66.呪いと祝福は紙一重
念のため、修復したテニスラケットでエスターを軽く叩いてみた。薄いピンク色の靄とともに金色の火花が弾け、消えていった。呪いも問題なく祓えるようだ。
「よし、では魔女の城へ向かうぞ」
安心したようにラインハルトが言う。
わたしはラインハルトを見た。
ユニコーンは、ラインハルトを呪われていると断言していた。
こうして見ても、呪われてるのかどうかなんてわからない。まあ、そもそもエスターの呪いだってわからないんだけど。
「どうした」
わたしの視線に気づいて、ラインハルトが怪訝そうな表情になった。
「何か気になることでもあるのか」
「気になることというか」
わたしは、正直に聞いてみることにした。考えたってわからないし。
「あの、ラインハルト様って、呪われてるんですか?」
「……なに?」
ラインハルトは驚いたようにわたしを見た。エスターも「え?」と不思議そうにわたしを見ている。
「何を言っている」
「ユリ様、呪われているのは私ですが……」
「いや、それはわかってるんですけど!」
わたしは慌てて説明した。
「ユニコーンが言ってたんです。ラインハルト様は呪われてるって」
しーん、とその場に沈黙が落ちた。
「ユニコーンが、そのようなことを……?」
「馬鹿な」
ラインハルトが眉根を寄せた。
「私は火の精霊より祝福を授けられたが、呪いをかけられた覚えはないぞ」
「いや、そうなんでしょうけど……」
わたしはラインハルトを見た。
ユニコーンによれば、ラインハルト自身も望んだことだというから、ある意味それは、呪いとは言えないのかもしれない。
それならそれで、問題ないんだけど。
「ラインハルト様は、火の精霊の祝福を望んでいらっしゃるんですよね?」
「……どういう意味だ?」
「精霊の与える恩恵を、心から望んでいらっしゃるなら、何の問題もないなって思ったんです。ユニコーンが何と言おうと、ラインハルト様が望んだことなら、それは呪いじゃなくて祝福だと思って」
「…………」
ラインハルトは虚をつかれたように黙り込んだ。
え……、ど、どうなさったんですか殿下。
「……わからん」
しばらくして、弱々しくラインハルトが言った。
「え」
「自分でもわからん。精霊に与えられた力が、国の為に役立ったことは事実だ。だが……」
言い淀み、ラインハルトはため息をついた。
「だが、人と違う時の流れに身を置くことを、正直……、辛いと思う時もある。私は人間だ。人間として生きたいと、そう思うこともある。だから……、わからん」
いつも自信満々のラインハルトが、どこか頼りなげに見えた。
「……だが、今さらどうにもならん。たとえ恩恵を受けたことを後悔しようと、今さらどうにも」
「いいえ!」
わたしは慌てて言った。
「これ! この呪具! これがあれば、呪いを祓えます!」
「……いや、だからこれは呪いではなく、祝福だ」
「そんなのわかんないじゃないですか。ラインハルト様だって、わからないって仰ってたのに」
「ユリ様、ラインハルト殿下も」
エスターがわたし達二人の言い合いを止めた。
「……わかった、いいだろう」
ラインハルトが腰に手をあて、ふんぞり返って言った。
「そこまで言うなら、ユリ、その呪具で私をぶってみろ」
「え……」
「呪具でぶっても何の変化もなければ、それは呪いではなく祝福ということになる。白黒はっきりさせようではないか」
「はあ……」
まあ確かに、それが一番手っ取り早い。
「……じゃ、あの、ちょっと失礼します」
「いいだろう、打て」
偉そうにふんぞり返っているし実年齢は二十七歳だが、ラインハルトのいま現在の見かけは小学生。一瞬、児童虐待、という言葉が頭をかすめ、わたしはそっと、叩くというよりテニスラケットを置くような感じで、ポン、とラインハルトの肩を叩いた。
すると、
「っ、う……っ」
ラインハルトが呻き、崩れるように地面に膝をついた。
「え、え!? だ、大丈夫ですか、ラインハルト様!」
「殿下!」
わたしとエスターが慌ててラインハルトに近づくと、
「うぁっ」
ラインハルトの肩が大きく跳ね、その拍子に、ビリビリッと服が破れた。
「え……」
驚いてわたしは立ちすくんだ。エスターも息を飲み、動きを止めている。
はあはあ、と荒い呼吸をくり返し、ラインハルトは顔を上げた。
「……どういう……、ことだ」
どうもこうも。
わたしとエスターは、黙ってラインハルトを見つめた。
破れた服に小さすぎるマントを身にまとい、四つん這いでハアハアしてるなんて、控え目に言って変質者以外の何者でもない。……ないのだが、それを補ってあまりある、光り輝くような美青年がそこにいた。
吊り気味の赤い瞳、通った鼻筋に薄い唇、サラサラの黒髪。上気した頬に乱れた黒髪が一筋かかり、やたら色っぽい。
王様に似てるけど、それよりもっと……なんて言えばいいのか、恐ろしいほどの美貌だった。なんか国を守る騎士というより、国を破壊する魔王って言ったほうがしっくりくる感じだけど。
美少女殿下、成長すると、物凄い美青年におなり遊ばすのですね……。
いやしかし、これってつまりラインハルト様は、やっぱり呪われてたってこと……?




