34.エスターのお願い
「ユリ様、失礼いたします」
エスターがわたしを抱え上げるようにして馬に乗せてくれた。
同じ王城内といっても、晩餐会はわたしの部屋から離れた東翼にある広間で開催されるとかで、馬で移動したほうが早いという。さすが宮殿、一般庶民には意味がわからない広さ。
ラインハルトは、一人でちゃんと馬に乗っていた。いくら年上とはいえ、見かけは小学生のせいか、なんか敗北感……。
エスターとは何回か一緒に馬に乗ったことがあるけれど、今回は妙に意識してしまう。
告白されたから、なんかドキドキするというか、いたたまれないというか。
「ユリ様」
エスターがささやくように言った。
「大丈夫です、この晩餐会にはラインハルト殿下だけでなく、ルーファス殿も出席する予定ですから」
驚いてエスターを振り返ると、
「事情を説明し、急遽、王宮所属魔法師団の代表として参加していただくことになりました。側室の件はご心配なく」
魔法使い達は、王宮に所属してはいるものの、王様の部下というより筆頭魔法騎士のラインハルトに仕える、というスタンスをとっているらしい。もともと魔法使いは、血筋より能力を重視するタイプが多く、たとえ王族といえども己の認めぬ相手には平気で突っかかっていく事もあるのだとか。
「ですから、陛下といえどルーファス殿の意見を無視することは難しいでしょう。私は参加できませんが、魔獣討伐隊を指揮する私と魔法使い達を統べるラインハルト殿下、そして魔法使い達の長であるルーファス殿の三名がそろって異を唱えれば、そこを押してまで無理を通される可能性は低いと思われます」
近衛隊も側室には反対してくれるはずです、とエスターは付け加えた。アリーおよびエスターの圧力がオーエンさんにかかったらしい。申し訳ございません。
関係各所に様々なご迷惑をおかけしているが、わたしは少しほっとした。
あり得ないとは思いつつも、やっぱり王様の言葉にはぬぐい切れない恐怖を感じていたのだ。
「……エスター、ありがとう」
わたしは小さくお礼を言った。
エスターに対する心境は複雑だけど、こうしてわたしの為に動いてくれたことには素直に感謝したい。
エスターはわたしの腰にまわした腕にぐっと力をこめると、体を密着させてきた。
「ぅお、ちょっ、エスター」
「……ユリ様」
動揺するわたしに背後から顔を寄せ、エスターは低くささやいた。
「必ずあなたを、元の世界にお帰しいたします」
振り返ろうとするわたしを制し、エスターはわたしを抱きしめる力を強くした。
「……ですが、お伝えした通り、私はあなたを愛しております。あなたと離れたくない」
エスターの腕の感触、かすれた声に、心臓がうるさいくらいドキドキして、壊れそうだ。
エスターはさらに言いつのった。
「私を、あなたの世界に連れていっていただけませんか」
驚きのあまり、息が止まるかと思った。
わたしの世界に?
「私は本気です。どうか、考えてはいただけませんか」
エスターの申し出に、思考がフリーズした。
考えろと言われても、頭が働かない。
あの告白が冗談だとは思わなかったけど、これほど真剣だとも思っていなかった。世界を超えて一緒にいたいと思われるほどだとは。
わたしが固まっている内に、晩餐会のある東翼に着いたらしい。
エスターはわたしを馬から降ろすと、一歩後ろに下がった。ここからは護衛騎士としてラインハルトとわたしに付き従う、という形になるらしい。……背後のエスターが気になって仕方ないんですけど!
控えの間に入ると、途端にざわめきがピタリと止んだ。視線が突き刺さる。
「ユリ様、ラインハルト殿下」
ルーファスが近寄り、にこやかに挨拶してくれた。
「ユリ様、なんとお美しい。髪紐も首飾りも、素晴らしいですな」
ルーファスの言葉に、部屋の雰囲気が一気に殺気立ったような気がする。
素知らぬ顔でラインハルトが応えた。
「うむ、髪紐はエスターが、首飾りは私が贈った」
「さようでございますか。どちらもユリ様によくお似合いです」
ラインハルトの言葉に、ざわめきが広がっていく。
異世界、求婚者、王子、エスターなどの言葉が耳に入ってきた。ある者は好奇の目で、ある者は敵意をむき出しにしてこちらを見ている。
「で、殿下……」
早くも心が折れそうなわたしを見上げ、ラインハルトが片眉を上げた。
ちょいちょいと手招きされ、背をかがめると、
「ユリ」
ぐいっと腕を引っ張られ、背伸びしたラインハルトに、ちゅっと音を立ててキスされた。
「殿下!」
後ろに控えていたエスターがすぐさまラインハルトとわたしの間に割って入ると、そのまま自分の背中にわたしを隠すようにした。
「何をなさいますか!」
気色ばむエスターを無視し、ラインハルトは控えの間に集まった人達に聞こえるような大声で言った。
「ユリ、そなたは実に愛らしい。今宵はいつにも増して輝くようだ。私の愛しい魔法使い、大切な宝よ」
エスターの背から顔を出して様子をうかがうと、ニヤリと悪い笑顔のラインハルトと目が合った。
殿下、この状況を楽しんでいる……。すごい度胸だ。
エスターの怒りも、「二人の求婚者」という設定の後押しになると踏んだのか。
エスターはすごい怒ってるみたいだけど、正直わたしはと言えば、見た目小学生の美少女に軽くキスされたところで、特に怒りの感情などはない。逆にちょっと申し訳ない気がするだけで。
ただ、一般庶民のわたしには、この役どころは荷が重すぎる。突き刺さる視線で体に穴が開きそうだ。
「ユリ様、何かお飲み物でもお持ちしますか?」
騒然とする控室で、のんびりとルーファスが言った。
ルーファスも何気に大した度胸の持ち主だなあ……。




