55.テニスラケットも心もボロボロです
「次から次へと災禍を招き寄せる体質のようだな。……エスターだけでなく、おまえも呪われているのではないか?」
ラインハルトの失礼な言い草に、反論する気力もない。
わたしはテニスラケットを抱え、その場に座り込んだ。
目の前の泉は枯れはて、周囲の木々も焼け焦げたり無残に倒されたりと、惨憺たるありさまだ。そして日は沈みかけ、もうすぐ夜になろうという時刻。
それなのに、テニスラケットが壊れてしまった。わたしは今現在、魔法が使えない。魔法が使えないのみならず、瘴気も呪いも祓えない……、詰んだ。
「なんかこう……、修理っていうか、壊れた品を元通りにする魔法とかってないんでしょうか?」
「ないこともないが……」
ラインハルトはため息をついた。
「おまえの呪具は、異世界のものだ。特にその壊れた部分には、お前の魔力と異世界の力を強く感じる。私の魔法は弾かれてしまうだろう。恐らくどんな魔法使いであっても無理だ」
詰んだ! 終わった!
わたしは地面に突っ伏した。
ああ、どうしよう……。二人のお荷物にはならない、とか言ったとたんにこのザマだよ。あああ、ああああ……。
「……とりあえず、野営の準備をいたしましょう。ユリ様もお疲れでしょう、お体を休めてください」
エスター……、すみません、すべてわたしが悪うございました。逆に辛いから、そんなに優しくしないでください……。
「あの、せめて見張りはわたしが」
「魔獣が現れても、魔法を使えぬおまえでは何もできまい。……どのみち今夜は私の番だ。とっとと寝ろ」
……ラインハルト様、かしこまりました。余計な申し出でございました、誠に申し訳ございません……。
わたしは、もうさっさと寝よう、と簡易結界を作ろうとして気がついた。
そうだった、魔法が使えない、ということは簡易結界も作れないんだ。シャワーどうしよう……。
「ユリ様」
エスターがそっとわたしに近づき、言った。
「よろしければ簡易結界を作りますので、どうぞお使いください」
「エスター……」
もう泣きそう。つらい。わたしはお荷物。完全なるお荷物!
エスターがベルトを探り、以前見た金属製の杖を取り出した。
「その杖……」
「普段は魔法陣の描かれた紙を使用するのですが、今回は杖を持ってくることにしました」
そのほうが荷物も減りますし、とエスターは控え目に笑って言った。
エスターは地面にきちんと円を描くと、上下左右に印をつけ、さっと杖を一振りした。
「わあ」
円の中央に双葉が芽吹いたかと思うと、あっと言う間に成長して太い幹を持つ樹木になった。
エスターの簡易結界は、大きな樹木だった。扉までついてる。
「どうぞ」
扉を開け、エスターが言った。
「中に入る時は、作成者が扉を開ける必要がありますが、後は同じです。呪具の問題が解決するまで、私が簡易結界を作ります」
「ありがとう、エスター……」
激しく自分が情けない。呪いに操られた時の行動で辛くあたってしまったけど、その事で一番苦しんでいるのはエスターなのに。わかっていたのに、ひどい態度をとってしまった。
「ごめんなさい」
小さく謝ると、ふふっと笑う気配がした。
「素直な方だ」
見上げると、蕩けるように甘い眼差しでエスターがわたしを見ていた。
うっ、と言葉に詰まり硬直するわたしに、エスターがささやいた。
「……もう、怒ってはいらっしゃらない?」
黙って何度も頷くと、ぎゅっと手を握られた。
「では、あの言葉を撤回してください」
真剣なエスターの様子に、わたしは首を傾げた。あの言葉って?
「私を、嫌いだと」
そんなこと言っ……たね、たしかに! でもあれは、その場の勢いと言うか何と言うか、とにかく本心では……。
「ユリ様」
エスターが促すようにわたしの名を呼んだ。なんか圧を感じる。
いやでも、改めて「嫌いなんてウソです、本当は好き好き大好きー」なんて言うの、すっごく恥ずかしいんですけど! ひどい態度をとってしまったことは謝るけど、でも!
ちらっとエスターを見ると、期待した表情で待っている……、うう、もう!
わたしは、扉をつかんでいるエスターの手を引っ張り、背伸びをした。
驚いたように目を見開くエスターの頬に、わたしは軽く、ちゅっとキスした。
「え」
慌てたようなエスターの表情が目の端をかすめたが、確認する余裕などない。
わたしは急いで結界の中に入り、扉を閉めた。
……ちょっと。勢いでやっちゃったけど、ちょっと、なに、わたし。
もう、バカじゃないの恥ずかしぃいいい!




