33.ドレスアップ
「ユリ様、ラインハルト殿下から首飾りが届きましたけど……、困りましたわねえ、これでは色が合いませんわ」
困ったと言いつつ、アリーはにこにこしている。
「緑の髪紐に赤い石の首飾りだなんて。しかも髪紐には金色の煙水晶もついておりますし。難しいですわねえ、これに合うドレスは……」
ドレスとな!?
わたしは慌ててアリーに言った。
「あの、アクセサリーは付けますけど、服は謁見の時と同じじゃダメなんですか?」
「駄目に決まってます」
アリーは決然と言った。
「謁見ではなく、晩餐会ですもの。それに、事情が事情ですから。ユリ様にはお二方の求婚者がおられると、そう知らしめるための衣装にせねばなりません。異世界の偉大な魔法使い様としてではなく、お二方の求婚者がおられる令嬢としての装いが必要なのです」
う……、うん、そう、なんだけど……。
「あのでも、わたしドレスなんて持ってませんし、今からじゃ作るのも間に合いませんし」
「大丈夫ですわ!」
アリーが瞳を輝かせて言い切った。
「私の昔のドレスを、少し直せば問題ありません! 実は、私が初めて宮殿に上がる際に何着かドレスを作ったのですけど、結局着られなかったものがございますの! きっとユリ様にお似合いになると思いますわ!」
アリーの瞳の輝きようがコワい。
「殿下からお話を伺って、既にドレスは届けさせております! さあユリ様、サイズ直しをしなければなりませんから、まずはどのドレスにするか決めてしまいしょう!」
……アリー、衣装持ちなんだな……。
宮廷に上がるためだけに、いったい何着ドレスを作ったんだ……。
「難しいですわねえ、どれもよくお似合いですけど、緑と赤、それに金に合うものですと……」
着せ替え人形となったわたしは、心を無にしてアリーの言うがままに動いた。ドレスを着せられてはくるっと回り、手を上げ、下げ、歩き、座り、立った……。神様、泣いてもいいですか。
最終的に、(アリーが)悩みに悩んで決めたドレスは、光沢のあるアイボリー色のドレスだった。胸元と裾部分に赤いバラと緑の葉の刺繍が散らされ、ウエスト部分には金の縁取りのされた緑色の細いリボンが何本か、ゆるやかにカーブするように縫い込まれている。色合わせは完璧だ。
だが、サイズが……、丈はぴったりなのだが、胸やウエスト部分がぶかぶかだ。
このドレス、オフショルダーだから屈んだらかなりマズイことになるのでは。
「アリー……、このドレス、とっても素敵だと思いますが、でも、胸……」
「問題ありません! お任せください、ユリ様!」
アリーはエスター並みに輝く笑顔で断言した。やる気に満ちあふれたアリー、ちょっとコワい。
アリーは高速で脇を詰め、ダーツを大きく取りなおしてくれた。
「応急処置ですけど、問題ありませんでしょう」
出来上がりに満足そうなアリーの言う通り、ウエストも胸もぴったりだ。アリー、ほんとに凄い。なんでも出来る人なんだなあ。
鏡に映った自分は、意外に様になっていた。なんといってもドレスが可愛い。将来、結婚式のお色直しにこんなドレスを着たいなーとちょっと思ってしまったくらいだ。
アリーは私の髪をハーフアップに結いながら尚も言った。
「とてもお似合いですけど……、残念ですわ。もう少し時間があれば、朝からユリ様のお肌を磨いて、もっとつやつやのピカピカに仕上げましたのに……」
アリーの飽くなきチャレンジャースピリッツに、わたしは戦慄した。時間がなくてよかった神様ありがとう! ていうかどんなに頑張っても元が元だから……、そんなに変わらないから、うん……。
最後に、ラインハルトから贈られた首飾りをつけ、エスターからもらった髪紐でハーフアップにした髪を飾る。
赤い宝石と緑の髪紐、金色の煙水晶の装飾品を身につけ、同伴者はラインハルト。晩餐会に出席はしないが、護衛として付き従うのは騎士エスター。
以上の事実から、晩餐会の出席者は瞬時に「異世界の魔法使いは王弟ラインハルトと騎士エスターの二人から求婚されている」と判断するのだという。
そ……、そういうものなのか。よくわからないけど、自分にはとてもついていけない世界だということだけはわかる。
異世界のしきたりに密かにおののいていると、エスターとラインハルトの二人が、そろって部屋に迎えに来てくれた。
「ユリ様、よくお似合いです。まるで薔薇の妖精のようです」
エスターがわたしの手をとり、目を輝かせて褒めてくれた。その気持ちはありがたいのだが、薔薇の妖精って……。
「……まあ、悪くないな」
ラインハルトの言葉に、わたしは逆にほっとした。エスターの目は異世界フィルターで歪んでいるとしか思えない。
エスターもラインハルトも、昼間とは違う格好をしていた。
エスターは緑の髪紐で髪をゆるく束ね、詰襟型の丈の長い黒い上着と揃いのズボンを着ていた。上着には金色の肩章と飾緒がついている。軍服っぽいと思ったら、騎士団の制服だという。イケメンは何を着ても似合うけど、制服がさらにイケメン度を上げている、とわたしは思った。
ラインハルトは昼間会った時より、いくぶん簡素な装いになっていた。金のサークレットやサッシュ、これでもか!と付けられていた勲章がなくなっている。
「あんなにジャラジャラ飾りをつけて食事ができるか」
ラインハルトがうんざりしたように言った。
ジャケットも詰襟タイプから開襟タイプになり、ブラウスのフリル襟が見えて、ラインハルトの可愛らしさをさらにアップさせている。ラインハルト様、可愛い……、めっちゃ美少女……。
この二人に求婚されてる体でいくのか、と思うと、心の底から申し訳なくなった。
本当にすみません……、わたしの意思じゃないけど……、悪いのは王様だけど……、でも、やっぱり全方位に謝っておきたい。
誠に申し訳ありません、心からお詫びいたします。どうぞお許しください!




