64.呪われた二人
《我に何を望む?》
頭に直接響く声に、わたしは驚いてユニコーンを見た。
こ、これってユニコーンの声? なのかな?
「あの……」
わたしは、すりすりと人懐っこく顔を擦りつけてくるユニコーンに戸惑いながら、その首筋を撫でてみた。おお、スベスベしてる。
「あの、あなたのたてがみを少々いただけませんか? テニスラケット……、この呪具を直すのに、あなたのたてがみを使いたいんですけど」
わたしはテニスラケットをユニコーンに差し出した。ユニコーンはラケットに顔を近づけ、またもフンフンと匂いを嗅いだ。
《異世界の呪具だな》
「はい。あの……、この呪具にあなたのたてがみを使ってもかまいませんか?」
《異世界の乙女よ》
フフン、とどこか得意そうにユニコーンが鼻を鳴らした。
《我はそなたの世界でも力を持つゆえ、その呪具も我の力を拒めぬ。……良かろう、我のたてがみを使うがよい》
おお! ユニコーンのたてがみで修理できるってことか!
「ありがとうございます!」
やった! とわたしは喜びながら、そっとユニコーンのたてがみを手に取った。あの装飾過剰な短剣ではなく、前もって用意していた小さなナイフでたてがみを数本、切り取った。ユニコーンは他の魔獣を嫌っているから、魔物の一種である短剣を忌避されたら問題だろうと、ラインハルトに指示されたのだ。
大人しく寄り添うユニコーンのたてがみを撫で、わたしはもう一度お礼を言おうとした。
「助かりました、本当にありが……」
その時、後ろに何かの気配を感じた。
え? と思って振り返ると、
《異世界の乙女よ》
「えっ?」
わたしは驚きに目をみはった。
《乙女よ、我に何を望む?》
そこに、新たなユニコーンがいた。
「…………」
わたしは、隣のユニコーンと、新たに現れたユニコーンを交互に見やった。
新たに現れたユニコーンは、赤褐色の被毛に金色のたてがみという、大変目がチカチカする色彩をしていた。角も金色で、なんか強そう。
ユニコーンが二頭……。いや、でももう、たてがみ貰ったから用はない、とか言いづらい雰囲気……。
「あの……、あの、お気持ちだけで十分ですので」
《この娘はすでに我の恩恵を受けた》
フンッと鼻息荒く、最初のユニコーンが言った。
《お前の出る幕はない》
すると、後から現れたユニコーンが、馬鹿にしたように返した。
《お前の恩恵なぞ、何ほどのものか。我の恩恵を改めて与えよう、娘よ》
《何だと!》
最初のユニコーンが苛立ったように地面を掻いた。
《後から現れて何を言う! この娘は我のものだ!》
いや、そんな所有権を主張されても。
《我のほうがより強い恩恵を与えられるぞ、娘よ》
《一度授けた恩恵を取り消すつもりはない! お前なぞ、向こうに隠れておる子どもにでも恩恵をくれてやればよい!》
こ、子どもって、ラインハルトのこと?
やっぱりバレてるのか。エスターが襲われないといいんだけど。
後から現れたユニコーンは、不快そうにブルルッと嘶いた。
《ごめんだな。向こうに隠れておる二人は、どちらも呪い持ちではないか》
「えっ!?」
わたしは驚いてユニコーンを見た。
二人とも呪われてる? いや、そんなバカな。
「あ、あの、すみません、お聞きしてよろしいでしょうか?」
《いいだろう、何が知りたい?》
赤褐色の被毛に金のたてがみのユニコーンが、偉そうに頭を上げて言った。
「あの、二人とも呪い持ちって……、えっと、呪われているのは、男性一人だけでは? 子どものほうは、呪いじゃなくて祝福なのでは……」
ラインハルトは火の精霊の祝福を受けていると聞いている。しかし、
《あれは呪いだ》
後から現れたユニコーンが断言した。
《まこと強固な呪い、恐ろしい力よ。呪われた本人も望んだ力ゆえ、時さえも歪めておる》
わたしは振り返った。
少し離れた場所から、エスターとラインハルトがこちらを心配そうに見ているのがわかる。
……二人とも呪われてる? エスターだけでなく、ラインハルトまでが?
ラインハルトは、知っているんだろうか。自分が呪われていることを知って、それでも自ら望んで、そのままでいるんだろうか……。




