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異世界転移に気付かない迷子たち 6

秘書に案内されて、商業ギルドの長と四人は挨拶を交わす。

ヨルドもすでに椅子に腰かけていて、促されるままその向かい側に座った。


「初めまして、ギルド長のサジル・リーデンだ」

「どうも、<チーム・青二才>のディルガルドです。こっちはリズ、シオン、シルレリア」

「よろしくお願いします~」

「……っん、どうも」


チーム名を聞いた瞬間サジルの口元が歪んだ気がしたが、ディルガルド達は気付かないふりをした。

たいていの人は同じ反応をするので、もう慣れたものだった。

(その反応をこっそり盗み見るのがまた楽しいのだけれど、それは四人だけの秘密。)


「さ、さて……ヨルドから話を聞いたが、君達からも詳しく聞かせてくれ」

「もちろんです」

「まず転移してきた場所だが――」


地図を広げたサジルが指差した。

よく見れば、ヨルドに見せてもらった地図より広域なものだった。しっかりと目に焼き付けつつ、サジルの示した場所について話を聞いていく。


「<大地>のダンジョンをクリアした後、転移してきたと聞いたが」

「はい。いつもならそのまま入り口に戻されるはずだったんですが、いつの間にか雪山にいて」

「気付いたらこの国でした。そのまま山を下りて街道を北に歩いてたら森が見えて、ヨルドさんと出会って……」

「今に至る、という感じです」

「ふむ。君らが転移してきたのは、南東のこの山だな」


地図の南の端、四人が転移したのはアルカンと呼ばれる山々だそうだ。

サジルがその山の上で、指をトントンと叩く。


「アルカン山にもダンジョンはある。だから、攻略後に転移――ここに現れることは不思議ではないのだが……」


訝しげにサジルが四人を見た。

ギルド関係者のヨルドが紹介しているとしても、やはり信じがたいのだろう。その表情が物語っていた。

ディルガルドは仕方ないと思いながらもため息を吐いた。自分たちだって信じられないのだからどうしようもない。肩を竦めて、その怪しんでくる視線を受け流すしかなかった。


「<大地>から来た、と言われてもすぐ信じられないのは許してくれ。南の大陸は存在こそ確認されているが、それ以上の情報は何も入ってこないんだ。謎の大陸と呼ばれているくらいだからね」

「まあ、疑われてもしょうがない状況ではあるよな」

「まーね」

「ヨルドは君達を信用しているようだし、話を聞く限り矛盾はないように思えるが……」

「リーデン、彼らは悪い人間ではないと思います。嘘はついていない、話していてそれがわかるでしょう? それに、彼らは確かにここにはない素材を持っている。それを見れば、考えが変わるのでは?」


ヨルドが見せてやってくれ、と四人に向けて頷いた。


そう、昨夜ヨルドには自分たちが持っていた素材を確認してもらっていたのだ。

比較的レア度の低いものだが、おそらくは<大地>にしかない素材、<美>や<火>の素材なども証拠になるだろうと思って。

シルレリアがそれらの素材を取り出し、テーブルに並べ始める。

<大地の花>、<美の花>、<火の花>、<闇の石>――これらは、それぞれの国で一番最初に受けるクエストで手に入る、その国だけにある素材だ。特に<大地の花>は『地獄のチュートリアル』と呼ばれるクエストを終えて手に入る素材で、レアでもなんでもない素材だが、ある意味貴重なものである。


「これは――」

「これで信じてもらえます?」

「っ少し、時間をくれ」


サジルが興奮気味に鑑定を始めた様子に、多分これなら大丈夫だろうと一息ついて、四人は地図をじっくりと見ることにした。せっかく目の前にあるのだ、確認しなくては損だろう。

国全体が分かる地図をこんなに早く確認できたのはラッキーだ。

パスカリア周辺の町の位置、北東にある王都など、<光の国(ウィールジュ)>の全容が分かる。

それに<水の国(ヴェーザ)>、その北にある<緑の国(ティーホ)>など、未実装国や聞いたことのない国やエリアが地図に載っていた。自分たちがいたはずの南のエリアについては、その地図でも詳しく書かれておらず落胆に終わるが、それでも未知のエリアの存在に四人は興奮しないわけがなかった。


「……やべえな、これ」

「本当に未到達エリアなら、すごいよ」

「もしかして運営が隠していたエリアに偶然来ちゃったのかな」

「今後実装予定だったのかも。まだ作成途中だから、エラーも多いとか?」


ひそひそと、だが声が弾みながら四人は地図を見比べる。

今まで4つの国しかなかった<セブンディア>が、ついに7つ揃うのだとしたら――。


「こりゃあ、回線切られる前に遊ぶしかないよな!?」

「賛成!」

「ログアウトも出来ないし、仕方ないわ」

「そうそう、運営のせい運営のせい」


ゲームを抜けられないのなら、続けるしかないよね!

四人がうんうんと頷いて、満場一致でこのまま続けようということに決まった。


そんな事を話している間に、サジルの鑑定が終わったようだった。

見たこともない素材を前に興奮している様子が伝わるが、サジルは深く息を吐いて気持ちを落ち着かせていた。さすがギルド長といったところか。

サジルは持っていた素材をテーブルに戻し、眼鏡を外す。


「……うん、確かにこの国にはない素材だ」


信じるしかないな、とポツリと呟く。

それにほっとしたシルレリアが素材をアイテムボックスに戻そうとしたが、サジルが慌てて「是非売ってほしい」とその手を止める。当然だ、ここは商業ギルドなのだから、こんな珍しい素材を前に引き下がるわけがない。

まあそれもそうかと思い、どうぞ、と渡す。

とりあえず普段の相場を伝えるが、安すぎると言われてしまった。


「でも、これってそんなに珍しい素材じゃないし……」

「だがここでは手に入らない素材だ」

「いやでも」


正直お金を取るのも憚れる素材なので、さすがのシルレリアも他の三人を見回す。

助けてよ、という視線にディルガルドは俺には無理、と首を振り、シオンは目をそらし、リズはシルレリア頑張れ!と笑顔を向けた。冷たい応援を受けたシルレリアは、なら他の素材をおまけとして渡し、これ以上はもらえないと、なんとかサジルを言いくるめようとした。


「……君たちの大陸ではよくあるものでも、ここでは貴重なものになってしまう。それを知らずに売り買いされると市場が混乱するんだ。ほいほい渡すようなことはあまり推奨しないな。」


ギルド長としてはそんなことは避けたいのだろう。

ちょっと怒ったように言われて、シルレリアは言い淀む。


「その通りだ」


ヨルドも彼と同じ意見のようだが、しかし四人にとっては多すぎる金額を提示されて、それに良しというほど資金に困っていなかった。


「ええと……」


どう答えればいいか困惑していたシルレリアに、仕方ないなとシオンが口を挟む。

シルレリアはちょっとだけ優柔不断なところもあるので、こういう交渉自体があまり得意ではないのを思い出した。


「とりあえず、今のところ自分たちが持っている素材の売り買いは控えるようにします。何かあればヨルドさんやギルド長を通せば問題ないですか?」

「……ああ、それなら構わない」

「ならついでに、ここの相場やアイテム素材も色々教えてください。その対価として、こちらの素材もお渡しします」


いいよね?とシオンが三人に視線を向ける。

全員が問題ない、と頷いてくれたので、シオンは遠慮なく話を続けた。


「私たちはここのことをよく知りません。ヨルドさんにいくつかは教わりましたが、全部じゃないでしょうから、それも含めて教えていただければ、私たちの知識もアイテムも一部ですが提供します」

「ふむ」

「いい案だと思います。それに彼らはしばらく私の家に招待するつもりだったので、ちょうど良いのでは?」


ヨルドがシオンの言葉に続ける。

そもそも商人として、この四人を手放すことはあり得ない。

彼らが持っていた素材を見ても明らかだし、それはギルド長にも理解できただろう。

四人とはなるべく懇意にしておかなければと、彼らがここに来る前にヨルドが散々ギルド長に伝えていたことである。


「……ああ分かった、そうしよう」


サジルがこう返事をするのは、当然の結果だった。

話はまとまり、サジル・リーデンは四人の身元を保証すると約束してくれた。

ひとまずはこの街の滞在は許可されたわけで、四人はヨルドと共に喜ぶ。

明日までにギルド長名義の書類を作ってくれるとのことなので、それがあれば自由に行動が出来るお墨付きというわけだ。


「ダンジョンの転移については、冒険者ギルドにも伝えて調査をしてもらう事になるだろう。向こうのギルド長にも君たちの事は話さなければならないし、もちろんこれら諸々、領主にも伝えることになる」

「構いません、リーデンさんに任せます」

「よろしくお願いします」

「ああ、君らとより良い商売が出来るのならこれくらい安いものさ」


サジルとヨルドはお互い笑顔で頷き合っていた。

隠そうともしない本音が飛び出して、ちょっとだけびっくりする。

案外ヨルドさんもしたたかなところがあるので、商人って怖いね……と思う四人であった。


***


商業ギルドの後は、ヨルドの家に行って遅めの昼食をご馳走になることになった。

サジルや秘書の女性と別れ、また馬車に乗せてもらいヨルドの家のある北エリアに向かう。


「先に連絡はしていたから、もう準備が出来ている頃だと思うよ」

「本当に色々とお世話になっちゃって」

「ありがとうございます、ヨルドさん」

「なんの、乗りかかった舟さ」


多少打算的な人ではあるものの、元来人が好いのだろうと思う。

商人らしさはもちろんあるが、自分達を信用してくれてこうして家にまで招いてくれるのだから、ヨルドという人を四人が好きにならないわけがなかった。


「そろそろだ」


ヨルドの屋敷は西門で見た住宅より広くて大きな家だった。

周りも同じように立派な家が多く、言っていたようにこの周辺はそれなりに裕福なエリアなようだ。


「リリーただいま」

「おかえりなさい、あなた」


待っていたヨルドの妻リリーが笑顔で出迎えてくれて、挨拶を交わしながら中へ案内してもらう。

こんな大きな家だが、メイドなどはいないようだ。息子がいるらしいが、今は仕事で出掛けているようで、後で挨拶させてもらうことに。

まずは食事を、とダイニングに連れられ、どうぞとリリーがわざわざ椅子を引いてくれた。


「ありがとうございます」


歓迎ムードすぎて驚くが、遠慮なく座らせてもらう。

テーブルの上には彼女の手料理だろう魚料理が並んでいて、四人を喜ばせた。

約束したからね、とヨルドが笑う。

四人は感謝を述べて、魚料理をご馳走になった。



『地獄のチュートリアル』

プレイヤーが必ず受注しなければならない、一番最初のチュートリアルを兼ねたクエスト。

<大地の花>を採取する簡単なクエストだが、その行程が半端でなく面倒くさい。つまり、RPGでよくある「たらい回し」である。最短で2時間かかる。面倒になったプレイヤーが途中のエリアを飛ばしたところ、すべてのフラグがなかったことになり、クエスト失敗。もう一度最初からやり直しをさせられる恐ろしい仕様だったため、「鬼畜の所業」「運営のアホ」と、しばらくタグが荒れた。ちなみにクエスト後はその花はいつでも採取可能な「その辺によくある花」で全然珍しい素材ではない。薬草にもなる。

なお、現在でもこのクエスト仕様は変わっておらず、新規プレイヤーの地獄を味わう姿が定期的に話題となっている。

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