52.異世界の呪具
「ふうん。なかなか面白い。異世界の呪具だな」
ラインハルトがテニスボールを手にとり、興味深そうに矯めつすがめつしながら言う。いえ、それ呪具じゃなくてテニスボール。わたしの世界で人気の、スポーツブランド製品です。
「ユリ様の呪具と対となる物なのですか?」
エスターの言葉に、わたしは少し考えた。
「対……、うーん、まあそう言っていいのかな。たしかにボールがないとテニスできないし……」
こちらの世界でもテニスボールを目にするとは思わなかった。
わたしが読んだ文献でも、異世界召喚された人がライターや懐中電灯などを持ち込んだケースはあったけど、テニス用品については書かれてなかった。いや、わたしが知らないだけかもしれないけど。
「この呪具からは、こちらの世界にはない魔力を感じる。しかし、まったく汚れや傷みが見られんのが不自然だ。この泉には、少なくとも一年は誰も訪れてはいないはずだが」
「一年?」
わたしは首をひねった。
テニスボールって、未開封でも少しずつ空気が抜けちゃうのに、これは全然劣化してない。まるで魔法でもかけられてるみたいだ。
「あの、このテニスボールに魔法がかけられてるっていう可能性はないんですか?」
私の質問に、ラインハルトが首を振った。
「いや、この呪具には魔法をかけられた形跡がない。考えられるのは……」
ラインハルトは言葉を切り、少し嫌そうに続けた。
「考えられるのは、この場所自体に魔法がかけられている、という可能性だな」
「……状態維持の魔法でしょうか。しかし、これほど大がかりな魔法となると、成功させられる魔法使いも限られるのでは」
「そうだな。……恐らく、私でも無理だ」
悔しそうに言うラインハルトに、エスターもわたしもエッと驚いた。ラインハルトって国の筆頭魔法騎士、つまり国一番の魔法の使い手ってことだよね。それでも無理だなんて。
「殿下でも難しいと? それでは……」
「ああ、他国の魔法使いによるものだ。恐らくは隣国の」
エスターの表情が厳しくなった。
「では、この呪具も……?」
「そうだな。隣国が異世界召喚した人間の持ち物と考えるのが妥当だろう」
「隣国での異世界召喚は、百年前が最後です。その時ということになりますか」
「百年?」
わたしは首をひねった。
「でもこのボール、どう見てもここ最近の品ですよ」
なんなら、こちらの世界に召喚される直前に使用していた、サークルのテニスボールと同じなんですけど。
「異世界召喚では、呼び出す者の時代はバラバラだ。百年前であっても、おまえと同時代の人間を召喚することもある」
な、なるほど。
じゃ、このテニスボールは、わたしと同じ世界、同じ時代の誰かの物なんだ。
いったいどんな人だったんだろう。わたしと同じように、テニスサークルに所属してたりしたのかな。
ポン、とわたしは何気なくラケットにボールを載せた。ポンポン、とボールを弾ませた、その瞬間だった。
「うあっ!」
「ユリ様!」
「何!?」
グラグラッと足元が揺れた。一瞬、地震!? と思ったけど、そうじゃない。空間自体が揺れている。不自然なほど美しい青空に亀裂が入り、音を立てて広がっていく。
激しい揺れにバランスを崩しかけたが、エスターに腕を引かれ、抱きしめられた。
「エ、エスター」
「ユリ様、動かないで下さい! ラインハルト様、これは」
「わからん、しかし、これは……」
泉が大きく波立ち、ブクブクと気味の悪い泡が立ち上ってきた。
「この泉自体が壊れかかっているのかもしれん。……気をつけろ、魔獣の気配がする!」
ラインハルトの言葉と同時に、泉からどっと魔獣があふれ出てきた。
ぬめぬめとした黒い鱗の巨大な蛇が、口から瘴気を吐き出しながらこちらに襲いかかってくる。しかもその数、一匹、二匹じゃない。なんか次から次へと湧いて出てくるんですけど!
また蛇か! しかも大きくなってキモさもレベルアップしてる!
「ラインハルト様、とてもこの数は倒しきれません! 今すぐここを脱出しないと!」
「無理だ、朝日が昇る時刻でないと、ここからは出られぬ!」
ラインハルトの言葉に、わたしは一瞬、呆然とした。
朝。朝までこの増え続ける魔獣と戦い続けなきゃならないのか!
ウソでしょ、どう考えても無理無理無理ーー!!




