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異世界転移に気付かない光の信徒たち 1

「――ごちそうさまでした!」

「本当に美味しかったです、ありがとうございます」

「いいのよ、たくさん食べてくれて嬉しいわ」


リリーが空になった食卓に満足そうに笑う。


昼食をご馳走になった後、夜はこのまま泊まらせてもらうことになった。

落ち着いたら宿を探すつもりだが、「しばらく泊まってくれていいから」というヨルドの好意に甘え、四人は頭を下げた。


「とはいえ、まだ明るいからこのまま部屋にいくのは勿体ないね」

「どうしようか?」


まだ外は明るく、だがじっくり観光するほどの時間はなさそうな時間帯。

ちょっとこの辺りを見て回ろうかと考えていると、リリーがならば、と提案してくれる。


「光の教会はどうですか? 皆さん、信仰されていると仰っていましたし」

「あ、そういえばこの地区にもあるんでしたっけ」

「ありますよ、少し歩いたところに」


この街では数が少ないとはいえ、国教であるウィールジュを信仰する者も当然いる。

北エリアには修道士が管理する教会があるそうだ。


「じゃあ、そこに挨拶に行こっか!」

「そうだな」

「初めての教会、嬉しいな~」

「というわけでいってきます!」


詳しい道順を聞いてから、四人はバタバタと出かけて行った。

彼らにとって初めての教会だと言っていた。リリーはそれが少し不安に思う。


「……皆、がっかりしないかしら」

「そうだな……」


足取りが軽い彼らの背中を、心配そうに見送る夫妻だった。




パスカリアは水の女神ヴェーザを信仰する人が多い。

それ故に教会は神殿というに相応しい佇まいのものがそれぞれのエリアに数多く建てられていて、それ以外にも水の女神像などが随所に飾られ、パスカリアの町に溶け込んでいる。

そんな街の中にあるウィールジュの教会は三つだけ。なんとも寂しい限りだが、今まで一つもなかったエリアにいた四人にとってはそれだけでも貴重だ。

その貴重な内の一つ、北エリアにある教会の前に四人は立っていた。

ヨルドから「あまり大きくない」と聞いてはいたが、言葉通り、本当に大きくない。

いや、小さいというわけではないのだ。

ただこの裕福な北エリアの住宅より、多少貧相な建物であるのは驚きだった。


「おお……」

「さすがに」

「聞いていた以上に、予想外」


豪華絢爛な水の神殿を見た後なので、四人が絶句するのも無理はない。

だが、それでも自分たちの信仰する教会だ。

恐る恐る敷地へ入り、辺りを見回した。


「小さいけど、庭は綺麗だね」

「うん、ちゃんと手入れされてる」


庭園というほどではないが、水路が走り、花壇など緑地を作った綺麗な庭がある。

その庭を通り、閉まっていた扉を開ける。


「おや、ようこそ光の教会へ」


訪問客に気付いた修道士が、優しく声をかけてきた。


「あの、お邪魔してもいいですか?」

「もちろんです、さあ、どうぞ」


掃除をしていたのか、持っていた箒を壁に立てかけて四人を出迎えてくれる。

教会の中はシンプルな造りで、中は思ったより広い。奥には祈りのための祭壇と、その前には信徒が座る長椅子がいくつか置かれているだけだ。

そして、あれがウィールジュなのだろうか、祭壇の上には小さな女神像が置かれていた。


「旅の方、お祈りをされますか?」

「あ、はい、ぜひお願いします!」

「では、どうぞお座りください」


その簡素な内装に驚きながら、けれど口には出さず四人は促されるまま長椅子に座った。


「天より遣わす女神の子らよ、祈りなさい。光の女神の光によりてその身を包み、空と太陽に祈りを捧げ、光と輝きを授かり給え――」


静かな声、修道士の祈りが教会内に響き渡る。


「女神の子に希望があらんことを」

「……」

「……ありがとうございました」


修道士の祈りを受けて、四人はゆっくり目を開ける。


「……もらった?」

「ううん、何も」

「特にステータスが変わったとか、そんなん無いよね」

「俺も」


ぼそぼそと話していると、修道士が困ったような表情を見せた。


「……失礼、もしや恩恵(ギフト)をお望みでしたか?」

「あ、いや、その……はい、そうです」

「私たち、初めて教会に来たので、もらえるかなと思ってたのですが」

「そうでしたか」


修道士の男は申し訳なさそうな声で言った。

ここでは恩恵(ギフト)は授かれないのだ、と。


「ここは正式な教会ではありますが、北地区の管理協会として存在しています」

「管理協会?」

「それぞれの地区を担当する教会のことです。ギルド風に言うならば北支部でしょうか。本協会は南地区にありますが、日々のお祈りをされる方にとってはそこまで足を運ぶとなるとなかなかの距離があって大変ですから」

「お祈りだけする場所ってことでいいですか?」

「簡単にいえばそうですね」


恩恵(ギフト)は本協会の神父でなければ授けることができないのだとか。修道士はまだ自分は力不足で、恩恵(ギフト)を授ける身分ではないと教えてくれた。

残念に思いながらも四人はじゃあ今度はそちらに行ってみます、と伝え教会を出ようとした。

それを慌てて修道士が呼び止める。


「南地区に行かれるならば、どうぞ気を付けてください」

「……わざわざ仰るってことは、何か問題でも?」


修道士は言い難そうな表情を見せたが、隠してもしょうがないと思い口を開く。

彼ら冒険者は必ず恩恵(ギフト)のために教会を訪れるだろうから。


「南地区にはスラムが存在しています。あまり治安が良いとはいえず、教会も近い場所にあるので十分に注意してください」

「スラムか……確かに厄介だな」

「やっぱりこの街にもあるんだね」


貧民街(スラム)と呼ばれるエリアは大体どこの国にでも一つは存在するエリアだ。

四人も何度か訪れたことがある。

職を無くした者、家を持たない者、親がいない子供達、身を隠す犯罪者などが集まる、日陰者の住む場所。このエリアを歩くと高確率でスリにあい所持金を失うこともある。「所持金を取り戻せ」といった緊急クエストが発生する場所でもあった。そういった犯罪系のクエストが多いエリアだというのには慣れている。


「冒険者の皆さんでしたら大丈夫かと思いますが……」

「まあ、それなりに場数は踏んでいますので~」

「ご忠告感謝します」


のんびりとシオンが答え、ディルガルドは心配性な修道士に礼を言う。

なんにせよ南の教会には行かねばならないし、スラムに行くこともあるかもしれない。

大抵クエストというのは危険なものが多いのだから、ここでも例外ではないだろう。むしろ危険こそ大歓迎、という期待に溢れた瞳をキラキラさせているシオンに気付いた他の三人は、やれやれと視線を交わして笑いあった。


「とりあえず、教会に行くとしても明日だな」

「そうね、あとは街をぶらぶらする感じかなあ」

「冒険者ギルドにも行かなきゃだよ」

「そうだった」


明日の予定を立てつつ話していると、教会の扉が開く。

ぎしりと木の音を立てて開く扉に一斉に視線を向けると、気品のある老婦人が立っていた。


「あら、他にお客様かしら?」

「ラサエル夫人」


四人に気付いてにこりと笑った白髪の老婦人は、杖をつきながらゆっくりと入ってきた。修道士がその横に付き、肩を支えながら一緒に歩く。親しく話していることから、彼女はよくここに来ている信徒だと分かる。


「珍しいわ、私の他にこちらにいらっしゃる方なんて……」

「彼らは初めて光の教会に来られた冒険者なんですよ」

「まあ、そうなの!」


修道士の手を借りながら一番前の椅子に座るラサエル夫人。

彼女も光の信徒であり、毎日祈りを捧げにこの教会に足を運んでいるのだと教えてもらった。同じ信徒として四人は名乗り、ラサエル夫人と握手を交わす。


「座ったままでごめんなさい、足が悪くて……」

「いえ、気にしていません」

「冒険者の皆さんは荒々しい方ばかりかと思ったけど、そうでもないのね」


ふふ、と笑みを浮かべる夫人に、ディルガルドも笑う。

ディルガルドは自身の黒い鎧が人を委縮させる事をよく理解していた。体が大きい分、威圧感も十分あって戦闘においては有効だが、こういった社交の場ではとても不釣り合いであった。

だが夫人は気にならないらしい。案外度胸がある女性なのだろうかとディルガルドは思う。

しかし、わざわざ膝をついて視線を合わせたディルガルドの優しさに気付かないはずはない。夫人はディルガルドが自然な動きでそうしてくれたことに喜んだのだ。

我がリーダーがとても誠実であることに、リズは心の中で誇りに思った。他の二人も。


「それでは、いつもの祈りをしましょうか」

「はい、お願いしますね」


修道士が夫人の前に立つ。

夫人が祈るのを邪魔してはいけないと、ディルガルドは後ろに下がり、他の三人も従った。


「……素敵な人」

「ね」


リズとシルレリアは囁きあった。

高貴な雰囲気とでもいうのだろうか、そんなオーラを纏った老婦人だった。

修道士となにやら話していたが、夫人は四人にこちらに来てほしいと手を招く。何だろう?と近くまで寄ると、夫人は革袋を取り出してディルガルドの手を取った。


「え?」

「これを、持って行ってほしいの」

「え、わっ、お金!?」


ディルガルドに渡された革袋の中には金貨が入っていた。それも大量に。


「こんな、もらえませんよ!?」

「あげたわけじゃないわ、預けたの」

「預けた……?」

「あの、どうしてですか?」


ラサエル夫人はにこりと笑う。


「教会に、寄付をしてきてほしいの」

「寄付って……?」


大量の金貨の入った革袋を手にしておろおろと狼狽えるディルガルドに、リズがこっそり笑う。


さて、急な夫人の言葉は、本協会――南地区の光の教会に、直接寄付をしてほしいという頼みだった。

南の教会へ寄付したことはなく、いつも北地区から間接的な寄付しかしていなかったのだとか。


「お願いできるかしら?」


ラサエル夫人以外にも北地区には寄付してくれる信徒がいるので、修道士も是非にと言ってくれる。


「正直、北は北だけで管理するのが精一杯な状況です。ですが、それでもまだ不自由なく務めることが出来ているのは夫人や他の信徒の皆さんのおかげなんです。南は場所柄、そうもいかないでしょうから……ラサエル夫人のお気持ちは大変ありがたいです」


一人で教会を管理しているくらいだ、確かにあまり余裕はないのだろう。

けれど裕福層の地区であるために寄付でなんとかやり繰り出来ている、ということか。


「ふふ、夫に先立たれてから教会にはとても助けてもらいましたから。少しでも手伝えたら嬉しいわ」

「感謝いたします」

「――そういうわけで、南の教会への寄付をお願いできるかしら?」


ラサエル夫人の再三の願いを、無碍にすることはできない。

けれど、すぐにハイと答えることも出来なかった。


「でも、見ず知らずの私たちにこんな大金預けて大丈夫ですか?」

「あら……これでも人を見る目はあるのよ?」


シルレリアが困惑したように金貨を眺めた。

盗む気なんてさらさらないが、そんな簡単に人を信じていいのだろうかと不安になる。

けれど夫人は全く気にしてないと首を振る。


「それに、私たち光の信徒同士……仲間じゃない?」


ね?と可愛らしく言われて、シルレリアは目を丸くする。

いたずらっ子のような、そんな仕草をしたラサエル夫人。

この街で信仰を同じにする者にしか、その気持ちは伝わらないだろう。

数少ない光の信者である自分たちを信じていると、ラサエル夫人は言ってくれているのだ。


「……わかりました、お受けします」


そこまで言われて、断る四人ではない。

革袋を大事に懐にしまって、ディルガルドは任せてほしいと胸の鎧を叩いた。



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