25.簡易式結界
「これは本当に簡単なものですので、慣れてくれば円を描く必要もなくなりますよ」
ルーファスはそう言うと、ささっと地面に円を描き、ちょん、ちょんと円の外側に印をつけた。
今日はラインハルトに代わって、ルーファスによる簡易結界を作成する練習だ。
この魔法は魔力が暴走してもそれほど危険はないので、最初の時と同じく王宮の中庭で訓練を行っている。
「この印が、誰の結界かを示します。結界の強化にもなりますので、少なくとも上下左右に印をつけることをお勧めいたします」
ルーファスが見本で作った簡易結界が作動し、ふぉん、と不思議な音をたてて透明な壁を作る。
「ユリ様、壁を触ってみてください」
うながされて触ってみると、柔らかいゼリーのようなぷよぷよした感触だった。それなのに強く押しても一定以上中には入れない。
「私は水魔法が一番魔法適性が高いので、このような形になります。ユリ様の場合ですと、風魔法でしたかな」
「風……」
ど、どんな結界になるんだろう? 『盾』みたいな感じかな?
とりあえず、ルーファスに教えてもらった通り、テニスラケットで地面に円を描く。必ずしも描く必要はないということだけど、初心者はそのほうが確実だというので、ここはキッチリと。
円の上下左右に印をつけて、慎重に力を注ぐ。イメージが大切だと言われたので、コンクリートの壁をイメージして力を注いでみた。すると、
「おお!」
ぶぉっと風が起こり、竜巻のように渦を巻きながら空まで吹き上がる。ルーファスが驚いたような声を上げた。
「これは、簡易式とは思えぬほどの強度ですな! これほどしっかりしていれば、戦闘での結界にも使えるでしょう!」
いえ、トイレとシャワーに使います。
「結界の中はどんな感じなんですか?」
「何もない空間です。身を清める場合は、温水を出す魔石と着替え等を中に入れますが」
結界を消すと、中に入っていた物もすべて消えるらしい。そ、そうか、それならトイレの後、土に埋めるとかそういう苦労もないんだな。助かるわー。
その後、念のため何度か簡易結界を作成し、問題ないとルーファスに太鼓判を押してもらって訓練は終了した。
もう、いつでもハティスの森へ行ける!
わたしは訓練終了のお礼に、ルーファスをお茶に誘った。
最近、アリーに教えてもらったおかげで、おいしいお茶をいれられるようになったのだ。……お菓子はアリーや王宮所属の料理人に作ってもらっているけど。
元の世界では一人暮らしで自炊もしていた割に、わたしは料理があまり得意ではない。うん、人には向き不向きがあるから、仕方ないね!
王宮の部屋に戻りお茶を振る舞うと、それだけで優しいルーファスは大げさに感謝してくれた。
「ユリ様にお茶をいれていただくなど……、家門の誉れにございます」
いや、そんなんで誉れにされたら、わたしのほうこそルーファスの家門に申し訳ないです。
「あの、ルーファスは薬草に詳しいと聞いたのですが、教えてもらってもいいですか?」
わたしの言葉に、ルーファスはにこにこと頷いてくれた。
「私でわかることでしたら、何なりと」
わたしはルーファスに、王都付近に群生する薬草について教えてもらった。
出来ればわたしでも簡単に採取できるような、それでいて使用頻度の高い薬草があればいいんだけど。
「そうですなあ、そういった薬草でしたら、結界付近に生育するフェリルと……」
傷薬や痛み止めなどに使う薬草を、何種類か教えてもらった。
「わたしでも採取できますか?」
「むろん。……ユリ様は、薬草採取にご興味がおありなのですか?」
不思議そうなルーファスに、わたしは目的を打ち明けた。
日頃お世話になっている人達、エスターやアリー、ルーファスやラインハルトに薬草をプレゼントしたい、と言うと、ルーファスは驚いた様子だった。
「薬草を私に……?」
「なんかマズいですか?」
プレゼントに薬草なんて、異世界基準ではあり得ないんだろうか。
そうすると別のプレゼントを考えなきゃならないけど、わたし、こっちのお金は持ってないからなあ。
「いえ、そのようなことはございません。同僚から薬草を貰うこともありますし……」
ルーファスはまじまじとわたしを見た。
「しかし、異世界からいらした偉大なる魔法使い様から、そうした贈り物をいただいた者など、寡聞にして存じませぬ。そのような栄誉を賜るとは思いもしませんでした」
いや、栄誉って……。
エスターだけではなく、ルーファスにも偏見というか、異世界フィルターがかかっているみたいだ。




