79.戻るか留まるか
「あの、お願いがあるんですが」
落ち込む二人にわたしは言った。
「わたしを、魔女が封印された場所に連れていってもらえませんか」
封印が解けそうだというなら、一刻の猶予もない。
しかし、わたしの申し出に、ラインハルトは暗い目で頭を振った。
「何故。魔女の封印は壊れかかっているのだぞ。再度封印するにも、魔法使いの数が足りぬ。不用意に足を踏み入れるべきではない」
うーん。確かにわたしの推測が間違ってたら、今以上に状況を悪化させることになってしまうだろうけど。でもこのまま何もしなくとも、魔女の封印は解けてしまう訳だし。
どうしよう、と悩んでいると、
「ユリ様、何か気にかかることでもあるのですか」
エスターが声をかけてくれた。
気にかかるというか、うーん……。
「エスター。この牢には、隣国から逃げて来た魔法使いが囚われてたって言いましたよね」
「ええ」
それがどうかしましたか?と首を傾げるエスターに、
「ということは、このラケット……、呪具も、その魔法使いによって隠された可能性があるってことですよね」
「まあ……、そうですね。なぜ隣国の魔法使いが異世界の呪具を持っていたのかは謎ですが……」
いや、謎ではない。謎ではないぞ。わたしの推測が当たっているならば!
わたしは急いで二人に、亡霊に攻撃されて昏倒していた間に見た悪夢?のような記憶について話した。
「……単なる夢というか、攻撃を受けて記憶が錯乱してたって可能性もあるんですけど、それよりもわたしが亡霊の過去を見たっていうほうが、腑に落ちるというか辻褄が合う気がするんですけど」
「……たしかに、あの亡霊が異世界から召喚された魔法騎士とすれば、話の整合性は取れますが……」
エスターが難しい表情で考え込んだ。
「ラインハルト様はどう思われますか?」
わたしに聞かれ、ラインハルトは顎に手を当てて考え込んだ。
「まあ……、確かに辻褄は合っている。この牢に囚われた魔法使いが、その異世界の魔法騎士への襲撃に関わりを持つ人物ならば、その呪具を持っていたとしても不思議ではない。形を変え、所持していた呪具を密かに牢内に隠し、脱出の機会を伺っていたのだろう。異世界へ渡る魔法陣が描かれた紙も見つかったしな」
ラインハルトが、シミだらけの汚れた紙をひらひらさせて言った。
え!? 魔法陣、見つかってたんだ!?
わたしの表情に気づき、ラインハルトが苦笑した。
「おまえが倒れた直後、壁の穴からこれが見つかった。……そうだな、今ならおまえとエスターをこの魔法陣で異世界へ送り出すことができるかもしれん。私一人の魔力でできるかどうかわからんが……」
エスターがわたしを見た。
「ユリ様、どうなさいますか?」
え……、ど、どうって……。
「異世界へ帰るか?」
ラインハルトが淡々と言った。
「……前にも言った通り、おまえの望みはすべて叶えるつもりだ。エスターと二人で異世界に戻りたいというなら、その望みを叶えよう。私の魔力をすべて使ってでも、成功させてみせる」
「それはありがたいのですが……」
わたしは少し考えた。
もちろん、元の世界には戻りたい。
過酷な受験戦争をくぐり抜け、ようやく第一志望の大学に合格したばかりなのだ。
友達や家族もいる。無理やり召喚されたこっちの世界で、一生暮らすつもりはない。
……けど、今この時点ですべてを放り出し、元の世界に戻るというのも……。
だって、このままだと一日たたずに魔女の封印が解けてしまう。その時、魔力を使い切ったラインハルトを一人こちらに置き去りにするなんて、それは鬼畜の所業では。
わたしの思考を読んだように、ラインハルトが苦笑した。
「……おまえが気に病むことは何もない」
自分に言い聞かせるようにラインハルトは言った。
「おまえは……、私が無理やり異世界から召喚したのだ。私のせいで、おまえは大変な目に遭った。魔獣に襲われ、大怪我をし、恐ろしい思いもたくさんしただろう。私は……、おまえを、辛い目に遭わせてばかりだった。少しでもその償いができるなら、何でもするつもりだ」
「ラインハルト様」
え、ちょっとそんな言い方、なんか遺言みたいで不吉すぎるんですが。
ていうか、
「あの、異世界へ戻るのは、魔女と亡霊をどうにかしてからにします!」
わたしはキッパリ言った。
うん、やっぱそのほうが、スッキリして元の世界に戻れる。
「どうにか、とは……」
エスターが困ったような表情でわたしを見た。
「えっと、今から説明します。これはわたしの推測なんですけど……」
たぶん、これで合ってると思う。
上手くいけば、亡霊の脅威と魔女の復活、二つとも防げるはずだ。上手くいけば!




