15.モフモフの魔獣
「ツノウサギは集団で獲物を追う習性がある」
魔獣のことなど何も知らないわたしに、ラインハルトがツノウサギの習性について説明してくれた。
「獲物は単体であることが多い。確実に仕留めるためだろうな」
ふむふむ。
「群れで行動していては、ツノウサギは警戒して襲ってこない。……ゆえに、おまえにはしばらく一人でここに立っていてもらう」
「えっ!?」
ラインハルトの指示に、わたしは動揺して飛び上がった。
「ひ、ひとりで、ここに!?」
「騒ぐな。危なくなればちゃんと助ける」
「それってどういう段階で!? 血まみれの死にかけになってからとかじゃないですよね!?」
「まあ、ツノウサギにはそれほどの魔力はありませんから」
ルーファスが慰めるように言った。
「そ、そうなんですか?」
「ええ、知能もそれほどではありません。ただ、角による一撃はかなりの威力なので、それを回避することが肝要です」
「だからこその『盾』なのだ」
ラインハルトが噛んで含めるようにわたしに言った。
「『龍』は相手を跳ね飛ばすが、『盾』は相手をその場に留まらせる。つまり、おまえが魔獣を足止めしている間に、仲間がそれを仕留めることができる」
連携プレーが可能になるということか。それならわたしも役に立つ。
「おまえをハティスの森に連れていくには、最低でも『盾』を使いこなしてもらわねばならん。でなければ、エスターもおまえを連れてゆくことに同意せんだろう。私も、足手まといを連れてハティスの森に行くのはごめんだ」
「は、はい。わかりました!」
わたしは緊張して返事をした。
エスターにも、足手まといにならないようにする、と言ったわけだし、頑張らないと!
とは言っても、やはり一人にされると心細い。
二人ともかなり離れた草むらに隠れているため、わたしからその姿は見えない。いくら魔法で守ると言われても、やっぱり不安だ。
遠くに黒い森が見える。なんか見るからに禍々しい感じの森だ。あそこにあるという円にたどり着かないと、元の世界に帰れないんだよね……。
わたしはため息をついた。
元の世界に帰る時は、召喚された時と同じ場所、同じ時間に戻してくれると言っていた。それが本当なら、両親にも友達にも心配をかけることはない。
でも、帰るためには、今まで使ったこともない魔法を使いこなし、魔の森とよばれる恐ろしい場所へ行かなくてはならないのだ。
いや、エスターによれば、行かなくとも帰れるらしいけど。でも、その場合はエスターにおんぶに抱っこの、かなり無理めな負担を強いることになる。
エスターはわたしの召喚に関わってはいないのに、この件では彼が一番貧乏くじを引いている。それを知らんぷりして、ただ待ってるだけってのは、さすがに気が引けるし……。
わたしはエスターのことを考えた。
そもそもエスターにかけられた呪いだけど、戦うと誰彼かまわず性的に襲いかかるって、あのエスターが?
あの清廉な騎士様が、いかに呪われてるとはいえ、そんなこと本当にするんだろうか。そこからして信じられないんだけど。
呪い自体が眉唾な世界に住んでた者としては、いまいち実感がわかない。
ていうか、今までエスターは誰かを襲ったことがあるんだろうか……。もしそんなことがあったら、あのエスターの性格からして、絶対なかったことにはしないんじゃないか。相手が女性だったら責任とって結婚するとか言いそうだし、男性だったら……、こっちの世界って同性同士でも結婚できるのかな。とにかく、なんらかの形で責任を取りそう。
そこら辺、どうなのかな。気になるけど、とても聞けない……、誰か襲いましたか? とか。いや、無理。
うだうだと考えてたせいか、わたしはツノウサギの群れに気づくのが遅れてしまった。
気づいた時は、目の前に黒いモフモフ集団が……。
え、これが魔獣?




