49.痴話ゲンカ
「申し訳、ありません……」
エスターは悄然とうなだれ、わたしの前にひざまずいた。
「……いえ、あれは呪いのせいなんで。エスターのせいじゃありませんから」
若干尖ったわたしの声音に、エスターが悲しそうな眼を向けた。
あー、そういうのズルい! なんかこっちの罪悪感を煽るような、そういう目で見るの、卑怯じゃないですか!?
わたしはぷいっと横を向いた。
「ユリ様……」
「だからアレはエスターのせいじゃないし、謝罪も必要ありませんから!」
わたしは言い捨て、エスターの側から離れた。
首を噛まれたところに、傷薬をつけようと荷物を探っていると、遠慮がちにエスターが声をかけてきた。
「あの、ユリ様……」
「しばらく話しかけないでください!」
わたしの言葉に、エスターがピシッと固まった。ちらっと見ると、青ざめ、わかりやすくショックを受けている。
いや……、そんなショックを受けられると、ちょっとなんか……。でも、さっき胸を……、いや呪いのせいだけど、でも……。
わたしはぐるぐる考えながら、傷薬を手にとった。そこら辺の石の上に腰かけ、薬を塗りはじめる。
「……おい、そこじゃない。もう少し下だ、下」
見かねたようにラインハルトがわたしに声をかけた。ラインハルトの後ろで、エスターがウロウロしている。と、エスターは荷物から何か取り出し、ラインハルトに手渡した。
「……ほら」
ラインハルトが差し出したのは、小さな鏡だった。首筋が映り、薬が塗りやすい。
「……ありがとう」
小さな声でお礼を言うと、エスターの顔がぱっと輝いた。そんな簡単に喜ばれると、なんかなんか……、怒っているのがバカみたいじゃないですか。
エスターはラインハルトの後ろで、わたしの様子を心配そうに見守っている。
わたしはそっぽを向いたまま、あくまでラインハルトに話しかけるという体で話し始めた。
「……昨日も言いましたけど、わたしも魔女の城に一緒に行きますから」
「それは」
エスターは言いかけ、困ったように口を閉じた。しばらく迷ってから、エスターはラインハルトに言った。
「ラインハルト様、私は反対です。危険すぎます」
「……魔女の城へ行くのは、危険すぎるそうだ、ユリ」
疲れたようにラインハルトが言う。
「このまま円に向かうのだって、同じくらい危険です。ちゃんと『盾』も使えたし、次はもっとうまく二人を補佐できます」
「しかし……」
言いかけて、再びエスターはラインハルトに言い直した。
「なぜユリ様が魔女の城へ同行されたいと望まれるのか、理由がわかりません」
「……どうして魔女の城へ行きたいのだ」
ラインハルトが投げやりにわたしに言う。
わたしは二人を睨んだ。
「あ、そう。わからないんですか。わたし、魔女のせいで無理やり押し倒されて、キスされて、む……胸触られたんですけど! すごく怒ってるんですけど! あーそうですか、わからないんですね、そんなのどってことないですもんね!」
「そのようなことは」
エスターは真っ赤になってうつむいた。
「大変……、申し訳ないことをしたと、心から悔いております。呪いに操られていたとはいえ、よりにもよってユリ様に、あのような無体を……」
唇を噛みしめるエスターに、わたしは言った。
「……呪いに操られてた時のこと、覚えてるんですか?」
「はっきりとは……。ただ、おぼろげな記憶の断片が残っております。……柔らかくて、とても良い匂いが「だぁああああああ!」
わたしは絶叫した。
なに言ってるんだ、もう、恥ずかしすぎる! 死ぬ!
「バカ! エスターのバカ! なに言ってるんですかもう! もう……、き、嫌い!」
「えっ……」
がーん、と背景に擬音が浮かびそうな表情で、エスターが固まった。
「……お前ら、いい加減にしろ……」
ラインハルトが怨念のこもった声で低く言った。
「夕方までに泉に到着せねばならん。痴話ゲンカはその後にしろ、いいな!」




