59.剣の主
短剣が、わたし目がけて振り下ろされる。
とっさに手を上げて頭を庇うと、焼けつくような痛みが右手に走った。
「い……っ!」
あまりの痛みに、わたしは息を止めた。
いた、痛い。ウソ、何これ。痛い。
恐る恐る目を開けると、右手の平に、短剣が突き刺さっていた。ウソ。
信じられない光景に、わたしは一瞬、呆然とした。
自分の手の平に短剣が刺さってる。何これ。ウソでしょ。
体が震え、痛みと恐怖で涙があふれてくる。
イヤ、イヤだ、誰か助けて。誰か。
「エスター」
わたしは無意識に彼の名を口にしていた。
「エスター!」
触手がしゅるっとわたしの喉に巻きついた。
ぐっと喉を絞められ、息が詰まる。
体が動かず、声も出ない。目を開けていられず、ひゅうひゅうと喉が鳴った。
ウソ。死ぬの? ここで死ぬの?
両親の顔が頭に浮かび、体が震えた。
どうしよう、ごめんなさい、どうしよう。
痛みの塊のような右手に、更なる激痛が走った。すると次の瞬間、喉を絞めていた触手の力が唐突に弱まった。
かはっと息を吐き、咳き込みながらわたしは目を開けた。
すると、ひゅん、と何かが目の端をかすめ、触手めがけて飛んでいくのが見えた。
それは、血まみれの短剣だった。短剣が、それ自体意思を持っているかのようにひとりでに動き、瘴気の塊を切り裂いたのだ。
わたしは呆然とそれを見上げた。
短剣の柄頭に埋め込まれた緑色の宝石が、不気味に赤く光っている。以前に見た、短剣に刻まれた銘文が、赤銅色に輝いていた。
我に血を与えし者のみ我の主となるべし――
血。わたしの血……?
ダメだ、頭が回らない。考えることができない。
短剣は素早く動き、わたしを拘束していた触手を切り落とした。ボトボトッと瘴気の塊が地面に落ちる。瘴気はその体を小さく縮め、後ずさるような動きを見せた。短剣に切り裂かれ、その勢いを失くしているように見える。
わたしは起き上がろうとしたが、くらりと眩暈がして再び地面に倒れ込んだ。
右手からはどくどくと血が流れ続けている。止血しなきゃ、と思うものの、腕が上がらない。体が重く、指先が痺れる。
右手が痛い。焼けるようだ。
目を閉じ、痛みに呻いていると、
「ユリ様!」
エスターの声が聞こえた。
「ユリ様!」
何とか目を開けると、翡翠のように美しい瞳と目が合った。
「エスター……」
助けにきてくれたんだ。
ほっとすると同時に、急激に意識が薄れていった。
視界も意識も、暗闇に飲まれていくようだ。
「おい、しっかりしろ、ユリ!」
「血が――」
二人の声が遠くなる。
わたしは目を閉じ、意識を手放した。




