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《聖女》のスキルが発動し女になった俺、《勇者》との婚約を命じられてしまう

作者: マクセ

TS聖女と残念勇者と、その従者の話。


 俺の名はエージェ。王都外れの村に住まう、平凡な村人Aだ。毎日毎日、クワを片手に農作業に勤しむ平和な日々。


 ああ、なんか面白いことでも起きねえかなあ。


 ……と思っていたのは昨日までの話だ。


「まさかこの村から《聖女》が輩出されるとはのう」村長はその長い髭をぶらぶら揺らしながら、ポンと俺の肩を叩く。「村長として嬉しい限りじゃ」


「村長、あんた自分の発言よーく見直してみろよ」俺はため息を吐きながら村長の手を払う。「何が聖女だ、俺は男だぞ」


「エージェ、お主の方こそ鏡を見直してみたらどうじゃ」


 村長は用意周到に持ってきた手鏡を俺に向ける。


 何度見ても慣れるもんじゃない。


 その鏡の中には、金髪ロングの巨乳でスレンダー、穢れも知らない清楚な美少女が映っているのだから。


「どこからどう見ても《聖女》じゃろうが」


 話はほんの数刻前まで遡る。


 いつも通りベッドの上で目を覚ました俺は、何やら自分の身体が発光していることに気がついた。その発光っぷりはどんどん輝きを増していき、周囲がホワイトアウトするほどの眩い光にまで発展し、


 それが止んだ時には、俺の姿形は変貌を遂げていた。


 どこにでもいる平凡な村人Aだった俺は、100人集めたら100人が認めるような絶世の美少女に変貌していたのだ。


「……まあいいさ、それは分かった。俺がなんの因果か女になっちまったってのは十分理解したよ」俺は手鏡を押し返す。「でも、それがなんで《聖女》だって話に繋がるんだ」


 そもそも、聖女ってなんなんだよ。


「聖女とは、《勇者》とともに魔王を封印せしものじゃ。ある日突然その力に目覚めるという話じゃったが、まさかお主がそうだったとはのう」


 いや……力が目覚めるとかいうレベルじゃねーだろ。顔から性別から何もかも変わってるんだけど。なんで男が聖女に覚醒するんだよ。


 とはいえ、俺自身、妙な力が備わったことは自覚していた。今まで魔法の魔の字も書けなかった俺だが、身体の内側から魔力のみなぎりを実感できる。


 俺、ホントに聖女になっちまったのか……?


 耐えがたい現実にわなわなと震える俺。


 すると、頭がポンポンと優しく撫でられた。


 顔を上げると、見知らぬパツキン男子が白い歯を見せて俺に笑いかけている。


「キミが僕のフィアンセかい?」パツキンはキザな口調でそう言う。「駄目だよそんな顔しちゃ、せっかくの綺麗な顔が台無しだ」


 そう言って、俺の顎を撫でる。


 ぞぞぞぞぞわ〜!!!!


 爪先から頭まで、一気に怖気が走った! きっと今の俺はどんな鳥よりもチキン肌なことだろう!


「な、なにすんだテメェ!」俺は反射的にそいつから距離を取る。「おい村長! 誰だこの変態キザヤローは!」

 

「彼は勇者ロックス」村長はにっこり笑って言う。「お主の結婚相手じゃ」


 ロックスとやらは「イエス」と短く言い、再度白い歯を見せて笑う。


 ……誰か夢だと言ってくれ。



◆◇◆



 目に悪い原色の金髪に、むかつくくらい整った顔立ち。キザな言動が目立つ軽薄そうなこの男は、どうやら《勇者》らしかった。


 聖女とは勇者に仕えるもの。


 俺は、王都からやってきたこの勇者ロックスとの結婚を命じられたのだった。


 ゴーンゴーンと祝福の鐘が鳴り響く。教会内部には村人が総員集まっており、中には涙を流して喜んでいるものもいる。


 俺は勇者ロックスと腕を組んで、牧師の前に立たされていた。ちなみに牧師は村長だ。


「病めるときも健やかなるときも、2人愛し合って生きていくと誓うかの?」


「誓うわけねーだろボケジジイ」


 俺は左手で村長の目を突く。しかし、ボケジジイは華麗な身のこなしでそれを避ける。


「なにするんじゃ、失明するかと思ったぞい」


「なにするはこっちの台詞だ。なんだこの急展開。出会って2秒で結婚式って聞いたことねーぞ」


 突然女になるわ、村人総出で最速最短の結婚式を開かれるわ、なんだこの悪夢は。まったく意味が分からないぞ。


「照れることはないさマイフィアンセ」右隣のロックスが眉を上げて言う。「ま、それがキミのかわいいところでもあるんだけどね」


 ロックスの目を突く。こっちはクリーンヒットした。彼は倒れ込み、悶えながらレッドカーペットをごろごろとしている。


「な、なにをするんだいエージェ。失明するかと思ったよ」


 俺は軽蔑の目線でロックスを見下す。すると、彼は「こういうのも悪くないな……!」と何か別の扉を開きかけていたので、お望み通り踏ん付けてやった。


「エージェよ、そう取り乱すでない」村長が俺を嗜める。「これは古くから伝わる“しきたり”なのじゃ」


「あ? しきたり?」


「勇者と聖女は結ばれなければならん。それが神の定めたルール」


「はあ? もともと男なんだぞ。こんなキザヤローと結婚なんかできるか」


「お主の意思も、性別も関係ない。ルールには従えエージェ。お主には勇者と子を成す義務がある」


「村長サンの言う通りさ」目潰しから復活したロックスが俺の肩を掴む。「キミと僕は結ばれなくちゃいけないんだよ」


「お、お前が一番おかしいぞ! 俺は元男なのに、それでお前はいいのかよ!」


「むしろアリだね」


「性癖のデパートかテメーは!」


 すると、周りで見ていた村人連中が、手拍子とともに「キース! キース!」と盛り上がり始める。ふざけるな、と言う間もなく、ロックスは目を閉じて顔を近づけてくる。


 な、なんだよこれ……どうなってんだ……!


「こんなしきたり認めねーぞ! 俺は断じてノーマルなんだ!」


 俺は叫ぶが、キスコールは止まらない。ロックスの顔の前進も止まらない。村長は慈愛の表情でガッツポーズを決め込んでいる。


 お、終わった……まさか俺のファーストキスがこんな男に奪われるなんて……!


「お待ちください、村長殿」


 俺とロックスの唇が触れ合うほんのコンマ数秒前に、毅然とした声音の女性の声が教会内に響く。その声に反応して、ロックスの顔が止まる。


 振り向くと、ザ・女騎士みたいな格好をした赤毛のポニーテールの女が立っていた。


「ぬぬ、何者じゃ。愛の儀式に水を差しおって」


「私はその勇者ロックスの従者」彼女は言った。「名をルーンと申します」


 そしてつかつかとロックスに詰め寄り、首根っこを掴んで俺から引き剥がした。


「な、なにをするんだいルーン」


「ロックス様、どうして私を置いて行ったのですか。お父様に叱られるのは私なんですよ」


「く、苦しっ! 首絞まってる絞まってる!」ロックスはじたばたと抵抗する。「護衛なんかいらないよ! 僕は念願の聖女様と永遠の愛を誓い合っている最中なんだ! 邪魔するな!」


「邪魔立てするつもりはありません。ですが、誓いの口づけは後にしていただいた方がよろしいかと思います」


 よく見ると、ルーンとやらは少し息が荒い。どうやら急ぎの用があるらしい。


「王都より通達です」彼女は言い渡した。「先刻、魔王が復活したとのこと」



◆◇◆



「ルーン、なにもキミまで着いてくる必要はなかったんだよ。僕らの婚前旅行を邪魔しないでくれ」


「どこの世界にデッドマウンテンに婚前旅行に行くカップルがいるのですか」


 俺、ロックス、ルーンの3人は、道無き道を歩む。


 ここはデッドマウンテン。(かすみ)のように漂う黒い瘴気と、魔物たちが蔓延る死の山。物語も終盤に訪れるであろう、なんか凄そうなダンジョン。

 

 この頂上に、復活した魔王はいるらしいのだ。


 山登りもダンジョンも未経験の俺は、早々に息を切らしていた。


「て、展開、早すぎだろ……」


 俺はたった数時間前まで単なる村人Aだったはずなのに、やれ聖女だの、やれ結婚式だの、その前に魔王を倒してこいだの……正直ハイスピード過ぎて身体も心もついていかんぞ。


 勇者であるロックスと、その従者であるルーンはまだまだ全然余裕そうだ。


「お疲れのようだねマイフィアンセ」


「当たり前だろ、お前ら基準で考えるな」


「どれ、ここは一つお姫様だっこでもして」


「えい」


 ぷすっ。


「め、目がっ!」


 懲りねえやつだな。何回セクハラしてくるんだよ。目潰しを喰らったロックスはまたも転げ回る。


 ここに来るまでの数時間で、分かったことが2つある。


 1つに、このロックスという男は無類の女好きだ。見かけた美人には誰彼構わずナンパをしかけ、そのナルシズムを遺憾なく発揮する。そして大抵はルーンにそれを咎められる。


 まあ、俺みたいな元男にも発情するような変態だし、予想はできていたことだが。


 そしてもう1つはーー


「グルオオオッ!」


 突如として俺の前に現れた凶悪な魔獣を、ロックスは目にも止まらぬ速さで叩き斬る。


「僕のフィアンセに何をする」


 ーーこいつ、めちゃくちゃ強い。


 勇者なんて名ばかりの坊ちゃん剣術師かと思っていたが、その実力は折り紙付きだ。ほとんどの魔物を一撃で葬り去る無双っぷりは、はっきり言って頼りになる。


 そのおかげで、俺の聖女としての力、聖魔法による回復は一切必要ない。なんのために着いてきたんだ俺。


「聖女様の役割は、魔王の放つ闇のオーラを払拭することです」ルーンが言う。


「闇のオーラ?」


「魔王の周りに漂う瘴気のことです。それを取り除かねば、勝負にすらなりません」


 なるほど、俺の聖魔法が闇を払い、ロックスが直接対決に臨むと。だから連れてこられたのか。


「簡単に言うと、聖女様の役割は空気清浄機のようなものですね」


「真面目そうに見えて結構ウィットに富んだこと言うねあんた」


 その後もロックスの無双は続いた。「僕の美技に見惚れるがいい!」とか「勇者の剣のサビになれるなんて、光栄だと思わないかい!?」とか、すげえうぜえことばっかり言ってるけど、強いもんは強い。


 俺と従者ルーンはそれを見守っている。


「見ての通り、ロックス様は軽薄な男ではありますが、歴代最強を謳われる勇者」彼女は言う。「聖女様の夫として、足るべき素質を持っていることは事実です」


「……そのことだけど、なんで俺とあいつが結婚しなきゃなんないの?」


 そこが疑問だった。俺とて魔王を倒すために協力するのはやぶさかではない。だが、勇者と結婚しろというのはどうにも納得できない。


 別にいいじゃないか、結婚なんかしなくたって。


「それは、我々が魔王を“討伐”に行くのではなく、“封印”しに行くからです」


 そう言って、彼女は俺が首からぶら下げている紋章の形をしたブローチを指さした。


 これは結婚式の途中、『僕からキミへの愛の証だよベイビー』と言われてロックスから貰ったものだ。


「それは封印の紋章。魔王を封じ込めるための魔道具です」


「へー、こんなチャチなもんがねえ」


 俺は落ちかけた陽の光に照らすようにして、まじまじと紋章を見る。どこからどう見ても場末のお祭りで売っている安物のアクセサリーにしか見えないのだが。


「ちなみに売ったら10億くらいします」


「じゅっ……!?」


 思わず背筋が寒くなる金額だった。


 10億て、なんじゃそりゃ。何でできてんだよこれ。


「魔王を閉じ込めるためのものですから」


「は、はあ」


「ですが、10億の力をもってしても魔王はいずれ復活します。今回のように。ならばこちら側も新たな勇者を用意しておく必要があるでしょう」


 新たな勇者……新たな勇者ってもしかして。


「そう。勇者と聖女の成した子供が、次代の勇者となるのです」


 勇者と聖女が魔王を封印する。その2人が作った子供が次の勇者になり、復活した魔王を再び封印する。


 その繰り返しで世界の平和は保たれている。


「もちろん、ロックス様の御両親も前代の勇者と聖女です」


「だ、だからって、俺にあいつの妻になれなんて、そんなもん」


「エージェ様。これは根拠のない“しきたり”などではありません。世界を救い安寧を保つための“システム”なのです」


 ですからどうか、ロックス様を受け入れてください。


 ルーンは淡々とそう言った。


「見ていたかい、エージェ! 僕の華麗なる活躍を!」


 いつの間にかロックスが全ての魔物を倒してしまっていた。無傷で帰還した彼は、功績を褒め称えられることを期待している。


「……あ、ごめん。全然見てなかった」


「え」ロックスは肩を落とす。「せっかくキミに格好いいところを見せられたと思ったのに」


「申し訳ありませんロックス様。ガールズトークに花を咲かせておりました」


「誰がガールだ」俺はツッコミを入れる。


「そうだぞルーン! エージェはガールなんかじゃない、立派なレディだよ!」


「レディでもねえ!」


 そうだ、俺はガールでもレディでもない。


 ……けれど、フィアンセにはならなければならないのかもしれない。



◆◇◆



「今夜はここで野宿だね」


 岩山の側道に面する広い洞穴の奥で、俺たちは寝支度を済ませる。と言っても、毛布と薄布を組み合わせただけの簡易的なものだが。


「寝ちゃっていいのか? 魔物に襲われるだろ」


「心配無用です。私とロックス様が交代で見張りをしますから」


「本当は僕1人で十分なんだけど、出しゃばりの従者が言うこと聞かなくてさ」


 そう言って、ロックスは洞穴の入り口の方に歩いていく。


「あ、でもエージェは魔物じゃあなくて」彼はくるりと振り向くと、バチッとウィンクを決めて言う。「僕に襲われちゃうかもしれないけどね」


「キモいうえにウザい」


「ウザいうえにセンスもないですね」


 俺とルーンに酷評を喰らったロックスはとぼとぼ歩いていった。下ネタで滑ったときの空気はいたたまれないものがあるよな。


「あいつバカだよな」


「ええ、バカです」


「従者が主人を悪く言っていいのかよ」


「事実を申し上げているに過ぎません」


「その言い草が一番酷いと思うぞ」


「一言で申し上げると、カス野郎ですね」


「どんどんヒートアップしてきた」


「産まれた瞬間から彼の側にいましたから、バカさ加減に関しては痛いほど知っております」


 彼女によると、彼はところ構わず女に告白しまくるものの、変態ナルシストっぷりが発覚して3日以内に振られるらしい。だから、付き合った人数は3桁を超えるものの未だに童貞なんだと。カス野郎っつーかいろいろと残念なやつだな……。


「そのくせ、従者である私には強く当たります」


「それはカスだ」


「ですが、まあ、良いところがないわけではありません」


「たとえば?」


「強いところとか……あとは、強いところとか」


「強いところしかないんかい」


「とにかく、悪人ではないことだけはこの従者が保証いたします」そう言って、彼女は俺に毛布をかけてくる。「これから長きを共にする仲です。どうか彼を愛してあげてくださいませ」


 んなこと言われても、未だに受け入れがたい。俺があいつと結婚して、あいつの子を宿すだなんて想像もしたくない。身の毛がよだつ。気味が悪い。


 確かにあいつは悪い奴じゃない。今日だけで何度も守ってもらったし、頼りになる男だ。最悪だった第一印象もだいぶ薄れてきてはいる。実際、剣を振るっているときの英雄然としている彼には憧れさえ抱く。


 でも、だからってときめいたりはしない。結局どこまでいっても俺は男なんだ。身体が女になっただけの男だ。


 友人にはなれても、恋人にはなりたくない。


 好きになれなんて無茶言うな。


「なあルーン」


「なんでしょう」


「なんであいつは、俺のことが好きって言えるんだ」


「さあ」ルーンはその時、初めて笑った。「バカだからじゃないですか」


 だろうな、と言い、俺は目を閉じた。



◆◇◆



「……ジェ! エージェッ!」


 身体がゆさゆさと揺さぶられる。


 何事かと目を開けると、血相を変えた表情でロックスが俺を呼んでいる。ぼーっとした頭の中、こいつってこんな顔もできたのか、とか考える。


「な、なんだ、どうしたんだよ」


「早く来てくれ! ルーンが……ルーンが」


 彼に手を引かれ、洞穴の入り口へと走る。どうやらまだ夜だ。何があったのだろうか。


 その惨状を見て、俺はようやく目が覚めた。


 魔物の死体がそこらじゅうに広がっており、その傍には、


 深傷(ふかで)を負い、血にまみれたルーンが倒れていた。


 群れから襲撃を受けたんだ。


「頼むエージェ、早く彼女を」


「あ、ああ」


 俺は彼女の傷を確認する。肩口から袈裟斬りされたように深く斬り付けられており、思わず目を背けたくなる。普通なら間違いなく致命傷だ。


 冷や汗がにじみ出る。


 治せるのか、こんな傷。


 俺は見様見真似で手をかざし、湧き上がる力に従って魔力を込める。これで合っているのかどうかも分からない。だが、それでもひたすらに魔力を込め続ける。


 すると、みるみるうちにルーンの傷は塞がっていき、


「う……」


 彼女は息を吹き返した。


 自分でやったことなのに、俺は目の前の事象を信じられずにいた。


 これが聖なる力。


「ルーン! 聞こえるか!」ロックスが声をかける。


「ろ、ロックス様……?」


 まだ完全には治りきっていないのか、身体を起こしかけたルーンが苦痛に顔を歪ませる。俺は継続して魔力を込め続け、治療に専念することにした。


 ロックスの顔から焦りが消え、安堵の声が漏れる。それでもいつものようなおちゃらけた態度には戻らない。


「だから着いてくるなと言ったんだ」


「も、申し訳ございません……実力不足を自覚できていませんでした。お2人を危険に晒して」


「そういうことじゃない」彼はルーンの手を握る。「そういうことじゃ、ないんだよ」



◆◇◆



 回復が済んだルーンは寝息を立て始めた。おそらく、治癒には当人の体力を消費するのだろう。洞穴の奥から毛布を持ってきて、彼女の上にかける。


「ありがとう、エージェ」ロックスは俺の手を握る。「キミには迷惑をかけた」


「それは今更だろ」


「はは、そうだね。さあ、キミももう寝るといいよ。見張りは僕がやっておく」


「いや、もう目が冴えちまった」


 起き抜けにグロ映像見せられたら、嫌でもそうなる。俺はもう少し起きていることにした。


 月明かりの夜空を眺めてみる。魔王との決戦前夜だというのに、嘘みたいに綺麗な星空だ。俺は全然ロマンチストではないから、こんなのを見ても何も思わないが、もし詩人がこの夜空を見たなら、巧みな表現力で感動を伝えてくれるのかもしれない。


 横を見ると、ロックスは夜空ではなくルーンの寝顔を見ていた。昼間はあんなにお喋りだった彼だが、今は何も喋らない。微笑むでもなく哀しむでもなく、ただ黙って彼女を見つめている。


 俺の視線に気づいた彼は、取り繕うように軟派な表情を見せる。


「つ、月が綺麗だねマイフィアンセ」


 嘘つけ、テメーは月なんかひとつも見てなかったじゃねーか。


「知っているかい、東国にはこういう婉曲表現があって」


「ロックス」


「ん?」


「お前、俺のこと好きか」


「あ、当たり前じゃないか! 言わせたがりかキミは! 顔も性格も乳も最高だよキミは!」


「はいはい、もうそういうのいいっつーの」俺はふっと鼻を鳴らして笑う。「お前、本当はルーンが好きなんだろ」


 俺のその言葉に、ロックスは目を丸くした。


「な、何を言うんだ。ルーンはただの従者だって」


「取り繕うな大根役者。だからテメーは3桁フられるんだよ」


「なんでそのことを!」


「ルーンに聞いた」


「あいつ、そんなことまで話してたのか」


「女癖の悪い童貞で、従者にだけは偉そうにする最低最悪のカス野郎だとも言っていたな」


「想像以上に陰口言われてた」


 まあ一部盛ったが、大体事実だしいいだろう。


「わざとだな」


「え」


「お前はわざとルーンに嫌われるように振る舞ってんだ」


 ロックスはルーンと結ばれないことを知っていた。時期が来れば、この世界のどこかで覚醒した聖女と結婚せざるを得ないことを知っていたんだ。


 だから彼女と距離をとって、女だったら誰でもいいってキャラを通して、俺とノリノリで結婚しようとして、


 そんで誰も真実を知らないままのハッピーエンドを作り出そうとしたんだろ。


「……どうして分かったんだよ」ロックスはバツが悪そうな顔で言う。


「オンナの勘だ」


 んなもん見てりゃ分かるわ。複雑そうな顔してルーンのこと見つめやがって。


「……だって、仕方ないじゃないか。そうするしかないんだ。僕は勇者として、聖女と愛を誓い合う必要があるんだ。そういうふうに生まれてきたんだ」


「くだらねえな」


「くだらないだと? 馬鹿言うな。それはキミが僕の生きてきた環境を知らないから言えるんだ。父も母も、爺ちゃんも婆ちゃんもみんなそうしてきたんだ」


「それがくだらねえっつってんだよ」


 俺はロックスから貰った紋章のブローチを、首からブチッと引きちぎる。


「しきたり? システム? そんなもん知らねえ」


 立ち上がり、ブローチを右手に込めて投球姿勢をとる。


「悪いが、これで婚約破棄だ!」


 そして、谷底の深い闇に向かって思い切りぶん投げた。


 さらば10億。


 封印の紋章が音も立てずに落ちていくのを見届け、ロックスは呆然とした表情で動けなくなる。その後わなわなと身体を震わせて頭を抱える。


「何をしているんだエージェ!? これじゃもう魔王を封印できないじゃないか!」


「ああ。お前と結婚するくらいなら封印なんかしない」


 お、終わりだ〜! とがっくり膝をつくロックス。


「封印は、しない」


 その含みを持たせた言い方に、彼は怪訝そうな表情で顔を上げる。


「なあロックス。ルーンはこうも言ってたぜ」俺は不遜に笑って言う。「お前のいいところは、強いところだってな」


 (ひざまず)いた彼に、すっと手を差し伸べる。


「聖女ってしきたりも、勇者ってシステムも、俺たちが終わらせるんだ」


 お前は明日、本物の勇者になるんだ。



◆◇◆



「ククク……来たか勇者」


 明くる日、やっとのことで頂上に辿り着いた俺たちは、復活した魔王の前に立っていた。魔王は更地の上に黒い椅子を立てて、そこに踏ん反り返って座っている。


「来るに決まっているだろう。僕はイケメン金髪美少年、歴代最強の勇者だからね」


「それ、貴様の父親も同じことを言っていたぞ」


「毎年更新される最高気温のようなものさ。いわゆる風物詩だ」


「ククク……なるほどな」


 すげえ馬鹿みたいな会話をやけにシリアスにやっている2人。俺とルーンは一歩下がってその様子を見ている。


「ところで魔王、オーラを展開しないのかい?」


「ククク……そんなものにはどうせ意味がないのだろう」魔王はドヤ顔で言う。「そこの聖女が何か光出して、オーラ無効化されて、軽く戦って、じゃあ封印しますかで終わるじゃないかいつも」


「は?」


「もう抵抗せん。さっさと封印してください」


 そう言うと、魔王は両手を挙げて降参のジェスチャーをとった。


「そ、それでいいのか!?」


「それでいいわ! もう飽きてるからこっちは! お前たちは全てが新鮮フレッシュマンかもしれないけど、我は全く同じ展開何百回と経験してるからね」


 俺は魔王のあまりのカリスマ性のなさにドン引きしてしまった……なんだよこいつ、完全にやる気を失っているじゃないか。


 どうやら俺の予想以上に、魔王の封印はシステム化されていたようだ。封印される当人が飽きるほどに、流れ作業の繰り返し。そういうマニュアルがあるのだろう。


 ……こいつ、倒す意味あんのかな。


「無抵抗とは驚きです」ルーンが言う。「しかしこれは絶好の好機。お2人とも、封印の準備を……」


 ルーンの言葉を無視して、俺は一歩前に出る。


「おい魔王」


「なんだ聖女」


「お前ってちゃんと悪い奴なの?」


「当たり前だろう、魔王だぞ我」


「もし、俺たちがお前のこと見逃すって言ったら?」


「そりゃ、この世に生きる人間全てを皆殺しにして回るだろうな! フハハハハ!」


 よし、悪い奴だな! そしてバカだ!


「だったら、俺たちも潔くお前を倒せるってもんだぜ」


 俺はロックスに目で合図する。


 ロックスは目にも止まらぬ速さで魔王に飛びかかると、剣を振り下ろして重い一撃を与える。魔王はとっさに反応し、その鋭い鉤爪で受け止める。


「……なんのつもりだ、貴様ら」


「僕たちはキミを“封印”しにきたわけじゃないよ」ロックスは言う。「“討伐”しにきたんだ」


 その言葉に、一番驚いたのはルーンだった。


「何を言っているのです!? 魔王の完全討伐など、危険です! お下がりください!」


「下がったところで何もねーぞ」俺は言う。「あのブローチ、捨てちゃったから」


「はああ!?」


「俺たちに残された道は、魔王を倒して世界を平和にすることだけだ」


 ここから先はシステムもマニュアルもない。


 勇者&聖女VS魔王のガチンコ対決だ。


「ククク……なるほどな、面白い」魔王はそれを聞いて笑う。「血湧き肉躍るぞぉぉぉ!!! 勇者ぁぁぁぁ!!!」


 途端に、魔王の身体から黒色のオーラが発せられる! 更地全体を包み込むような不快な領域! 触れるもの全ての生命力が奪い取られる感覚!


「てめぇぇぇ!!! さっきはもうオーラ出さねえとか言ってただろうがぁぁぁ!!!」


「ケース・バイ・ケースという言葉を知らんのかぁぁぁ!!!」


 俺は聖なる光を両手から展開し、闇のオーラを打ち消す! 


 聖なる光と闇のオーラは互いに拮抗し続ける。


 俺の役目はこの状態を維持することだけ。


「な、なぜこのようなことを……」ルーンが言う。


「あんたのためさ」


「え……?」


「あいつは今、あんたのために戦ってるんだぜ」


 久々の別パターンに興奮を隠せない魔王。


 負けじと聖なる光で対抗する聖女。


 突然の急展開に困惑するしかない従者。


 そして、己の倒すべき敵をしっかりと見据える勇者。


 頼むぞロックス。


 あとはお前の頑張り次第だ。



◆◇◆



 戦いは3日3晩続いた。


「な、なかなか……やるではないか、勇者よ」


「ま、魔王の方こそ……粘るじゃないか」


 2人は既に疲労困憊。俺も困憊。3徹はキツい、さすがに。


「ク、ククク……分かるぞ勇者……! 貴様の命の灯火は消えかけている……!」


 この3日間で、俺は何度勇者を回復させたか分からない。もはや俺もMP切れ……魔王ってのはこんなにタフなのかよ……そりゃ、マニュアル作って封印しようと思うわな。


「ククク、フハハハハ……! この勝負、我の勝ちだ! なかなかに楽しめたぞ……!」


「ぐっ……!」


 ロックスは既に立つことすらままならない状態だ。気力だけで必死に耐え続けている。それは魔王も同じことだが、おそらくロックスの方が先に限界がくる。


「いいや、俺たちの勝ちだぜ魔王」


「何を言う、聖女……勇者も貴様も既に使い物には」


「いるじゃねえかもう1人」俺は言い放つ。「勇者の真のパートナーが」


 倒れかけたロックスの身体を、支える赤毛の女がいた。


「ロックス様、気を確かに」


「ルーン……?」


「あなたは強いことだけが取り柄のボンクラでしょう。魔王如きに負けられては困ります」


「……そうだね、僕はボンクラだ。いやピエロ……さらに言えば変態のナルシスト、かつ」


「自虐のレパートリーを披露している場合ではございません。さあ、前を見て」ルーンはロックスの手を取る。「私と共に行きましょう」


 2人は身を寄せ合い、聖剣に手を重ね、一歩一歩前に進んでいく。


 そして、今まですれ違いを続けていたとは思えないほどぴったりの息で、


 共に聖剣を振り下ろす。


 その一撃で、魔王の動きは止まる。


 血飛沫が織りなすバージンロード。


 本日特製の魔王ケーキへの入刀。

 

 初めての共同作業ってやつだ。


「み、見事だ……勇者よ」魔王の姿は徐々に灰と化していく。「くだらなくも美しい、よい余興であったぞ」


 こうして、俺たちの魔王討伐は終わった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺の名はエージェ。王都外れの村に住まう、平凡な聖女Aだ。国からめっちゃ金貰ったから今すごい暇。


 魔王が完全討伐され、次代の勇者を身篭る必要がなくなったため、勇者と聖女の結婚は正式に破棄された。


 今は気ままな1人暮らしだ。あまりにも暇すぎておっぱいをアメリカンクラッカーみたいにして遊んでみたが、垂れ乳になりたくないし途中で死にたくなったのでやめた。


 ああ、なんか面白いことでも起きねえかなあ。


 その時、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。


「どちら様で……」


「やあやあ麗しきマイフィアンセ! 元気にして」


 バタン、と勢いよく扉を閉める。その際彼の手の小指が間に挟まれたようで、野太い絶叫が向こうから聞こえる。


 再度扉が開かれる。


「ひ、ひどいじゃないか! 見てこれ! 小指が親指よりデカくなってるけど!」


「便利でいいじゃん」


「どのへんが!?」


 小指をぷっくり膨らませて半泣きのロックスがあまりにもウザかったので、俺は聖魔法で治療してやる。


「全く、一度は婚約までした相手になんてことをするんだ」


「一度は婚約までしたからこそ不快感が拭えねえんだよ」


 何しに来たんだよこいつ。凱旋パレードで忙しいんじゃねえの? こんな外れの村までわざわざ来やがって。


 あれ。


「ロックス、お前の本当のフィアンセはどこだ」


 従者のルーンがいないぞ。


 何かいい雰囲気だったし、さすがに進展してるはずだろ。


「彼女は……フィアンセではないね」


「は?」


「というか、ガールフレンドですらないね」


「もしかしてお前、未だに告白とかしてないの?」


「イエス」彼は白い歯を見せてそう笑う。


「カス」


「え」


「カスのうえにクズ。クズのうえにヘタレ」


「シンプルな罵倒が一番傷つくなあ」


 なんであの展開から即プロポーズできないの? もうあのまま流れでゴールインする結末が見えてたじゃん。『初めての共同作業ってやつだ。』とかモノローグしちゃった俺がバカみたいじゃん。


「今日はその相談に来たんだよ。どうにも勇気が出なくてね」


「よし、なら今すぐ帰ってプロポーズして2秒で結婚式挙げろ。必ず上手くいく。それじゃあな」


「真面目に聞いてくれよ親友……僕にはもうキミしかいないんだ」


 そう言ってロックスは肩を掴んでくる。ちょ、やめてくんない。ガチで不快。だいたいこんな場面他人に見られたら絶対誤解され……


「ロックス様、私を置いて行くなと何度言えば分かるのですか」


 いつの間にか、ロックスの後ろにはルーンが立っていた。


 その毅然とした声音に、ロックスは驚いた顔で振り向く。「ル、ルーン!? なぜここに」


「なぜもクソもありません。あなたを護衛し、監視するのが私の仕事ですから」


 彼女は相変わらず、仕事人のように淡々とした口調でそう言う。この分じゃ、どうやらロックスの言う通り目立った進展はまだないみたいだな。


「ですが、何やら聖女様とお楽しみの最中だったようですし、望むなら席を外しますが」


 そう言ってくるりと背を向ける。


 たぶんちょっと怒ってる。


「それは誤解だよルーン! 僕は断じてエージェをただの親友だと思ってるんだって!」


「でも本当は?」


「ぶっちゃけおっぱいは触りたいよね」


「さよなら」


「じょ、冗談だって……あれ、本当に帰っちゃう感じ? うそうそうそ、待ってくれよルーン!」


 慌てふためくロックス。


 そっぽを向いて歩いていくルーン。


 徐々に小さくなっていく2人の後ろ姿を眺めながら、俺はふああと大きくあくびをする。


 ま、紆余曲折でも急がば回れでも、存分に楽しめよ。


 どうあがいたって、もはやお前らは結ばれる運命なんだからさ。


 どうせ暇だし、俺は聖女らしく神に祈りを捧げてやることにした。


 辞めるときも、健やかなるときも、


 あのバカ2人に、アホみたいな幸せが訪れんことを。


 (おしまい)


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