32.二人の求婚者
「あ、あの、ラインハルト様……」
「なんだ」
腰に手をあて、いつも通りエラそうな態度のラインハルト。
妙に大人っぽい仕草をするなあと思う時もあったけど、そ、そうか、わたしより年上だったのか……。
当たり前だけど、精霊と同じ時を生きる人がいるなんて思いもしなかったから、ラインハルトが年上だなんて考えもしなかった。そうか、年上……。
しかし、
「あの、お申し出はありがたいのですが、殿下のお名前を、なんというかその……、そういう相手として王様に申し上げるのは、さすがに問題かと……」
それに、いくら実年齢が上と言われても、見た目は完全に小学生なのだ。たとえウソであってもそういう対象にすること自体、罪悪感をおぼえてしまう。
いやだって、殿下、すごく可愛いんだもん! まるっきり美少女なんだもん! いくら年上と言われても、なんかやっぱり後ろめたい! ショタというより、ロリ的な方向で心が咎める!
「では私を」
すかさずエスターが口を挟んだ。
「私ならば、ユリ様のお相手として問題ありません。私をお選びください、ユリ様」
エスターにぎゅっと手を握られ、わたしはうつむいた。
困る。エスターはもっと困る!
エスターに恋人役なんかしてもらったら、ウソだってわかってても心が動いてしまう。二度と会えない人なのに、そんなの辛すぎる。
「エスターはダメです」
「なぜ」
「とにかくダメ!」
「ユリ様」
押し問答を続けるわたし達に、ラインハルトがため息をついた。
「……では、こうしよう。陛下に、私とエスターの二人がユリに求婚していると申し上げるのだ。ユリは、私とエスターのどちらにするか決めかねていると。それでいいだろう」
「……は?」
真顔でなに言ってんですか殿下。いいわけないでしょうが!
「わかりました」
エスターが頷き、わたしを見た。
「あながち間違ってもいませんし」
なに言ってんですかすべてが間違ってます!
どこから突っ込めばいいのか、目を白黒させるわたしにラインハルトが止めを刺した。
「よし、では私からも求婚の品を贈ろう。……ユリ、首飾りと耳飾り、指輪のどれがいい?」
「え? なに……、なに言って」
「希望がないなら勝手に決めるぞ。晩餐会にそれを身につけて出席するのだ。陛下がそれとお分かりになるよう……、そうだな、首飾りにするか」
そ、そうか、陛下にわかるように……、うん、それなら仕方ない……、いやいやいや、なに流されてるんだわたし!
「いやあの、それはやっぱり……」
「ではリオン殿下の側室になるか?」
ラインハルトに切り返され、うぐっとわたしは言葉に詰まった。
そ、それは……。
「考えてみれば、私達のどちらか片方が恋人として名乗りを上げれば、陛下から直ちに婚姻するように命じられるかもしれん。求婚者を二人とすれば、それも回避できる」
ラインハルトが思案しながら言った。
「どうする、ユリ? 選択肢は三つだ。リアン殿下の側室になるか、私とエスターどちらかの恋人になるか、それとも私達二人を求婚者とするか。……先ほども言った通り、私とエスターどちらか一人を恋人とすれば、即座に婚姻を結ばされる可能性もある」
そんなの実質、一択じゃないですかーー!!!
「……きゅ、求婚者、二人で……」
わたしは呻くように言った。
「わかった。後ほど首飾りを届けさせよう。晩餐会にはそれをつけて出席するように」
「……はい……」
他に道はない。ない、のだが……。
「ユリ様、私からも何か、求婚の品を贈らせていただけますか?」
エスターが何故か嬉しそうに言ってきた。
「……なに言ってんですか。エスターはもう、髪紐くれたじゃないですか……」
「それはそうなのですが」
はにかむように微笑み、エスターが言った。
「せっかく、正式な求婚者となったことですし。首飾りをラインハルト殿下が贈られるというなら、私は指輪か耳飾りを……」
わたしは半ば呆れてエスターを見た。
エスターは貢がないと死んじゃう体質なのだろうか。それに正式な求婚者っていったい。
わたしはエスターに、言い聞かせるようにキッパリと告げた。
「もう十分です! これ以上、ほんとに、何も要りませんから!」
あああ、こんな事を思う日がやってくるとは思わなかった。
早くハティスの森に行きたい、切実に!!




