42.料理スキル
エスターは何か言いたげにわたしを見たが、わたしが黙っていると、諦めたように荷物を下ろし、鍋などの調理器具を取り出した。
「それでは、簡単に煮込み料理にしましょうか。アカウサギの他、ノキの根と花も採ってきましたので」
「わかった。調理は任せる」
わたしも慌てて言った。
「じゃあ、あの、わたしも何か手伝います」
何もしないでいると、さっきのことを考えてしまいそうだ。とにかく今は、手を動かしたい。
「では、ノキの皮を剥いて、適当な大きさに切っていただけますか?」
エスターの言葉に、わたしはうっと怯んだ。
でたよ、「適当」!
料理上手な人には、何故かこれだけですべて通じる。わたしはそうはいかないが。そうか、エスターは通じる側の人だったのか……。
「て、適当って……、どのくらいの大きさ?」
「本当に適当でかまいませんよ。食べやすい大きさで」
エスターはわたしの表情を見て、言い直した。
「一口大でお願いします」
う、うん……、一口か、一口。わたしの一口でいいのかな。それともエスター、ラインハルト、どれだ。
わたしはテニスラケットを一振りし、勢いよく噴き出る水でノキの根と花を洗った。
ノキの根は、サトイモによく似た球根だった。花は白く、菊に似た形をしている。
わたしは荷物袋からナイフを取り出し、おっかなびっくりノキの皮を剝き始めた。
「……ユリ、おまえ、元の世界では料理をしたことがなかったのか?」
ラインハルトの失礼な物言いに、わたしは唇を噛みしめた。
一人暮らしだし、一応努力はしてました!
でも、わたしの世界のコンビニ食やレトルトは偉大だから! 自炊のマズい料理より、よほど栄養バランスもとれているし、もちろん美味しい。疲れて料理する気になれない日だってあるし。そういう時に、レトルトという文明の恩恵にあずかって、何の問題があろうか。……わかってます、どうせわたしは料理が下手ですよ。
わたしが皮むきにもたもたしている間に、エスターはアカウサギの処理を手早く済ませ、肉を切り分けて鍋の中に放り込んだ。
エスターに促され、わたしも不揃いな大きさのノキを鍋に入れた。
「花は最後に入れますので、そこに置いておいて下さい」
調味料や香草などを次々と躊躇なく鍋に入れるエスターに、わたしは尊敬の眼差しを向けた。
エスター、すごい。
なんか手馴れてるし、料理上手な人特有の手際の良さを感じる。
しばらく煮込むと、鍋からはいい匂いが漂いはじめた。そろそろ食べ頃なんじゃないかと思ったら、エスターがさっとノキの花を鍋に入れ、ひと煮立ちさせた。
「ユリ様、ラインハルト様、どうぞ」
器に盛った煮込み料理を手渡される。
顔を近づけて驚いた。白かったノキの花が、鮮やかな赤い色に変わっていたからだ。
「エスター、花の色が変わってる!」
ああ、とエスターは小さく笑って言った。
「ノキの花は、熱を加えると色が変わるのです。長時間加熱すると色も香りも飛んでしまうので、料理の最後に加えることが多いですね」
へー。感心していると、ラインハルトも言った。
「ノキは、元々ただの野草だったようだが、魔の森に応化した結果、様々な効能を持つようになった。体を温め、免疫機能を向上させる。まあ、薬草の一種だな」
なるほどー。
感心しながら煮込み料理を味わった。
アカウサギの肉は柔らかく、不格好に切られたノキの根にもちゃんと火が通っている。ノキの花のちょっとスパイシーな風味が、クセになる美味しさだ。
「エスター、料理上手なんですね! すごいです!」
わたしは心の底からエスターを尊敬して言った。
具材も調味料も限られた中で、火加減だって薪の火を調節しながら作ったというのに、わたしの自炊料理など足元にも及ばぬ美味しさだ。エスターの料理スキル、神。
わたしの尊敬の眼差しを受けて、エスターは面映ゆそうに微笑んだ。
「魔獣討伐で、野外での調理には慣れておりますから」
それを言ったら、わたしだって一人暮らしの自炊で、料理上手になっててもいいはずなんですけど……。
料理も才能の一種だと思う。腕っぷしだけじゃなくて料理にも長けているとか、尊敬しかない。
ラインハルトもノキについてさらっと蘊蓄を披露してたし、何気にこの二人、わたしなんかよりよっぽど生活能力が高いのかもしれない……。




