78.落ち込む二人
「……リ様、ユリ様!」
揺さぶられ、目を開ける。
すると、泣きそうに顔を歪めたエスターと目が合った。
「ユリ様! ああ、ユリ様……」
痛いほどの力で抱きしめられ、わたしはぱちぱちと瞬きした。
何があったんだろう、とわたしはぼんやりする頭で考えた。
まるで夢を見ているようだった。ちょっとヤンデレっぽい女性と恋に落ち、駆け落ちの約束をするも騙し討ちにあい、殺されてしまう悪夢。
ただ、体中を縛りつける恐ろしい呪いの力は、夢とは思えないほどリアルだった。あの呪い。銀色の炎に体中を焼かれて……。
「ユリ様」
きつく腕をつかまれ、わたしはハッと我に返った。
「ユリ様、大丈夫ですか。どこか痛むのですか?」
エスターの問いかけに、わたしは少し考え、首を横に振った。
不思議なことに、亡霊の放った『炎の槍』に貫かれたはずの右手には、何の痕跡もなく、痛みもなかった。
わたしは、テニスラケットを握ったままの右手を見た。
ラケットも右手も、ほのかに銀色に発光している。
「あの……、亡霊は?」
「……おまえが倒れた後、亡霊も消えた」
後ろから声が聞こえ、わたしは視線をめぐらせた。
ラインハルトはわたしに背を向けたまま、低く呟くように言った。
「あの亡霊は、『炎の槍』を使った後、その呪具に吸い寄せられるようにして消えてしまった。……今もそこから、亡霊の呪力を感じる」
うーん。なんとなく、あの悪夢とこれまでの経緯を考え合わせると、一つの推測が浮かび上がってくる。
あの亡霊は、間違いなくわたしと同じ、異世界から召喚された人間だ。魔法騎士とお城のメイドに呼ばれていたし、夢の中でも魔法と剣を駆使して戦っていた。と、いうことは……。
「ラインハルト様、魔女の封印は大丈夫なんでしょうか?」
わたしが意識を失う直前、ラインハルトは攻撃魔法を使っていた。あれだけ大きな魔法を使ったら、封印にも影響があるのではないかと思ったのだが、
「……壊れかけている。このままでは、一日と持たんだろう」
ラインハルトは小さな声で答えた。
やっぱりそうか。しかし、
「ラインハルト様、どうなさったんですか。なんで後ろ向いてるんですか?」
なんかずっと顔背けられてるんですけど。
ラインハルトはそっぽを向いたまま、ため息をついた。
「……私は愚か者だ」
悔しそうな声音に、わたしは驚愕した。
あのラインハルト様が! いついかなる時も自信満々のラインハルト様が、自分を卑下している! 何故に!?
「火の精霊の加護がなくとも、私の力だけでおまえを守れると思っていた。……だが、それは誤りだった。おまえは亡霊の炎に焼かれ、意識を失って倒れた。……私の傲慢が招いた失態だ」
「いいえ」
エスターが低く言った。
「殿下に非はありません。私が、……私のほうこそ、何の役にも立てませんでした。せめてユリ様の身代わりになれればと思ったのに、それすら果たせませんでした。……しかも、これで二回目です」
エスターは暗い表情で続けた。
「ユニコーンの園に着く直前、ユリ様を一人にしました。……あの場に留まるより、一人でユニコーンの園へ逃げていただくほうが安全だと、そう判断いたしましたが、それは間違っていました。結果的にユリ様は瘴気の塊に襲われ、ひどい怪我を負われました。……そして、今度も」
顔を歪め、エスターは言った。
「今度はユリ様を一人にはしないと、傍で必ずお守りすると、そう思ったのに、お守りできませんでした。……私のほうこそ、騎士と名乗るもおこがましい役立たずです」
暗く落ち込む二人を前に、わたしは困惑していた。
いや、あの……、二人とも。
ちょっと気にしすぎっていうか、ネガティブすぎやしませんか。




