らく魔法使いの彼女は、恋人を呪い殺したとされるロージャ国(冤罪なのだが)を深く恨み、呪ったに違いない。
百年前の戦争で死んでも尚、恨みを引きずり、魔女としてこの世に留まり続けるほどに。
「……確かに魔女による被害は百年ほど前から始まっておりますが……。しかし、その被害は我が国だけでなく、隣国にも及んでおります」
「恋人を殺された恨みを抱えてこの世に留まっているのなら、自国だろうが他国だろうがお構いなしに、世界を滅ぼそうと全方位攻撃するのではないか?」
「……そういうものなのですか……?」
エスター、完全に引いている。
そして、息をするように自然に魔女の思考を理解し、解説するラインハルト様……。
ともかく、
「魔女が亡霊の恋人だったというなら、打つ手はあります! ……たぶん」
多分とは何だ、と突っ込みを入れつつも、ラインハルトが言った。
「どうせ今からでは、王城の魔法使いを総動員しても封印は間に合わぬ。ならば、やってみるしかあるまい」
エスターも、
「ユリ様のよろしいように。私にできることがあれば、何なりとお申し付けください」
そう、ぎゅっと手を握って言ってくれた。
「……それ、お城でも同じこと言ってくれましたよね」
エスターに言うと、ぱっと顔が輝いた。
「私の言葉を覚えてくださっていたのですか?」
そりゃそーですよ。騎士にひざまずかれて「何なりとお申し付けください」と言われるなんて、そんな非日常体験、たぶん一生忘れないと思う。
あの時は、文字通り生きる世界が違う、なんかキラキラした素敵な騎士様、という認識しかなかったのに、いつの間にか世界を越えても一緒にいたいと思うほど、好きになってしまった。
エスターだけじゃなく、ラインハルトも。
初めて会った時の美少女っぷりには驚いたけど、少しずつ、その人となりを知るうちに大好きになっていった。
皮肉屋でいつも偉そうにしてるけど、本当はとても優しい、不器用な王弟殿下。
恋人にはなれないけど、ラインハルトのためなら命をかけても構わないと思えるほど、大切な存在になった。
まあ、そうは言っても死ぬつもりはないんだけど!
生きて幸せになるつもりだし! そもそも大学も入ったばかりで、まだ全然キャンパスライフを謳歌してないしね!
わたしはエスターとラインハルトに、亡霊の過去から考えついた計画を話した。
亡霊が魔女の恋人なら、これで魔女の復活を防ぐことができるかもしれない。……逆に、魔女の力を暴走させてしまう恐れもあるけど。
でも、二人ともわたしの計画に賛成してくれた。
それしか方法がないっていうのもあったかもしれないけど、ラインハルトの「そういう事なら、私だったら世界を滅ぼそうとするのは止めるだろうな」という意見が決め手となった。
魔女と見事なシンクロ思考をしたラインハルトがそう言うなら、うまくいく可能性は高い……、んじゃないだろうか。
封印された魔女は、地下牢の一番奥の部屋、そこの隠し通路からさらに地下に降りた先に眠っているという。
エスターの先導で、わたし達はホラーな雰囲気漂う牢から、さらに薄気味悪い隠し部屋へと降りていった。この地下の隠し部屋は、特に重要な政治犯などを秘密裏に収容する為などに使われていたそうだが、魔女が封印されてからは、当たり前だが誰も足を踏み入れてはいない。
窓も扉もない、牢の地下にただ穴を掘っただけのような空間だった。
「こちらです」
エスターの指し示した先に、何重にも封印で縛られた棺桶が置いてあった。
「あの棺桶が……?」
「ああ。魔女が眠っている」
ていうか、もう起きてるのでは。棺桶はガタガタと激しく揺れ、魔法の縄も切れかけているのがわかる。
「迷っている時間はないな。やれ、ユリ」
「はい!」
ラインハルトの言葉に頷き、わたしはエスターからテニスボールを受け取った。
「ユリ様……」
「大丈夫ですよ」
まごうことなき強がりだが、わたしはエスターににっこり笑ってみせた。
「心配しないで、今度はわたしがエスターを守りますから!」
「ユリ様」
エスターが驚いたように目をみはり、わたしを見た。
そうだよ、今まで二人に守ってもらった分、今度はわたしが二人を守らないと! やるんだ、わたし!
わたしは震える足を踏ん張り、天井にボールが当たらないよう、気をつけてトスを上げた。
なんか右腕が重い。男性用のラケットだからっていうんじゃなく、明らかに亡霊の力が働いている。右手もラケットも銀色に輝きだし、その光は炎となった。腕を焼く銀色の炎が肌を這い、肩まで炎に覆われる。
「ユリ様!」
大丈夫、これくらい、何でもない。できる!
「うらあああっ!」
もう痛みのせいで、絶叫って感じだけど。
わたしは気合を入れ、銀色の炎とともにテニスボールを思いっきり、魔女の眠る棺桶目がけて打ち込んだ。




