閑話 禁術の報い(ラインハルト視点)
「殿下自身のお気持ちは?」
まっすぐに問いかけるエスターに、後ろめたさと同時に苛立ちを感じた。
そうだ、貴族の思惑などのためではない。ただユリに触れたかった。だから口づけたのだ。
だが、そんな事を言えるはずもない。
そもそも当のユリが、私をそうした対象に見ていない。口づけされたというのに、怒りも何も感じていない様子だ。こいつは思っていることがすぐ顔に出るから、よくわかる。
ユリにとって、私はただの子どもなのだ。色恋沙汰など、考えもつかぬ相手。
それでいいはずなのに、ひどく胸が痛かった。
部屋に戻り、明日持っていく荷物の確認をした。
神殿へ行き、その足で魔の森、ハティスに向かう。うまく行けば十日もせずに円に着くはずだ。そして円を起動し、ユリを元の世界へ帰す。二度と会えない異世界へと。
ラインハルトはため息をついた。
古えから異世界召喚は禁術とされてきた。
そもそもこの術は、膨大な魔力を消費する。術に耐えうる魔法使いがなかなかいない上、術自体が非人道的だとして、術式そのものを葬るべきという議論も繰り返しなされているくらいだ。異なる世界から人ひとり、こちらの都合で勝手に呼び出すのだから、魔女の使い魔召喚と何も変わらない。
ルーファスらも召喚には消極的だった。危険すぎるという他に、異世界召喚された人物が、こちらの世界に与える影響を危惧されたのだ。
そこを押して、ユリを召喚した。何としてもエスターの呪いを解きたかったからだ。
だが、やはり召喚は間違いだった。
いま感じている胸の痛みは、禁術を行使した罰なのだろうか。
こともあろうに、異世界から呼び出した魔法使いに、このような想いを抱くことになろうとは。
まっすぐにユリを見つめ、その手を取るエスターが妬ましかった。
エスターのように心を隠すことなく、素直に想いを伝えられたら、どれほど幸せだろう。たとえ応えてもらえなくとも、告げられぬ想いを抱え、苦しむことはない。
だが、自分にそんな権利はないのだ。
自分はユリを異世界から無理やり召喚した人間だ。ユリは被害者のようなものだ。本人が自覚しているかどうかはわからないが。
あと少しで、ユリは元の世界に帰る。
晩餐会の翌日会ったユリは、泣きはらした目をしていた。あの後、エスターと何かあったのだろう。想像はつく。
きっとエスターは、心のままにユリに想いを伝えたに違いない。ユリもエスターの気持ちを知って、迷っている。そうでなければ泣いたりはしない。心揺さぶられ、気持ちが動いたから涙を流したのだ。
「ひどい顔だな」
そう言うと、ユリは憤慨したように言い返してきた。寝不足だ、とわかりやすい嘘をついて。エスターが現れるなり、挙動不審になっているあたり、本当にわかりやすい。
ユリを、美しいと素直に褒めるエスターに苛立った。
私とて、同じように思っている。いつも美しく、可愛らしい娘だと。そう言いたいのに言えない。
もしそう告げたら、ユリはなんと言うだろう。驚くだろうか。まあ、そうだろう。笑い飛ばされるかもしれない。……やっぱり言えない。言うものか。
ユリにつけた侍女、アリーが何か言いたげにラインハルトを見た。
呆れたようにため息をつく姿に、さらにイライラする。
ああ、もう、早くハティスの森に入り、ユリを元の世界に帰してしまいたい。……いや、やはり嫌だ。もう少し、許される間だけでいいから、そばにいたい。
城を出て見上げた空は、いやになるくらい快晴だった。
王城だけでなく、国全体にかけられた火の精霊の強固な守護を感じる。
恩寵であり、呪いでもあるその力を。




