鬼は人ならず、人は鬼にあらず
「………………おい、綱」
「……………」
「……綱、聞いてあるのか綱…‼︎」
「………………フッ」
「貴様聞こえておるだろ綱ァ‼︎」
「茨木!やかましいぞ‼︎授業中だ‼︎」
「えぁつ…す、すいません……」
クラスの男子はケラケラ笑い、女子たちもクツクツと笑っている
(おのれ……渡辺綱…)
ミシ、と握ったシャープペンを思わずへし折りそうになるほどの怒り。おそらく今の自分の顔は茨木童子と瓜二つなのだろう。
茨木華としての人生は、茨木童子という鬼の転生のようなもので今ここにある。そこまではよかった。しかし―――
「……茨木、今は授業中だ。ここでやりあうと、生徒全員に迷惑がかかる。それが分からぬほど子供ではあるまい」
「…………く……」
平安最強の妖殺しの一族にして、源頼光の四天王、髭切の綱。それが何故か茨木童子の転生に合わせ、現世に現れたのだ。
「……………」
「…………………」
「………………………」
流石に、千何百年前からの怨敵であろうと、今は今の時代のルールに乗っ取り、隣の席になってしまった運命を呪いながら拳を強く握りしめて怒りを抑え込むが…
「…………くぁ…」
(あ、ダメだ。やっぱり殺そう)
パキ、と指の骨を鳴らすのは、茨木童子時代からのモノで、ぶっ殺そうと心の底から思った時の癖である。
(この男……長年の怨敵が隣にいるというのに、呑気にあくびなぞしおって…‼︎)
「……き、……らき…」
(大体なんだ、吾が甦ったからと言ってあの世からさせはんじる意味がわからん)
「……な?………華ッ‼︎」
「うぇあ⁉︎」
「授業終わりのあいさつ!さっさと立って!」
「あ、えっ?あっ‼︎ご、ごめん‼︎」
ガタガタを慌てて席を引き、そして引いた椅子に足を引っ掛け、しっかり後頭部から床に落下した。
「いっつぅ…」
再び教室は笑いに包まれ、あろうことか前の席の陽子にすら笑われている。
そして……恐る恐る隣を見てみれば………
「な、何を笑っておるのだ綱ァァ‼︎」
こちらとは逆の方向を向きながら、体をプルプルと振るわせている綱。素っ首切り落としてくれようか
「………茨木ィ…」
「ギクッ」
「お前……あとで職員室に来い」
「………………………………はい……」
※
「……ひどい目にあった…」
あのあと結局教科担当の教師にコッテリ絞られ、気持ちは空気の抜けた蹴鞠のように萎んでしまった。
「……もう下校時間か…帰ろ」
今日は部活も休みだし、さっさと帰って寝てしまいたい。
………そう、思っていたのに…
「む、ようやく出てきな茨木。少し付き合え」
廊下を曲がった先には腕を組みながら壁にもたれかかり、相変わらずの無表情で立っていた綱であった。
「貴様は吾のストーカーなのか⁉︎」
「何をいう。俺はお前に用があって探した訳では決して隠者ではない」
「ぬかせ‼︎もう我慢ならん!ここで……むぐっ⁉︎」
いきなり口を塞がれ、背は壁につき、逃げる事すら不可能な状況へと持ち込まれる。
「貴様、ここで殺すなどと口を裂いても言うな。退学になりたいのか、この阿呆め」
「むぐ‼︎むぐぐ…‼︎」
「やめろ、茨木華に俺の手をどかす事など出来ん」
「…………むぐ……」
萎んでいた気持ちが更に惨めな気持ちになり、さらに萎んでしまう。蹴鞠に例えれば空気は全部抜けてしまった。
「茨木、もう一度言うが、俺はお前に用があって来たのだ。決して貴様を付けてきた訳ではない。居場所も、検討がついていたからここにいた。いいな?」
「………むぐ」
不承不承、綱の言い分にも一理あると頷く。元々鬼は素直な生き物なのだ。
「それでな、この学舎の剣道部の者に立ち会いを挑まれてな」
「……ぷはっ……立ち合いだと?」
抑えられていた口を解放され、胃と肺に押し込められていた空気が抜け、心地よい解放感と共に、綱の言葉に疑問文を投げかける
「あぁ。何でも、お前をかけて勝負をしろとのことでな」
「………はぁ…?勝負だと?」
「ん?何だ、お前の知り合いではないのか?」
「生憎と、吾に剣道部の知り合いはおらぬ…いや待て、クラスに一人いたな。名は忘れだが」
「失礼なヤツだな」
「ぬかせ、本人の了解も得ずにそのような取り付けをする者に失礼もクソもあるものか」
「ふむ、それもそうだな」
「大体何だ、吾をかけて勝負など…貴様の勝ちが決まっている上に吾が貴様と夫婦になるなど、考えるだけで反吐が出るわ」
どちらが勝っても己の身がよく知らん相手か自分を殺した相手の物になるなど考えるだけで鳥肌が立つ。
「まぁ確かにな。すまん、邪魔をしたな。勝負は上手く断っておく」
「あぁ、そうしろ。吾は帰る…貴様のせいで気が削がれて敵わん」
そう言って、千五百年来の宿敵同士は、えらく平和的な別れ方をしたのだった。
※
「ただいま……」
「おかえりなさい、茨木様」
「おかえり華ちゃん。ご飯出来てるよー」
「ありがとう白。あ、八咫、荷物お願いしていい?」
「もちろんですよ、茨木様!」
「ありがと、じゃあ白、私手洗ってくる」
「いってら、箸並べとくね」
「ん、ありがと」
かつて、茨木童子には、四体の妖の家来がいた。そのうちの二人が、今ここにいる、今で言う中国から来た妖怪、『白澤、太陽の神と同列視される空の妖怪、『八咫烏』。
この二体の妖はどちらも超がつく長寿な種族で、あの人妖大戦から辛くも生き残り、現世まで生きていたのだと言う。
随分と寂しい思いをさせたなと、心から反省している。
(…他の眷属たちはどうなった、なんて聞けないよね……)
そんなことを聞けるのは酷く利己的な者か、己のことしか考えていない者かのどちらかであろう。
「………はぁ…」
生き残った者の苦しみは、痛いほどよくわかる。何故なら、茨木童子は大江山での決戦で、『死んでいない』からだ。
茨木童子は、酒呑童子が死ぬ間際、酒呑童子によって彼女と彼女の眷属四名と共に逃がされたのだ。眷属たちに、茨木童子を守れと主の夫としての命を与え、酒呑童子の首は京の都のどこかに封印されたと言う。そして――
生き延びた茨木童子は、酒呑童子の首を探し求め、『大閻魔・茨木童子』という名を冠した妖が生まれる事となり、その最後は、衰弱した所を、坂田金時、渡辺綱に討ち取られた。
「………茨木様…?」
ハッ、と弾かれたように顔を上げる。そこには、心配そうに瞳を揺らしている八咫の姿があった。
「ど、どうしたの八咫⁉︎」
「い、茨木様が…とても、とても…辛そうで…」
「ッ……」
生来、八咫烏には、人も妖も問わず心を見透かす能力があると言う。その能力がどれほどの精度かは知らない(というか教えてくれない)が、茨木童子の記憶を見られたことは、確かだった。
「……大丈夫よ、八咫。心配しないで、ね?」
「ほ、本当ですか…?ならいいのですが……」
むやみやたらに妖の心を読まないのは、八咫のいい所であり、自制の証だろう。
(………たまに無意識で覗いてたりするみたいだけど)
「そうだ、茨木様!白澤が料理が冷めるので急かしていましたよ。なるべくお急ぎ下さい!」
「うん、ありがとう。すぐ行くわ」
パタパタとリビングの方へ駆けていく八咫。あれでも一応四眷属の中で二番目に年上なのだが。
※
「それでねぇ〜、俺そろそろ新しい薬作ろうと思っててさ」
「へぇ〜、白の新薬かー、どんな効能なの?」
「それはまだ企業秘密かなー?」
「あ、白澤、醤油取ってください、届かないです」
「ハイハイ、どうぞ」
こうして見れば、この大妖怪の集いすら、外見だけ見ればただの人間の家族のように見えるのだろうか。まぁ人間と同じに見られるのは屈辱なのだが。
「そーいえば華ちゃん、今日は学校で何か面白いこと無かった〜?」
「………………っあ〜……」
「……どうしたのですか?茨木様」
「……綱が来た」
「「ぶっ…⁉︎」」
白と八咫、同時に飲んでいた味噌汁を吹き出し、咳き込む。
「つ、綱って……あの渡辺綱かい……⁉︎」
「渡辺綱……‼︎茨木様、何かされませんでしたか⁉︎」
「え、えぇ…まぁね…」
まぁ、案の定な反応といえばそうなのだけれども、この眷属二人は私の事をだいぶ心配してくれている。
「全く…華ちゃんはもう少し警戒心を持った方がいいよ…」
「全くです!茨木様、今すぐ殺しに行きましょう‼︎」
「待って、落ち着いて八咫!白も、私ちゃんと一回殺そうとしたくらいだから大丈夫よ‼︎」
だいぶ物騒な話になってきたけど、私は警戒心がなかった訳じゃない。むしろ一日に数回殺そうと思ったくらいだし。
「とりあえずお味噌汁拭かなきゃね」
台所からテーブル拭きを持ってきて、白と八咫が吹き出した味噌汁を吹き始める。
「お、おやめください茨木様!僕達が拭きますよ!白澤!手伝ってください!」
「そうだね、俺たちがやっちゃった訳だしね」
「二人とも…別に気にしないでいいのに――」
「「いいえ、やらせていただきます!」」
「………じゃあ、お願いね」
流石にこの二人の強い忠誠心には元鬼の私も若干の狂気を感じて顔を引き攣らせながら、手を引く。
「――――――あ、味噌汁美味しい」
ズズズ、と、|白が作ってくれた味噌汁に口をつけ――――
「そういえば華ちゃん、酒呑童子様の新しい情報が入ったよ」
「ぶふッッ⁉︎」
先人…否、先妖と同様に机にぶち撒ける。あーあ、美味しい料理がぐっちゃグチャだ。
しかし、今の茨木華に、そんなこと―――結構大変だが―――を気にしている余裕はなかった。
「何でも、酒呑童子様が転生なさったとか…華ちゃん?聞い――っぐ⁉︎」
「白……その言葉、真であろうな?」
「く、薬を買いに京都から来た妖からの情報提供だから…まだ裏は取れてないけど…待って、苦しい苦しい」
「っは…あ、ご、ごめん白‼︎」
我に帰り、思わず締めていた白の胸元を慌てて離し、八咫に状態を見てもらったのち、私を含めた三名は机を片付け、落ち着いて座り直す。
「それで……酒呑童子が転生したというのはどう言う事なのですか?白澤」
「さてねぇ……俺もまだ裏取りもしてないからわからないけど、京都の何処かってのは聞いたよ」
「………なるほど…まだ確信があるって訳じゃないのね?」
「うん、まぁでもそうだな。酒呑童子が復活したとなれば妖達の動きは活発になるだろうね…どんな形であれ、彼は大江山を時に武力を使えど、カリスマで治めた大妖怪だったしね」
「……私、今度学校の修学旅行で京都にいくの」
「「………‼︎」」
「だからその時、色々聞いてみるわ。茨木童子の名を使えば、酒呑の噂も耳に入るはずだし…って、二人とも?」
我ながら名案、と思ったのだが…二人の顔は一気に曇ってしまった。
「華ちゃん…悪いことは言わないから、それはやめたほうがいい」
「えぇ…僕も今回は白澤と同意見です」
「え、なんでよ⁉︎」
自分で言うのも何だが、茨木童子は酒呑童子の妻で、妖怪達の上に君臨していた存在。それが転生したとなれば酒呑童子と同じ扱いを受けるはず……
「それが問題なのです、茨木様」
「八咫、また読心モードに入ってるよ」
「あっ…申し訳ありません茨木様!」
地に頭を擦り付けながら深々と土下座する八咫。これが太陽神と同列視される八咫烏と思うと少し面白い
「ってそうじゃなくて、八咫、顔上げなさい。全然気にしてないから!」
「し、しかし…今日だけで二度も茨木様のお心を…」
「八咫、それ以上は華ちゃんの機嫌損ねるだけだからやめておいたほうがいいよ」
「そうね、そこまでよ、八咫」
「………申し訳ありません…」
顔を上げた八咫の顔は涙と鼻水で顔が水溜まりのようになっていて、現世で言う軽いホラーのようになっていた。
(……まぁ、お化けより妖怪の方が断然怖いけどね)
「それじゃ、カオスな空気が収まってないけど、どうして私が茨木童子として名乗ってはいけないのか…教えてくれるわよね、白」
「………そうだね、八咫は使い物にならなそうだし俺が説明しようか」
「……理由は、華ちゃんが『人間』になってしまったことに由来するんだ」
……そういえば、綱もそんなことを言っていた。
『人間のお前に、俺の腕をどかすことはできん』
ギリっ、と今日何度目かわからない強い歯軋り。やはりあの男は思い出すだけではらわたが煮え繰り返る。
「……そして、もし華ちゃんが誘拐されれば、酒呑童子は必ず出てくる」
「……え?それは良くない?だって私達の目的は―――」
「はい、酒呑童子様が現れてくださる点に関しては全く問題無いのです」
顔を拭き終え、解説に乱入してきた八咫に、白が『まだ俺の解説ターンなのに〜』と愚痴をこぼす。
「うるさいですね…いいじゃないですかちょっとくらい。僕今日いいとこなし何ですから!」
「もー…しょうがないなー、君、俺より一応年上でしょうが」
「ハイハイ脱線しない。今は私達の主の話してるんだから、ちょっと緊張感もちなさい」
「「はーい」」
うん、こう言う時は意外に素直。流石私の四眷属…まぁ、聞き分けの良さは酒呑の眷属には負けるけど……
「それでえっと……どこまで話しましたっけ」
「酒呑が現れるのは良くない?ってとこまでね」
「あ、そうでした。えっとですね……もし茨木様が誘拐されれば酒呑童子様が現れます。それは必ず」
「そうね、私も酒呑も互いにべったりだったし」
「ですが…酒呑童子様の復活を望まぬ妖たちもおります故…」
「……は⁉︎そんなヤツ…あっ、」
「あ、華ちゃんわかったみたいだね。そ、あの狐の一派だよ。確か…今の名では…」
「………玉藻前…‼︎あのクソ淫乱女狐か……‼︎」
玉藻前、戦国の日の本や、今の中国に出没した、クソ淫乱妖怪。その外見こそ傾国の美女と言われるほど美しいが、その腹はブラックコーヒーの何倍もどす黒い。酒呑にも言い寄ったけど、その時私がいたし、一夫多妻は人間のそれであった上に、その黒い面を酒呑に見抜かれ日の本から追い出されるに至った。哀れとすら思えぬ女だ。
「…まぁ、あの女狐が酒呑を狙ってるってわけね?」
言い当てた、と思いきやまた二人して顔を横に振り、私の推理を否定される。辛い
「おそらく玉藻前が狙ってるのは酒呑童子様ではなく、華ちゃんだよ。アイツは、酒呑童子をモノに出来なかったのは茨木童子のせいと喚いていたからね」
「……あー、そういえばそんなことあったわ〜…」
「と、言うことで華ちゃん。修学旅行先では茨木童子の成れと知られないように振る舞ってね?」
「いやでも…綱居るし」
「「………あ〜……」」
二人揃って『そういえばそうだった、殺さなきゃ』みたいな顔をする。いやまぁ同意見だけどもね?
「なら、八咫が鳥に変化して華ちゃんについて行ったら?八咫烏に戻らない限りバレないでしょ」
「ずっと烏が付いてくる女子高生なんて怪しまれない?」
「そこはお任せ下さい!こっそりついていくので!」
……ほんとに大丈夫だろうか。
「それじゃ当面の予定と意見がまとまったところで…寝よっか、俺薬の仕上げ残ってるし」
「そうね、私も明日早いし?」
「僕も明日はバイトのシフト入ってますし…うわ、一日ぶっ通しの日だ…確かに今は稼ぎ時だけど…」
「「「……………」」」
みんな、だいぶ現世に染まったんだなぁ、と、あっため直した味噌汁を啜りながら私はそう感じるのだった…
みなさんこんにちは!鬼蠍でございやす!最近ちょっと似てる小説を書店でみっけてクソびっくりしましたね。内容は読んでないんですけど、今度買ってみたいなぁ、と思うわけなのですが、金欠なんですよねぇ(笑)
もし内容がダブってたらあれなんですけど……まぁ、ちょいちょい更新していきたいと思っておりやす‼︎
それでは‼︎