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(性的に)呪われた騎士を救えと言われても、テニスラケットしか持ってません!  作者: 倉本縞


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77.見知らぬ過去


 その後も、見覚えのない景色、人々が入れ替わり立ち替わりわたしの前に現れた。まるで、編集に失敗した途切れ途切れの映像を見せられているみたいだ。


 どうやら、この身体はわたしであってわたしではなく、誰か知らないが男性のようだ。

 自分で言うのもなんだが、「わたし」はけっこう女性にモテるようで、城に戻ればメイド達にキャーキャー言われ、街に出かければお嬢さん達に取り囲まれて騒がれている。


 異世界でもリア充っているんだな……。

 この「わたし」は特に浮かれるでもなく、慣れた様子で女性達に接し、感じよく振る舞っている。あー、生まれた時からイケメンだった人の対応だわーとわたしは思った。


「あ、あの……っ、いつもありがとうございます、魔法騎士様! こ、これ良かったら使ってくださいっ!」

 城内の通路を歩いていると、メイドが小走りでやってきて、綺麗に刺繍されたハンカチを「わたし」に差し出した。


「ありがとう」

 にっこり笑いかけると、メイドがぽーっとした表情で「わたし」を見上げた。

「きれいな刺繍だね。大事に使うよ」

「あ、あ……、ありがとうございますっ!」

 勢いよく頭を下げるメイドに、軽く手を上げて歩き出す「わたし」。

 うーむ……。こう言ってはなんだが、「わたし」ってだいぶ罪作りな男なのでは……。

 誰かに刺されても知らないぞーと思っていると、


 ヒュンッと小さな炎が飛んできて、「わたし」は危うくそれをかわした。

「危ないじゃないか」

 振り返り、苦笑する「わたし」に、攻撃をしかけた女性がぷいっとそっぽを向いた。長い黒髪にスレンダーな身体つきの、かなりな美女だ。

 惑いの泉のあの女性だ、とわたしは息を飲んだ。

「……どうしたの、何か怒ってる?」

 「わたし」にやさしく問われ、女性はそっぽを向いたまま低く言った。

「……さっきメイドに渡された布を出せ」

「なんで?」

「いいから出せ!」


 ハンカチを女性に渡すと、あっという間に炎の魔法で燃やされてしまった。

「え、ちょっと……」

「いいか、これから私以外の女から何かを貰うのは禁止する! 破ればおまえも炎で燃やす!」

「えええ……」

 わたしも「わたし」もドン引きしたが、女性の目は真剣だった。


 ちょっとちょっと。この「わたし」は既にヤバい系の女性に目をつけられてるみたいだ。こういう相手は扱いが難しいぞ、さあどうするリア充、と思っていると、


「……じゃあ、君も僕のお願いを聞いてくれる?」

 「わたし」が黒髪の女性にやさしく囁きかけた。

「お願い?」

「僕とデートして」

「デッ……!」

 黒髪の女性が真っ赤になった。

「そ、それは……、あれか、異世界の風習の……。こ、こ……い、び……」

「うん、恋人同士で出かけることだよ」


 サラリと告げる「わたし」に、おお! とわたしは心の中で声を上げた。

 君たち両想いか、両想いなのか! そういう事なら何も言うことはない。おめでとう、末永くお幸せに!


 そう思っていると、またもや場面が変わった。

 今度はどこだ、と思っていると、そこはまたもや惑いの泉だった。

 「わたし」は何かを探すように周囲を見回している。すると、


「待っていても誰も来ないぞ」

 黒いローブで全身を覆い隠した男と、甲冑を着た剣士数人が現れた。


 ……イヤな予感がする。これって、まさか……。


 わたしが心配していると、予想通り、黒いローブを纏った男が「わたし」に『炎の刃』を放った。それと同時に、剣士達が一斉に襲いかかってくる。

 あー、卑怯! 相手は一人なのに、数人がかりで騙し討ちって、ちょっとやり口が卑劣すぎませんかね!


 しかし、「わたし」は強かった。攻撃魔法を瞬時にはね退け、集団で襲いかかってきた剣士達と対等に打ち合っている。

 すごいぞ、「わたし」! いけいけ、やっつけちゃえ!


 心の中で「わたし」を応援していると、

「き、貴様、剣を下ろせ! これを燃やされてもいいのか!」

 魔法使いらしき黒いローブの男が、何やら魔術陣の描かれた紙を取り出して喚いた。


「それは……」

 「わたし」が怯んで剣を下ろした。

「この魔法陣で異世界に逃げようと思ったか? 恩知らずどもめ! 分不相応な身分を与え、厚遇してやった恩を忘れ、二人で異世界に逃げようなどと! そうはさせぬぞ!」

「彼女は……、彼女は無事なのか、まさか……!」

「それはお前の知る必要のないことだ!」


 魔法使いはもう一枚、魔法陣の描かれた紙を取り出すと、それにふうっと息を吹きかけた。

『呪われろ、異世界の魔法騎士よ!』


 魔法使いの言葉とともに紙から陣が浮かび上がり、燃えながら「わたし」に縄のように巻きついた。

「やめろ!」


『愚かな異世界人よ、呪われた騎士よ! 永遠に苦しむがいい!』

 呪いが銀色の炎となり、「わたし」を焼き尽くす。

 やめろ、と悲痛な叫びが頭にこだました。


 呪われた騎士。呪われた……。

わたしは霞がかかったような頭で必死に考えた。


 わたしは知っている。呪われた騎士は一人だけじゃない。剣を振るう大きな手。緩くうねるダークブロンドの……。


《エスター!》


 わたしは叫んだ。


《エスター!》


 どんなに叫んでも、わたしの声は銀色の炎に飲み込まれ、消えてしまう。誰にも届かない。


《誰か!》


 わたしは絶望して叫んだ。


《誰か助けて!》


 だが、絶望まで呪いの炎に飲み込まれ、燃やし尽くされる。

 誰も何もいない。永遠に呪われ、燃え続けるだけ。わたしは疲れはて、目をつぶった。


 何もかもが消えていく。そして、意識まで白く塗りつぶされ、消えてしまった。


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