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(性的に)呪われた騎士を救えと言われても、テニスラケットしか持ってません!  作者: 倉本縞


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12.王弟殿下のスパルタ教育


「ラインハルト様、今日はよろしくお願いします!」

 わたしはラインハルトに頭を下げた。

 ラインハルトは、見た目は可愛い子どもだけど、筆頭魔法騎士としてわたしを異世界に召喚した張本人だ。外見が幼くとも、中身も同じ、か弱い子どもとは思わないほうがいいだろう。

 なんといっても、ここは異世界。わたしの常識は通用しない世界だ。


 うむ、とラインハルトは重々しく頷いて言った。

「今日はとりあえず、おまえの魔力量を確認し、それにあわせて訓練の内容を決めよう。まあ、どちらにしても最初は防御魔法からだ。とにかく、身を守ることを一番に考えろ」

「はい、わかりました!」

 まったく異論はない。


 わたしはラインハルトの指示通り、床に描かれた金色の円の端っこに手をついた。

「そこから少しずつ魔力を流して、円を起動させろ」

 ラインハルトは簡単に言ったが、うーん……。


「あの、円を起動するって、どうすればいいんですか?」

「は? おまえのその、垂れ流しの魔力を円にそそげばいいだけだ。とっととやれ」

 ラインハルトが呆れたような目でわたしを見た。垂れ流しと言われても……。


「ユリ様、水の龍をお使いになった時のように、呪具に力を込める代わりに、この円に力を込めてみてはいかがでしょうか」

 エスターのフォローに、わたしは『水の龍』を発動させた時のことを思い出した。


 あの時は、水の奔流をイメージして、ラケットに力を込めたんだっけ。あの時のように、今度はこの円に……


「うわ!」

 ヴォン、と音をたてて空間が歪んだ。

「おい、きさま、少しずつと言っただろう!」

 ラインハルトが怒鳴っているけど、どうすればいいのかわからない。

 魔力を流した金色の円が宙に浮かびあがり、生き物のようにねじれ、のたうっている。


「もう充分だ! 魔力を止めろ!」

 ラインハルトが怒鳴った。

「え、えっ……」

 止めろと言われても、どうすればいいんだ。


 たしか『水の龍』の時は、ラケットから手を放したんだっけ。

 わたしは慌てて床から手を放し、そのまま円から飛び退った。

 すると、激しくのたうっていた金色の円が光を失い、ふっと消えた。


「きさま、円を壊すつもりか!」

 ラインハルトに怒鳴られ、わたしは首をすくめた。

「すみません、そんなつもりは」

「くそ、めちゃくちゃだ。一日がかりで整えたのに……」

 ラインハルトが床を見てため息をついた。


 元はきれいな円を描いていたのが、伸びたり縮んだりして歪になっている。色もところどころ、焦げたような茶色や黒に変色している部分があった。


「……おまえ、『水の龍』が使えたのではなかったのか? それでどうして、このようなめちゃくちゃな魔力操作となるのだ」

「いや、そんなこと言われても。魔力操作とか、初めてなので、何もわからなくて」

 わたしの言い訳に、ラインハルトが「は?」と目を丸くした。


「すみません……」

 身を縮こまらせていると、

「おいエスター、どういうことだ。ルーファスはこいつに、魔力操作を教えなかったのか?」

 ラインハルトの言葉に、そう言えば、とエスターは考え込みながら答えた。


「ルーファス殿は、ユリ様の魔力適性を調べてはいましたが、魔力操作を教えている様子はありませんでした。ユリ様が呪いを祓えることから、おそらくルーファス殿は、ユリ様が使えぬのはこちらの魔法だけで、異世界の魔法は使える、すなわち魔力操作などの初心者向けの講義は不要と考えたのではないでしょうか」

 いや、そんな。最初っから「魔法なんて使ったことない」って言ってたと思うんですが。そもそも魔法がない世界からやって来たというのに、なんたる誤解。


 事情が飲み込めたらしいラインハルトは、はーっと大きなため息をついた。

「なるほどな。しかし、魔力操作からか……」

 遠い目つきになったラインハルトに、わたしは不安になった。

「あの、大丈夫ですか? わたし、魔法を使えるようになりますか?」

「……おまえは最初から魔法は使える。ただ、その使い方に問題があるだけだ」

 チッとラインハルトが舌打ちした。


「面倒くさい。もう実地で訓練するか」

「ラインハルト様!」

 エスターが非難するような声を上げたが、


「うるさい。どのみちハティスの森へ行くとなれば、実戦は避けて通れぬ。魔獣との戦いも、一度は経験済みなのだし」

「あれは結界付近にいた、魔獣とも呼べぬような小物です!」

 エスターの発言に、わたしはちょっとショックを受けた。


 そ、そうか。あれって魔獣の中ではかなりランクが低いやつだったんだ……。

 てことは、フツーの魔獣はもっと気持ち悪いのかな。ちょっとヤだ。


「おい、ユリ、明日は結界の外へ行くぞ。準備しておけ」

「え、準備ってどんな」

「傷薬、毒消し、体力回復薬、痛み止めに呪具だ。結界の外へ行くと侍女に言えばわかる。……エスター、明日はついてくるなよ」

 ラインハルトの言葉に、エスターが驚いたように言った。


「何故です? 私がいなければ、盾となる者がいないでしょう」

「だからだ! それが問題なんだ、おまえが庇ってしまえば、こいつは魔力操作を覚えられぬ!」

「だからと言って、そのようにいきなり……」

 ラインハルトはわたしを見て、ふん、と鼻を鳴らした。


「そうやって大事に守れば守るほど、こいつを元の世界へ帰すのが遅れるぞ。まさかそれを狙ってのことではなかろうな」

「何ということを!」

 エスターは珍しく怒ったような表情で言った。


「いくら殿下とはいえ、今のご発言は容認できませぬ! 撤回を!」

「……わかった、撤回する。その代わり、おまえも私の言うことを聞け。明日はついてくるな」

 エスターとラインハルトは黙って睨みあったが、最後はエスターが折れた。


「……わかりました。しかし、せめてルーファス殿をお連れください。彼は治療術も使えます。いざという時、役に立つでしょう」

「結界付近の小物相手に、そこまでせずとも」

「ルーファス殿を連れてゆかぬとおっしゃるのなら、やはり私が同行いたします」

 はあ、とラインハルトがため息をついた。


「頑固なやつだな、まったく。……仕方ない、ルーファスも連れてゆく」

 ラインハルトはわたしを見て、忌々しそうに言った。

「ユリ、明日は覚悟しろよ。みっちりしごいてやるからな」


 えええ……。なんか、それ、八つ当たり入ってないですか?



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