45.恋をしている
朝だ。
といってもハティスの森は陽の光が木々にさえぎられ、朝であっても薄暗い。
既に二人が起き出している気配がする。わたしは慌てて身支度を整え、テントから這い出た。
「おはよう。……どうした、今日も寝不足か」
ラインハルトの言葉に、わたしは顔を引き攣らせた。……つまり、今日もひどい寝起き顔だと言いたいんですね。
「おはようございますそうです寝不足です!」
わたしは若干キレ気味に答えた。
ウソではない。実際、昨夜はほとんど眠れなかった。
あの後、わたしは逃げるようにテントに戻り、眠ろうとした、けど……、一睡もできなかった。目を閉じてもエスターの言った言葉を思い返したり、口づけの感触を思い出してドキドキしたりしていた。眠れるわけがない!
「おはようございます」
背後から掛けられた爽やかな声に、わたしはビクッと肩を揺らした。
「お、おはようございます、エスター……」
わたしは小さく挨拶を返し、ささっとテントに戻ろうとした。が、素早くエスターが回り込んできた。その獲物を捕まえるみたいな動き、やめてください。
「ユリ様、どうかなさいましたか?」
「……何もないです元気です」
ただ顔がブスなだけですお願い見ないで!
わたしの祈りは届かず、簡単にエスターに捕まってしまった。がっちりと腰をつかまれ、顔を覗き込まれる。あああ、ほんと無理、ダメ、昨日に続き寝不足の腫れ目を見られるとか、死ぬ。
「ユリ様?」
「いやほんと、何でもないんです……、ただ寝不足で、今日もひどい顔なんで……」
「そんなことは」
「あるんです!」
わたしはエスターを睨んだ。
「エ、エスターはいつも、その……、ううつくしいとかそういう……そういうセリフを口にするけど! それはアレです、何て言うか……、とにかく言っちゃダメです言わないでください!」
「……ユリ様を、美しいと言ってはいけないのですか?」
エスターが不思議そうに言う。
「何故?」
何故もなにも!
「恥ずかしいからです!」
それに事実に反する! ラインハルトだって、堂々と「ひどい顔」って昨日言ってたしね!
「……ユリ様がお嫌なら、もう言いません。心で思うだけにします」
残念ですが、とエスターが言った。いや、思うだけって……、でも、ちょっとホッとしてわたしは顔を上げた。
すると、
「お慕いしております、ユリ様」
キラキラ輝く笑顔とともに、エスターが言い放った。
唖然とするわたしに、さらに追い打ちをかけるように言いつのる。
「昨日から、片時も離れずお側にいられて幸せです。できれば夜も、ずっとあなたを抱きしめて過ごしたいと「ぅあああああ!」
わたしは大声を上げてエスターの言葉をさえぎった。
朝から何言ってるんですかこの騎士様は! 呪いが発動したんですか!?
「……お前ら、いい加減にしろ」
ラインハルトの地を這うような声が聞こえ、わたしは我に返ってエスターの腕を振りほどいた。
「さっさと朝食を済ませて出発するぞ」
「ハイ、スミマセン……」
わたしは赤面してラインハルトに謝った。
第三者に見られていることを、すっかり忘れていた。
お、お慕いしてますとか! 人前で!
エスターはなんであんなに堂々と、聞いてるこっちが叫び出したくなるような甘いセリフを言えるんだろう。しかも、キラキラの素敵な笑顔つきで。
わたしはそっとエスターの様子を伺った。
エスターはラインハルトに声をかけ、昨夜の残った料理を温め直し、簡単な朝食の準備を始めている。
なんか……、なんだろう、エスターが輝いて見える。
ゆるく波打つダークブロンドとか、わたしを見る時の嬉しそうな表情とか、節くれだった大きな手とか。
前からイケメンだとは思ってたけど、目が合うと胸が苦しいし、笑いかけられると嬉しくて恥ずかしくてドキドキする。
「おい、ユリ、何を惚けている」
ラインハルトの声に、わたしははっとした。
……エスターと一緒に元の世界に戻れるかどうか、まだわからないけど。
でも、これだけはわかる。
わたしは、エスターを好きになってしまった。
異世界の呪われた騎士様に、恋をしている。




