56.修理用部品の調達
エスターが輝いている。
何て言うか、幸せオーラあふれるきらめきに満ちている。
そう思ったのはわたしだけではないらしく、
「あいつ、この状況でふざけるなよ……」
と、ラインハルトが力なく呟いていた。
惑いの泉に一泊した朝(と言ってもまだ日の出前だが)、エスターは誰の目にも明らかな浮かれ調子で、朝食の準備を始めていた。わたしも一応、手伝いを申し出てみたが、前回の包丁さばきで何かを察したらしいエスターに、丁重に辞退されてしまった。
「このまま魔女の城に向かうにも、ユリの呪具が壊れたままではどうにもならんと言うのに」
ブツブツ言いながら、ラインハルトが地図を広げる。それを後ろからわたしも覗き込んだ。
まだ夜明け前だが、かすかに東の空は白みはじめている。薪の火がパチパチと爆ぜ、地図を照らした。
テニスラケットは壊れてしまったけど、異世界翻訳機能は問題ないらしく、地図に記された地名もちゃんと読める。
惑いの泉のさらに先、森の最北端に魔女の城がある。
そこへ至る道筋を確認し、わたしは少し驚いた。
「え、この森ってユニコーンがいるんですか?」
”ユニコーンの園”と記された場所が、惑いの泉の右上、魔女の城へと向かう道筋より少し東に逸れた箇所にあったのだ。
「ああ、そうだが。……異世界にもユニコーンがいるのか? ユニコーンには魔力があるぞ。異世界に、魔力は存在しないのではないのか?」
ラインハルトに聞かれ、わたしは少し考えた。
想像上の生物ではあるけれど、その概念自体は広く知られている。マスコットキャラとしても人気だし。
「存在するかどうかって言われると微妙なんですけど、わたしの世界では想像上の生物として広く知られてました。伝説上の存在というか」
「ふむ……」
ラインハルトは顎に手をあて、考え込んだ。
「ユリ、おまえの呪具を貸せ」
考え込んでいたラインハルトが顔を上げ、手を差し出した。言われるがまま、ラインハルトにテニスラケットを手渡すと、
「……おまえ、人を疑うということを知らんのか。己の大事な呪具を、そう簡単に他人に渡すんじゃない」
そんな事言われても、貸せと言ったのはそっちじゃないですか。
わたしは肩をすくめた。
「なんか呪具って言われても、いまだに実感がないっていうか……、それにラインハルト様だったら大丈夫でしょ?」
わたしの言葉にラインハルトは一瞬固まり、それからはあ、とため息をついた。
「どいつもこいつも。……ふん、この部分は特にひどいな」
ラインハルトはラケットに目を近づけ、穴が開いた部分をしげしげと眺めた。
「ふむ……」
焦げつき、穴の開いたガットをラインハルトは真剣な表情で見つめ、そっとそこに手を這わせた。
「……ユニコーンのたてがみを使えば、修復できるかもしれん」
しばらくして、ラインハルトは呟くように言った。
「え、直せるんですか? 異世界の呪具は直せないんじゃ?」
「ユニコーンが異世界にもこちらの世界にも存在するなら、そのたてがみが呪具の力に弾かれることはないだろう。ならば、直せる」
「いや、わたしの世界に存在するって言われると、ちょっとそれは……。わたしの世界では、ユニコーンは想像上の生物なので」
「……ユニコーンという共通認識がある、ということが重要なのだ。神や精霊が力を持つのは、その存在を知る者がいてこそだ。おまえの世界でも、ユニコーンという存在は認知されている。つまりおまえの世界でも、ユニコーンは力を持っているのだ」
へー。なんかよくわからないけど、テニスラケットが直るならそれでいい。
「ユリ様の呪具を、修復できるのですか?」
朝食を作り終えたエスターが、わたしとラインハルトにスープを手渡しながら言った。目が合うと、めっちゃイイ笑顔でキラキラを振りまかれる。
ちょっと、まぶしすぎるんですけど。なんかわたしのほうが恥ずかしい! あんまりキラキラしないでエスター!
ラインハルトが仏頂面で答えた。
「ユニコーンのたてがみを、手に入れることができればな。修復できる可能性は高い」
「ならば、ユニコーンの園へ向かいましょう」
エスターが迷いなく言った。
「え、でも」
それだと大分遠回りになってしまう。わたしは助かるけどいいのかな、とラインハルトを見やると、
「……そうするしかないな」
ラインハルトが頷いて言った。
「あの、いいんですか? それだと魔女の城へは遠回りになっちゃいますけど」
「……魔女の城へ行くなら、呪いと瘴気を祓えたほうがいい。予定変更だ。ユニコーンの園へ向かうぞ」
おお。渋々言ってる感はあるけど、これはあれだよね、わたしの力を必要としているってことだよね!
「ありがとうございます頑張ります!」
わたしが勢いよく言うと、
「ええ、力を合わせて頑張りましょう」
「……まあ、仕方ないな……」
エスターとラインハルトも応えてくれた。
温度差を感じる反応だけど、素直に嬉しい。ありがとう、エスター、ラインハルト!




