5.憧れの魔法使い
「申し訳ございません……」
もう何度目になるのか、エスターがわたしに深々と頭を下げている。
「いや、その、頭を上げてください。あれは何というか……、とにかくエスターの責任ではありませんので」
「そうだ、あれはエスターが悪いのではない。おまえのせいだ」
ラインハルトがふてくされたように言う。
「なんでわたしのせいなんですか!」
「おまえが余計なことを言って、魔女の使い魔を怒らせたからだ!」
睨みあうわたしとラインハルトの間に、エスターが割って入った。
「……お二人とも、落ち着いてください。ルーファス殿、説明を」
エスターに指名され、一人の魔法使いが前に進みでた。わたしとほぼ同じくらいの身長をしている。フードを外すと、白髪交じりの緑色の髪に茶色の瞳をした、穏やかそうな壮年の男性の顔が現れた。緑色の髪……、染めているわけでもなさそうだし、地毛が緑色なのか……、異世界だ。
謎の巨大黒トラ(もしくは猫)が現れたことで、あの光の円は強制的に閉じられてしまった。
あのままにしておけば、実体化した黒トラ(もしくは猫)に危害を加えられかねないからだという。
あの黒い巨大生物は、眠りについた魔女の使い魔なのだ、と改めてルーファスが説明してくれた。
「魔女が眠りについたことで、使い魔はある程度、自由を得ます。恐らく、こちらで使用した異世界へ干渉する魔法の力に気づき、それでこちらに現れたのでしょう。その……、異世界に干渉する魔法は禁術ですので、魔女が使用する黒魔法と波動がたいへん近いのです。王城の円は、前回と今回、二度も異世界に干渉する魔法を使用したため、その波動は大変大きなものとなっております。そのため、使い魔がその波動に惹かれて現れたのではないかと」
ほうほう。
「……それで、その使い魔はいつ頃、魔女の元に帰ってくれるんでしょうか」
「それが……」
ルーファスが、言いづらそうに口ごもった。
「そのう、使い魔は、いま現在、大変怒っておりますので、しばらくはあの円から離れてくれそうにありません。また、一度あの円にマーキングされてしまいますと、離れていても、円を起動させれば気づかれて、また出現される恐れが非常に高く……」
つまり?
「その……、あの円を使っての帰還は、おそらく無理なのではないかと……」
言いづらそうに告げるルーファスに、わたしはショックを受けて固まった。
「えっ……、え、帰還が無理って……、え、まさか帰れない……?」
「いいえ!」
エスターが慌てて言った。
「必ずユリ様を、元の世界にお帰しいたします! 王城の円が使えずとも、他の場所に設けられた円を使用すればいいのです!」
しかし、魔法使い達が難色を示した。
「他の場所といっても、王城以外の円は……」
「無理だな」
ラインハルトがバッサリ言い切った。
「王城以外で、異世界転移に耐えられる円があるのは、ハティスの森と魔女に奪われた城だけだ。どちらにしろ無理だ」
「……いいえ、ハティスの森の円ならば可能です」
エスターの言葉に、ラインハルトがハッと力なく笑った。
「どうやって円にたどり着くつもりだ。ハティスの森は、結界の外にあるのだぞ。魔獣の跋扈する森を、呪われた身でどうやって」
「魔女が眠りについてから、魔獣の発生頻度も減っております。私は医術の心得もありますし、よほどの大怪我を負わねばなんとかたどり着けるでしょう」
ラインハルトが苛々したようにエスターを睨んだ。
「ご立派なことだな。異世界の人間のために命をかけて、こちらの世界はどうなっても良いというのか」
「そのようなつもりは」
言い争う二人に、ルーファスが声をかけた。
「ラインハルト殿下、エスター殿も。……エスター殿、ハティスの森に行かれるおつもりなら、呪いを解く魔法使いが必要でしょう」
ルーファスの言葉に、エスターもラインハルトもわたしを見た。え、なになに何ですか、わたしのことですかそれは。
「……そうだな、どうせハティスの円から異世界に帰すのだから、一緒に行けば手間もはぶけよう」
たどり着けるものならな、とラインハルトが皮肉っぽく言ったが、エスターは顔をしかめて反論した。
「しかし、ユリ様はこちらの世界にいらしたばかりです。呪いを解くほかの魔法は、お使いになれぬご様子。今のままハティスの森へお連れするのは、あまりに危険です」
「では、ユリ様には、魔法の訓練をしていただいては? こちらの魔法をある程度、使いこなせるようになれば問題ないでしょう」
ルーファスの提案に、わたしは驚いて声を上げそうになった。
魔法の! 訓練!
え、それってあれですか、魔法の杖をふればあ~ら不思議、ボロをまとったシンデレラが素敵なお姫様に! とかいう、アレができるようになるってことですか!?
そ、それは……、ぜひ、やってみたい!
「……まあ、魔力量は多いようだし、やってみればいいのではないか?」
ラインハルトは投げやりに同意したが、エスターは不服そうに顔をしかめた。
「無責任なことを……。危険すぎます」
まあまあ、とルーファスがエスターをなだめた。
「とりあえず、ユリ様は一時王城預かりとし、魔法の訓練をしていただいてみては? ハティスの森へ同行されるか否かは、その結果をご覧になってからでもよろしいのでは」
いかがですか? と問いかけられ、わたしは一も二もなく頷いた。
魔法の訓練! やってみたい! ファンタジー!
乗り気なわたしに、エスターは戸惑った様子で言った。
「……よろしいのですか? ユリ様には、ご迷惑をおかけしてしまいますが……」
「いえ、まったく! 迷惑じゃないです!」
ていうかむしろ、お願いしたいくらいだ。子どもの頃の憧れの魔法使いに、なれるかもしれないなんて。
なんか危険な森に同行させられるかもしれない、という不安もあるが、まあ、それはいったん横に置いとこう、とわたしは思った。
どういう扱いになるにせよ、できることは多いほうがいい。教えてもらえるなら、ありがたく教えてもらおう。
ていうか魔法! 魔法が使えるようになるかもしれない!
どんな魔法を教えてもらえるんだろう。空を飛べたりするんだろうか。
エスターの呪いを祓った時のアレは、キレイだったけどあんまり魔法―! という感じではなかった。どうせなら、もうちょっと何ていうかオーソドックスな、これぞ魔法!って感じの魔法が使いたいなあ。
浮かれるわたしを、ラインハルトが生温い目で見ていたが、まったく気にならない。
魔法―! 楽しみー!




