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異世界転移に気付かない光の信徒たち 3


貧民街(スラム)で起こるクエストは、<大地>や<火>でも何度か遭遇するもので、珍しくはない。

このゲーム内に無数に存在するクエストをこなしていく事は、シオンや他のメンバーにとっても一つの目的であり、それをクリアするのはとても楽しいものだ。

けれど、その例外と言えるのがスラムのクエストである。

スラムはその存在自体が悪の部分とされていて、受けるクエストほとんどがスラムの住人から被害を受けた者からの依頼だったり、スラムで起こる騒動の鎮静化だったりするものだった。

けれどよくよく内情を見れば、追い詰められた故にスラムの住人が起こした悲しい事件だったり、スラムの子供を利用した悪党の犯罪だったりと、必ずしも一方が悪いとは言えない状況であるのが特徴である。


「盗まれた物を取り返せ」という貴族からの依頼のクエストは、実際の持ち主はスラムの住人であるが、それが貴族に不当に搾取され、必死の思いで取り返したものだったりした。それを自分たち冒険者が取り返さなければならないクエストで、<チーム・青二才>のメンバーはしばらくこの依頼をどう処理するか悩んだものだ。

もしかしたら次のフラグが発生して貴族から取り返せるクエストがあるかもしれない。そう思ってスラムの住人から品物を取り戻してクエスト完了をさせてみたが、結局その後は展開は変わらず……後味の悪い思いをしたことがある。

しかもそういった内容が多く、たとえ解決したとしてもシコリが残り、一筋縄ではいかない。

――それがスラムで起こるクエストだった。


「ごめん……フラグ立てちゃったかも」


どんよりした表情で帰ってきたシオン。

一部始終を聞いた他の三人は、シオンを責めることは出来なかった。

その場にいれば、全員が同じ行動を取っただろう。


「スラムかあ……」

「やっぱりこっちにもしっかりあるよね」


ディルガルドとシルレリアが腕を組んで唸る。

久々のスラム関係クエストだ、<チーム・青二才>はロールプレイを楽しむパーティではあるが、その自分たちが進んで受けようとは思わないクエストなのは間違いない。

なので、少し気が重く感じられるのはシオンも気付いた。


「……その子達からのは、どういう依頼だったの?」


状況を把握したいリズは、落ち込むシオンに悪いと思いながら先を促す。

ちなみに朝食は食べきって、今は光の教会への道すがら、歩きながらの相談だ。

慌ただしく出てきてしまったので、リリーさんにはちゃんとお詫びをしなければならないなと、シオンは肩を落とした。朝食も食べられなかった。まだまだお腹の空きはあったのに。


「えっと、お母さんを助けてっていうお願いだったんだけど」


助けてと縋りついた女の子。それは自分の母親を助けてほしいという頼みだった。

その親子は南門の外壁に住み着いているらしく、そこでずっと母親が寝込んでいるのだとか。


「……病気がちのお母さん?」

「……薬代がないから?」

「……薬草を取りに森までついてきてほしい?」

「いやいや、確かによくある話だしよくあるクエストだけどね!?」


三人が予想する「あり得そうな話」を並べられて、ちょっとだけにやけてしまう。

しかも半分正解してるから、余計に。


「……病気がちのお母さんの薬、までは合ってる」

「合ってるんだ」

「おしい」

「くっそ、私が不正解だったか……!」


シルレリアが拳を振って悔しがる。

いや、そんなことで悔しがらないでほしい、とついに我慢出来なくなったシオンは笑う。

そんな仲間の気遣いあるやり取りのおかげで、シオンの心も軽くなった。


「つーか、病気がち、とかそういうのは薬を渡せば終わりじゃないか?」

「そう思うでしょ? なので私もふつーに<万能薬>を渡してあげたわけです」

「おー、太っ腹」


怪我や状態異常を完全回復させる<万能薬>は冒険者にとって必須アイテムだが、特に珍しくないので探そうと思えば探せるし、調合や錬金スキルがあれば作れる代物だ。

<チーム・青二才>ではディルガルドが錬金スキルを、シオンとシルレリアが調合スキルを持っているので、在庫には事欠かない。

<セブンディア>においては市民の間ではあまり使われておらず、貴重品の分類に入る。

それ故、今回スラムの子供に渡したのは普通に考えれば「貴重なものをタダであげた」ということになるのだが。


「まあ死ぬほど持ってるしね? ……それで、そのクエスト自体は終わったと思うんだけど」

「……だけど?」

「うん」

「もしや悪い予感が?」

「めっちゃくちゃ、する」


ひえ、とシルレリアが声を上げる。

リズの方を見ると、同じようにげんなりした表情を作っていて、それが事実だと分かる。

シオンの感と、リズのスキル<直感>は当たるのだ。


「ということは、近いうちにスラム関係で巻き込まれる可能性があるってことか」


ディルガルドの言う通り、その可能性が大きいだろう。

シオンはこの行動が何かのフラグを立ててしまったのだと推測する。


「本当にごめん、よりによってスラムクエストを……」

「気にするなよシオン」

「そうだよ、そういうのは流れだしね」


自分たちのプレイスタイルなのだ。シオンが気にすることではない。

そうリズが優しく頭を撫でてくれる。

精一杯背伸びをしてくれ慰めてくれるその姿が、とても可愛い。

思わずぎゅ~っと抱きしめたシオンに、シルレリアは(分かる……)と深く頷いたのだった。



***



光の教会があるという南地区は、言わば低賃金で働く人が多い地区で、大通りから一本裏に入れば住宅が密集しており、奥(南)に向かえば向かうほど治安が悪くなる貧民街(スラム)と呼ばれる場所だった。

パスカリアの街へは西門から入ってきたが、南門は浮浪者や孤児がたむろしており、街の人間や商人はあまり利用しない。冒険者や、物乞いが気にならない人が利用する入口だ。


光の教会はそんな地区にある高台に位置しており、水の女神(ヴェーザ)を信仰する街の人間は寄り付かない。もちろん光の信徒ですら、よほどのことがない限り近寄らない場所だ。

それ故、国教であるはずの光の教会の経営は火の車であり、ラサエル夫人が寄付したいというのも無理からぬ話であった。


「さーて、問題なく教会までたどり着けますかね……」


ディルガルドが祈るように呟いて、四人は南地区へ足を踏み入れた。


「相変わらずここは……」

「うん」

「ひどいね」


土地は変われど、スラムというのは大体が同じような環境だ。

住宅地を抜け、段々と薄暗くなる路地に座り込む人間が増えていく。それを横目に、物乞いに話しかけられぬよう速足で通り過ぎるのが大事になる。

けれど、こういう時は必ず足止めを食らうものだ。


「お姉さん!」


シオンの服を掴むのは、さっきの女の子だ。

シオンは足を止めしゃがみ込み、少女と目を合わせた。

辛そうな顔をしていた子は、今はひっ迫した表情ではなく、喜びにあふれている。

母親に飲ませた<万能薬>が効いたのだろう。それに気付き、シオンもほっと安心した表情を見せた。


「あの、さっきは薬、ありがとう!」

「ううん、いいよ」

「お母さん、少し良くなったから」

「そう、けどまだしばらくは大事にね」

「うん!」


懸命にお礼を言おうとする少女の頭を撫でてやる。

そして少女とそんな会話をしていれば、自分もおこぼれがもらえるかもしれないと人が集まってくる。

ここに留まっているのはあまりよくないが、厄介な場所とはいえ、少女を無視するほど落ちぶれてはいない。他の三人だって嬉しそうな少女にほっとしているのだから。


「お母さん、元気になってよかったね」

「うん、ありがとう!」


シルレリアの言葉に笑顔を見せる少女。

誰かの役に立てるならば、本当はどんな願いだって叶えてやりたい。救いたい。そう思っている。

――けれど、すべてを救うのは難しい。

縋るように、遠巻きに見てくるスラムの住人を気にしないようにしながら、シオンは少女に「歩きながら話そう」と立ち上がった。


「私たち、光の教会へ行きたいんだ」

「だったら、私が案内してあげるね!」


こっちだよ、と少女は走り出した。

それを見ていた他の孤児も何人か一緒に走り出す。

少しでも便乗しようとする必死なその姿を止めることはしない。

四人はその後を追いかけながら、するすると路地を抜けていく。

すると、少しひらけた場所に出た。


「あそこ!」


少女が指差した空を見上げると、教会らしき建物が見えた。


「そこの坂を上がれば光の教会だよ」

「ありがとう……えっと、名前を聞いていい?」


シルレリアが少女に尋ねる。


「ナタリー」

「ありがとうナタリー、それじゃあこれはお礼」

「わっこんなに?」

「他の子と分けられる?」

「うん、出来るよ」

「……そう、いい子」


一緒に走ってきた、ナタリーより小さな子供達がうろうろ様子を窺っている。

少しでも助けになればと、多めに小銭を渡したシルレリアの気持ちをこの少女はよく理解していた。

ちゃんと子供たちを整列させ、均等に配り始める。計算もできるようで、少し驚く。

小銭を渡された子供たちは脱兎のごとく逃げ出してしまったが、ナタリーだけはまだ四人のそばに居たいようだった。


「ナタリー?」

「……邪魔しないから、一緒に行っていい?」


心細い声で、上目遣いでシルレリアの黒い服を握る少女。

シルレリアは仲間の顔を窺った。


「いいんじゃない?」

「別に、俺も構わないぜ」


ディルガルドとリズが答える。

もうフラグ回収はされているだろうしね、と、旗を立てまくったシオンが諦めたように呟いた。



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