38.お別れ
翌日、常と変わらぬ態度のラインハルトが部屋に迎えにやって来た。
「準備は済んだか」
そう言うと、ラインハルトはしげしげとわたしを見て言った。
「ひどい顔だな」
……エスターはやっぱり、勘違いしてると思う。好意を持ってる異性に、こんな事いうヤツがいるだろうか。たとえ事実だとしても。
「ちょっと寝不足だったんです!」
それに昨夜、泣きすぎた。腫れた目の下にはクマもある。ええ、ひどい顔ですとも。
「今日は神殿へ行かれるのでしょう? そしてその足でハティスの森へ向かわれるのですもの、緊張して寝不足になっても当然ですわ」
いつも優しいアリーの慰めの言葉に、わたしは少しうるっときた。
アリー……、ありがとう。
もう会えないだろうけど、オーエンさんとの末永いラブラブ生活を祈ってるよ!
アリーは毎日そうしてくれたように、今日も丁寧にわたしの髪をくしけずり、ポニーテールに結ってくれた。
並べて差し出されたリボンから、わたしは悩んだ末、エスターの贈ってくれた緑の髪紐を選んだ。アリーに髪紐を結んでもらっていると、
「申し訳ありません、遅くなりました」
エスターの声が聞こえ、心臓が跳ねた。
「ずいぶん荷物が多いな」
テーブルに荷物を置いたのか、金属同士が擦れるような音がした。
「ぜんぶ持って行く訳ではありません。この中からユリ様の剣を選んでいただこうと思いまして」
エスターの言葉に、わたしは振り返った。
「剣?」
「ええ。……おはようございます、ユリ様」
エスターは急ぎ足でわたしの前に来ると、じっとわたしを見つめた。
「お、おはようございます……」
わたしは慌てて下を向いた。今朝の顔は、控えめに言って最低だ。こんな顔を見られたくない。
「ユリ様?」
エスターの両手が頬を包み、顔を上げさせようとする。
「いや、あの、ちょっとエスター……」
「ユリ様、どうかなさったのですか」
どうもこうも! 手、手を放してください、いやほんとマジで!
わたしは顔を覗き込もうとするエスターの胸に手をあて、ぐいぐいと押し返した。
「あの、今日、ひどい顔なんで! 見ないでほしいっていうか……、見ないでほしいです!」
ああ、なに言ってんだわたし。
「ユリ様」
エスターが優しくわたしの手をつかんで言った。
「あなたはいつも、輝くように美しいです」
わたしは強引に手を振りほどき、エスターから飛び退った。
なになになにを言ってるんだこの人は! 美しいとか! この最低の寝起き顔を! 異世界フィルター歪みすぎ!
真っ赤な顔で口をぱくぱくさせてると、ラインハルトが疲れたように言った。
「おい、いい加減にしろ。装備の確認をするぞ」
すみません……、でも今のは、どう考えてもエスターが悪いです……。
わたしはラインハルトに促され、テーブルの上に並べられた短剣を見た。エスターの家で借りた剣だ。あの装飾過剰な剣もある。
「この中から選べばいいんですか?」
「そうだな、一本でいいだろう。ユリに双剣は扱えぬのだろう?」
ラインハルトの問いかけに、エスターが頷いた。
「ええ、ユリ様には基本的に後衛の魔法使いとして、護身術しかお教えしていませんから」
うーん。わたしに剣の良し悪しなんてわからないし、どれでもいいんだけど。
「……この剣は、面白いな」
ラインハルトが装飾過剰な剣を手に取った。
「祖父が見つけた、遺物の一種です」
「かすかな呪力を感じる。……ユリ、これはどうだ?」
わたしは顔を引き攣らせた。
「いや、うーん、素敵な剣ですけど、でも、うーん、どうなんですかね、なんかちょっと物騒というか……」
「四の五のうるさい。手に持って、使ってみせろ」
ラインハルトに強引に剣を渡され、わたしは仕方なく装飾過剰剣を持った。基本の型の通り、ささっと動いてみせる。
「ふうん、なかなか良いのではないか?」
「そうですね、バランスも丁度よいかと」
ラインハルトはわたしを見て、あっさり言った。
「その剣を持っていけ、ユリ」
えええ……。この剣ですかあ……。
わたしの表情に気づいたラインハルトが、不思議そうに言った。
「なんだ。何か不満か?」
「いや、不満とか、そういうのでは……」
もごもご口ごもっている内に、アリーが手際よくわたしのベルトに装飾過剰剣を吊るしてしまった。
ちなみに今日は、王様との謁見の時に着ていた服をそのまま着用している。エスターとラインハルトは訓練の時と同じような格好だが、エスターは籠手をつけ、二人とも長剣と短剣をそれぞれ装備している。
わたしは短剣を装備した以外は普段と変わらない。まあ、戦闘面での自分の能力を思えば、短剣はお守りのようなものだろう。
日持ちする食料や水、傷薬や痛み止め、毒消し、魔石などの細々とした荷物を確認した後、わたし達は王城を出た。
神殿は城のすぐ近くなので、徒歩で門を出る。
振り返ると、アリーが城門で手を振ってくれていた。
顔見知りになった文官や騎士、魔法使いの人達も、何人か見送ってくれている。
わたしは何だか胸がいっぱいになった。
無理やり召喚された異世界だけど、みんな優しくしてくれた。いろいろ思惑とかあったのかもしれないけど、これで最後だと思うと、感謝しかない。
ありがとー! とわたしは手を振り返した。
そして、さようなら。
もう会えない異世界の人々。いろいろあったけど、楽しかった。ありがとう!




