39.神託
「ユリ様。ラインハルト様に、エスター殿も、お待ちしておりました」
神殿に着くと、ルーファスがにこやかに出迎えてくれた。
「本日は神殿で神託を受けてから、ハティスの森へ向かわれるということで、私も立会人の一人に選ばれました」
聞くと、神託は一言一句間違いのないよう書きとめられ、王宮と神殿、それぞれに保管されるんだとか。「神のお言葉を違えることは許されませんので」とルーファスがにこにこしながら言った。
なんていうか、こういうところに異世界を感じる。ここには、神様や精霊がたしかに存在しているんだ、と思わされる。
祈りの間と呼ばれる広々とした空間で待っていると、すぐに全身を白いローブで覆い隠した神官長がやって来た。
「お待たせいたしました。それでは神託の間へ参りましょう」
先導されて連れていかれたのは、神殿の奥まった一室からさらに地下に降りた、洞窟のような場所だった。
剝き出しの岩肌がちょっと湿っている。壁全体がほのかに発光しているから暗くはないけど、これ、どうなってるんだろう。岩自体が発光源になってるみたいなんだけど。
「過去、神託は様々な場所で授けられました。この神殿の祈りの間においても、神託が下されたことがあったと聞いております」
神官長が、何も知らないわたしの為に説明してくれた。
「神託を待つのではなく、こちらから神の意を伺い、そのお言葉を聞く為に、こちらの場所が選ばれました。……どうぞ、異世界の魔法使い様」
手を引かれ、部屋の中央へと導かれる。
いつか王宮の地下で見たような、金色の円が描かれている。その中心に、床から突き出たような細い円錐台があった。高さはそれほどなく、わたしの腰くらいだ。
その上底面に、なにか透明な球体が嵌め込まれている。
「その石の上に、手を置いてください」
言われるがまま、球体に手を乗せた。この石、なんだろう。ガラスみたいに透き通ってるけど、たぶんガラスじゃないよね。
「どうぞ、神へ祈りを捧げてください。神はあなたの祈りを聞き届け、ふさわしいお言葉を下されるでしょう」
教えてほしい内容について祈れば、ふさわしいアドバイスもらえるよってことなのかな。
わたしはとりあえず、目をつぶって心の中で神様に祈ってみた。
こちらの世界の神様、わたしは異世界から召喚されたんですが、これから魔の森と呼ばれる怖そーな場所に行かなきゃいけないんです。無事に円にたどり着けそうなアドバイスもらえたら嬉しいです、と心の中でつぶやき、それからふとエスターのことを思った。
エスターのこと……は、神様に聞いてもどうしようもないよね。恋愛関係の神様というならともかく。
と考えていたら、パアッと手の下の透明な球体が光を放った。
「ぅわっ」
驚いて思わずのけ反ると、
――呪われた騎士を救いなさい……
男とも女ともつかぬ不思議な声がどこからともなく聞こえ、洞窟の壁にいんいんと反響した。
「え……」
「神託は下されました」
神官長は厳かに言い、ルーファスや他の立会人らが頷いた。
「“呪われた騎士を救いなさい”、これがあなたに授けられた神託です」
「は……はい、ありがとうございます」
わたしは目を白黒させながら、とりあえずお礼を言った。
す、すごい。神様の声なんて、初めて聞いたよ。こっちの世界の神様……、わたしにもアドバイスありがとう!
……でも、よくよく考えてみると、これは助言というより、こーいう事しなさいっていう命令じゃないだろうか。
考え込むわたしを尻目に、ラインハルトとエスターもさくっと神託を受けていた。
ラインハルトは”己の心がすべてを決めるでしょう”、エスターは”信ずる道を進みなさい”だった。
……うーん。なんだろう、なんか神託って、おみくじ的なふわっとした助言みたいだ。具体性に欠けるというか……、こんな事言ったら怒られそうだけど。
できればもうちょっと役立ちそうなアドバイスが欲しかった……なんて、いやウソです、神様すみません!




