54.魔獣の消滅
ラインハルトが言うには、異世界の二つの呪具が、泉の崩壊を招いたのだそうだ。
ラケットでボールをポンポンって軽く弾ませただけだったんだけど……、呪具って呼ばれているだけあって、効果ありすぎ。
この泉は時を歪められ、瘴気が溜まってしまった。その瘴気を祓い、泉からあふれる魔獣を止めるためには、私の呪具と対をなすもう一つの呪具を使えばいい、ということなのだが。
「おまえ、どこに呪具を落としたのだ!?」
「あの時、ユリ様はこの辺りにお立ちでしたので……」
そう、肝心のテニスボールが見つからない! いやだって、いきなり魔獣があふれてきて焦っちゃったし……、あああ、どこに落としたんだ、わたし!
周囲を確認すると、『盾』はまだ維持できていた。が、あと二、三分というところだろう。
わたしは四つん這いになってボールを探した。焦りで心臓がバクバク言ってる。ここで見つけられなかったら朝まで戦闘コースに突入だ、と思うと草をかき分ける手が震えた。
と、くいっと腰を後ろに引かれたような感覚があった。見ると、腰に差した短剣が、不自然に草に引っかかっている。なんかさっきもこんな事があったな、と思いつつ、もしかしたらと短剣の先を手で探った、……ら!
「あったぁあああ!」
あった! あったよ、テニスボール! なんでこっちに転がってたんだ。それに、なんか短剣が……いやいい、考えるのは後だ、後!
「よし、ユリ、その呪具を使え!」
ラインハルトがほっとしたように言う。
使う、……使うって、つまりラケットでボールを打つってことだよね、それでいいんだよね?
「ええっと、これ、打っていいんですよね?」
「打つ? とにかく、その呪具を使って泉に向けて魔法を放て!」
急げ! と切羽詰まったラインハルトの声で、わたしは腹を決めた。
これが正解かどうかわからないけど、とにかくやってみるしかない!
わたしは立ち上がると、ラケットのグリップを握り直した。えーと、サークルの先輩から教わったサーブの打ち方は……。
上半身から力を抜いて、腰を落とし、膝をやわらかく。ボールに回転をかけないよう、真っすぐ、高くトスを上げる。素早くラケットを持った手を後ろに引き、大きくテイクバックを取ったら、思いっきり!
「ぅらああああああ!!」
つい癖で絶叫してしまった……けど、渾身の力を込めて打ったボールは、炎の盾や魔獣の上を飛び越え、狙い違わず泉に向けて吸い込まれるように消えていった。
「えっ……」
ラインハルトの驚いたような声が聞こえ、後ろを振り返った。ラインハルトもエスターも、唖然とした表情でわたしを見ている。
え、まさか間違い? やり方違ってた? と不安になった瞬間、
ドオオッ! と地響きを伴う音をたて、泉から水が柱のように吹き上がった。
凄まじい水流が、空を突き抜ける勢いで吹き上がったが、途中で煙のように消えてゆく。
それと同時に、『盾』の向こうで激しく暴れていた巨大な蛇も、急に力を失ってしおしおと地にとぐろを巻いた。次第にその体が小さく縮み、端からボロボロと崩れていく。
こ……、これ、成功? 泉からの魔獣の発生は止まったし、さっきまで暴れていた魔獣もすべて、土塊のように崩れて消えかかってる。
ラインハルトもエスターも、まだ呆然としているけど、そこに緊張感は感じられない。
た、たぶん、助かった……、んだよね? そうだと言ってくれ。今から第二ラウンド開始とか言われたら、冗談ではなく死ぬ。
その時、手にしたテニスラケットから、ピシッ、と小さな音が聞こえた。
ん? と手元に目を落とすと、
「あー!」
大声を上げたわたしに、ラインハルトとエスターの二人がびくっとした。
「今度はなんだ!」
ラインハルトが怒鳴ったが、わたしは動揺のあまり口をぱくぱくさせるだけで、答えることができない。
「ユリ様、どうなさったのです、何か問題が?」
エスターがわたしに近づき、わたしの手元に目を落とした。
「あ」
エスターが思わず、といったように声を上げた。
「ど……、どうしよう、これ……」
わたしは、ラインハルトにも見えるよう、テニスラケットを掲げて見せた。
ラケット中央部のガットが、まるで焼け焦げたように黒く変色し、切れてしまっている。
「…………」
ラインハルトが、呆然とした様子で壊れたラケットを見た。
どうしよう。
魔獣は消えたけど、ラケットが壊れちゃったよ!




