47.呪いの発動
『炎の刃!』
ラインハルトの声が響き、ひゅんと目の前を小さな炎が飛んでいった。
横目で確認すると、ラインハルトが対峙している魔獣は二頭、エスターの前には七頭いた。その内、四頭はわたしの魔法で足止めしているけど、二人とも複数の魔獣と同時に戦わなくてはならない状況だ。大丈夫なんだろうか。
エスターは脇から襲いかかってきた魔獣を危なげなくかわすと、正面の魔獣に突っ込んでいった。魔獣が咆哮を上げ、エスター目がけて丸太みたいに太い腕を振り下ろす。鋭い爪をエスターが剣で弾くと、ガキッ!と鈍い音が響いた。
攻撃を跳ね返された魔獣がたたらを踏む。その隙を逃さず、エスターが魔獣に剣を振り下ろした。エスターの剣を受け、魔獣がどうと倒れる。
あの大きさの魔獣を一撃で沈めるなんて、すごい力だ。
エスターの怪力に驚いていると、
『炎の槍!』
後ろでラインハルトが更なる魔法を繰り出していた。
『炎の刃』は、小さな炎の群れが獲物を切り裂く魔法だが、『炎の槍』はその名の通り、炎が槍のように一直線に獲物へと向かい、その体を貫く魔法だ。『刃』や『龍』と違い、高い殺傷力がある。
炎に胸を貫かれた魔獣が、恐ろしい声を上げて暴れ回る。あの魔法を受けても即死しないなんて、すごい生命力だ。
すると、ラインハルトと対峙していたもう一頭の魔獣が、ラインハルトの側をすり抜け、わたし目がけて突進してきた。
わたしはテニスラケットを持ったまま、呆然と突っ立っていた。
わたしは円に入っている。この円は防御機能のある陣だから、下手に動かないほうがいい。というか、動けない。恐怖で体が固まっている。
「ユリ様!」
エスターが、戦っていた魔獣を剣で吹っ飛ばすと、わたしへ走り寄った。
「おのれ!」
エスターは大きく剣を振りかぶり、後ろから魔獣に斬りかかった。エスターの一撃で、魔獣が膝をつく。そのまま魔獣はわたしに倒れかかってきた。下敷きになると思った瞬間、円がブワッと風を巻き起こした。風を受けて、魔獣が横倒しに地面に崩れ落ちる。
「ユリ様、ご無事ですか!?」
エスターの問いかけに、わたしは震えながら頷いた。あまりの展開に声が出ない。こんな巨大な魔獣に襲いかかられたことなんてなかったから、恐怖で体が動かない。
エスターは何か言いかけたけど、前方の魔獣が再び襲いかかってきた。エスターは剣で魔獣を横なぎに払うと、よろけたところを鋭く突いた。
わたしはがくがくする膝を叱咤して、足を踏ん張った。
これくらい、平気。なんでもない。頑張れ、あと少しだけ!
『風の盾!』
エスターの前にもう一つ、盾を増やした。これで一対一だ、戦いやすくなるだろう。
思った通り、複数の魔獣を相手にしていた時より、エスターの動きが格段に良くなった。対峙していた一頭を倒すと、『盾』に阻まれていた魔獣も次々と斬り伏せていく。
……よ、よし、後は、ラインハルトが相手をしている魔獣だけだ、と思ったその時だった。
「う……」
ふいにエスターがよろめき、膝をついた。
「エスター!」
わたしは慌ててエスターに駆け寄った。
「どうしたんですか、どこか怪我!? 大丈夫!?」
見ていた限りでは、怪我を負った様子はなかったんだけど、見過ごしたんだろうか。どうしよう。
「エスター」
膝をついたエスターの肩に手をかけると、ぐいっとその手を引っ張られた。
「え?」
くるりと視界が反転する。
仰向けの状態で地面に体を押さえ込まれ、わたしは驚いてエスターを見上げた。
「エスター? どうしたの、大丈夫?」
エスターは無言でわたしの両肩を押さえつけた。息が荒い。
なんだろう、エスターの様子が変だ。
と思ったら、
「んっ!?」
エスターの顔が近づき、唐突にキスされた。
なに!? なになになんで!? 突然なんなの!?
わたしがパニックになっていると、
「呪いの発動だ!」
ラインハルトが叫んだ。
「エスターの呪いを祓え、ユリ!」




