22.貢ぎ体質
王宮の蔵書室から借りてきた本を置き、凝りをほぐすようにわたしはうーっと両手を伸ばした。魔法の訓練まで、あと少し時間がある。それまでにこの本を読み終えたい。
「ユリ様、お茶をどうぞ」
アリーが温かいノズリ茶と一緒に、真っ赤な果物とナイフを皿に載せてテーブルに置いた。 チャルテの実といって、皮ごと食べられる果物らしい。
「王都では珍しい果物ですの。甘くて美味しいですわ、どうぞお召し上がりになって」
ナイフで削ぎ、そのまま食べるのだという。見た目はちょっとプラムっぽい。
チャルテを薄く削いで口に入れると、とろっとした口当たりで喉に滑り落ちた。味はプラムというよりマンゴーのように濃厚な甘さだ。
おいしい~と次々削いで食べると、あっという間になくなってしまった。
「もっとお持ちしましょうか?」
アリーがにこにこして言った。
「いいんですか? 珍しい果物なんですよね?」
「いえ、これはエスター様からいただいたもので、まだたくさんありますわ。ぜひユリ様に召しあがってほしいと、今朝お持ちくださったんですの」
またエスターか!
わたしはエスターの貢ぎ体質に震えた。
大丈夫かエスター。わたしの世界だったら、悪人に難癖つけられて有り金巻き上げられてそう。いやカツアゲは返り討ちにできるだろうだけど、いい人すぎて騙される未来しか見えない。
考えてみれば、こちらの世界に召喚されてから、エスターにはお世話になりっぱなしだ。
自分のあずかり知らぬところで勝手に召喚されたわたしを気遣い、何くれとなく世話を焼いてくれている。
トイレ掃除はともかく、わたしも何かエスターのためにお返しすべきではないだろうか。
エスターの一番の願いは、呪いの解除だろう。だが呪いは、魔女の命と繋がっているとラインハルトが言っていた。つまり、魔女を倒さないと本当の意味で呪いを解くことはできない。
呪い関連以外で、何かエスターが喜びそうなこと……、うーん、ダメだ、何も思いつかない。
「ユリ様は薬草学に興味がおありですの?」
テーブルの上には、蔵書室から借りてきた本が何冊か置いてある。異世界召喚に関する文献の他、魔獣やこちらの植物に関する書物もある。その一冊のタイトルを見て、アリーが言った。
薬草図譜。こちらの世界の薬草の、絵付き解説書だ。
「薬草というか、どんな種類の植物があるのか、気になって。それにこの本、とても絵が綺麗ですよね」
まるでルドゥーテの絵のように繊細で美しい植物の絵は、見ているだけで楽しい。
「そうなのですか。植物については、ルーファス様がお詳しいようですから、何かわからないことがおありでしたら、お聞きになってみてはいかがでしょうか。薬作りにも長けていらして、以前、オーエンが怪我をしたところ、ルーファス様からいただいた傷薬を使いましたら、あっという間に治ったことがありましたわ」
おっと、油断していたらまたオーエンが。
一度もオーエンに会ったことはないのだが、たぶん、どこかですれ違っても一発でわかるんじゃないかってくらい、わたしはオーエンに詳しくなってしまった。
オーエンは、アリーの話によれば金髪碧眼の目もくらむような美々しい騎士様らしい。右目の下には泣きぼくろがあり、それが色っぽくてもうもう……、なのだそうだ。優しくて誠実で、記念日にはアリーが欲しがっている物を察知して購入してくれる上、普段から花などマメに贈ってくれるのだとか。
うーん。エスターのみならず、騎士全般が貢ぎ体質なんだろうか。それとも、これが異世界標準?
貢がれるのって、わたしが慣れてないだけで、そう気にすることでもないのかな。でもやっぱり、感謝を伝えるような形で、何かお返しをしたいなー。




