71.前哨戦(VS使い魔)
「……仕方ない、私が炎の輪で閉じ込める。エスター、おまえは使い魔の後ろに回れ」
「かしこまりました」
サクッと告げるラインハルトに、エスターも応じている。わたしは慌てて言った。
「ちょ、ちょっと待ってください、それじゃミーちゃんは……」
「ユリ様」
エスターが困ったようにわたしを見た。
「あの使い魔がここに居座っていては、塔の中に入れません」
「それはわかってるけど」
退治する以外、何かやりようはないのか。殺さずに退けるとか。
だがわたしがそう言うと、
「ふざけたことを言うな! あれは魔女の使い魔だぞ。手加減などしていては、こちらが殺される!」
ラインハルトに真顔で怒られた。
子どもの姿でも怖かったのに、大人の姿のラインハルトに怒られると迫力倍増だ。わたしが思わず涙目になると、
「え……な、なぜ泣く。待て、ちょっ……、おいエスター、何とかしろ!」
ラインハルトが慌てたように、エスターをわたしの前に押し出した。
「あなたという人は……」
エスターは呆れたようにラインハルトを見たが、「いいから何とかしろ!」とぐいぐい押され、わたしの前に立った。
「ユリ様」
エスターはわたしを見つめ、両手でやさしく顔を包み込むようにした。
「殿下の言いようは気になさらないでください。あの方は普段、騎士や魔法使い、もしくは世俗から離れた神官としか接する機会をお持ちではないので、女性に対する振る舞いがいささか常識を欠いたものとなっております」
「……きさま覚えてろよ……」
さりげなく非リア充であることをバラされたラインハルトが、恨みをこめた声で呟いた。
エスターはわたしに顔を近づけ、やさしく言った。
「泣かないでください。あなたが望むなら、どんなことでもいたしますから」
「エスター……」
「あの使い魔を、殺さずに退ければよいのですね?」
エスターに問われ、わたしはためらった。
魔女の使い魔を殺したくないというのは、ただのわたしの我がままだ。それでエスターの身を危険にさらすなんて、馬鹿げている。ラインハルトの言う通りだ。
「いえ、わたしのほうが間違ってたんです。ごめ……、え?」
わたしが謝りかけた時、腰のベルトから、ヒュッと何かが飛び出した。
「え」
驚いて見ると、それは例の装飾過剰な短剣だった。
短剣は、魔女の使い魔の目の前に、ドスッと音をたてて突き刺さった。使い魔はサッと飛びのき、警戒するように短剣の周りをぐるぐる回った。
いったい何が、とわたしは唖然と短剣を見つめた。
この前、短剣が自ら動いたのは瘴気の塊と対峙した時だが、今は別に使い魔に攻撃されたわけではない。
ラインハルトは短剣に意思があると言っていたが、もしそうなら、いったい何故こんな真似を、と思っていると、
「ニギャッ」
使い魔が短く鳴いた。
石畳に突き刺さった短剣が、ヴヴッと震えたのだ。使い魔は驚いたように跳ね、ふたたび短剣の周りをぐるぐると回った。
しばらくして、使い魔はそっと短剣へ前脚をのばした。
すると、またもや短剣がヒュンと飛んだ。使い魔もそれを追うように跳び上がり、短剣をつかまえようと両前脚を交差させた。
「…………」
使い魔はわたし達など眼中にない様子で、短剣に夢中になっていた。
ニギャーッと野太い鳴き声を上げながら、必死に短剣をつかまえようとしている。
短剣は右へ左へと使い魔を誘導しながら、次第に塔の前から居館のほうへと移動していった。使い魔もぴょんぴょん跳ねてその後を追う。
しばらくすると、完全に使い魔はわたし達の前から姿を消した。
居館の方角から、ニギャアアアッと楽しそうな使い魔の鳴き声が聞こえてきた。
「……あの、今なら塔に入れるんじゃないですか?」
エスターとラインハルトが、はっとしたようにわたしを見た。
「そう……、ですね。参りましょうか……」
「あの短剣、絶妙な動きだったな……」
二人とも毒気を抜かれたような表情をしている。
わたしはほっとしていた。何はともあれ、これでミーちゃんを殺さずに済んだ。
後で短剣に代償を求められても、うん……、死なない程度なら、がんばって血でも苦痛でも差し上げよう……。




