異世界転移に気付かない迷子たち 3
「あ、馬車だ」
「敵ではなさそう。行商人かしら?」
「うーん、やっぱりマーカーがないね。マップ表示がまず出来てないからかなあ」
「ちょっと不便ね……」
「まあエラーは今はしょうがないから後にしよう。とにかく話しかけようぜ、ここがどこか知りたいし」
「うん、賛成」
と、いうわけで行商人(?)とエンカウント。
無謀にも危険な森の近くでキャンプしている四人を、馬車を引いていた男性は怪しげに見ている。
「あんた達、こんな所でキャンプなんて正気かい」
「ちゃんと結界は張ってるから、安全だぜ」
「それに、私達、強いから」
「……冒険者ってのは度胸があるんだな」
「それがなきゃ冒険者やってられないでしょ!」
シルレリアが得意げに笑う。
「それよりおじさんこそ、夜に一人でだと大変じゃない?」
「良かったら俺らのキャンプで休んでいけよ」
「……」
多少怪しんでいた男性は、だがディルガルドの言う通り、夜道の危険を分かっていたので馬車を降りてきてくれた。四人の雰囲気で質の悪い冒険者ではないと分かったのだろう。
男の名はヨルドと言った。商品の荷を近くの村まで運んだ帰りで、遅くなってしまったという。
食事をご馳走しつつ、話を聞く。
「君らは何故こんなところに? この辺は、この森以外は平地でなにもないと思うんだが」
「恥ずかしながら、迷子になっていて」
「……なに?」
「ダンジョンから出たら、知らない所だったんです」
ここまでの経緯を伝えると、ヨルドは「ならば」と言って自分の荷物を探り出し始めた。
「地図があるから、見たら分かるか?」
「おお、助かる!」
「ありがとう、ヨルドさん!」
パッと広げられた地図。使い込まれたそれは、彼がずっと使い続けているためだろう。
やっとここがどこだか分かる、と四人がその地図を覗き込んだ。
「今、ここだな。私の家はこの街にある」
「……」
ヨルドが地図を指差す。
「……えーと、その街の名前、教えてくれる?」
「パスカリアだ。知らないか? 大きな街だぞ」
「…………」
「……知らない、な」
知らない、それはとてつもなく大問題である。
ヨルドが言う大きな街であれば、古参プレイヤーである四人が行ったことがあるはずだ。というか、行ってない場所なんてほぼ無いに等しい。
なのに、誰もその街の名を知らない。
それどころか、その地図にある地形も全く見覚えのないものだった。
「パスカリアって、聞いたことないよね?」
「アップデートで……?」
シオンとシルレリアが地図を見ながらひそひそと話す。どう考えてもおかしい。
「……ねえ、ヨルドさん」
「うん?」
「ちなみに聞くけど、ここの国の名前、教えてくれる……?」
恐る恐る、ディルガルドが口を開く。
様子がおかしくなった四人を不思議に思いながら、ヨルドは言った。
「<ウィールジュ>だよ」
光の女神、その国<ウィールジュ>。
信じられないヨルドの言葉に、最初は冗談を言われているのかと思った。だが、ヨルドの表情は至って普通で、むしろ何でそんな事も知らないんだという視線を向けられたのだ。
「ウィールジュって、それ、本気?」
「実装されたの? でも、もしそうならSNSで祭りになってるはずよ!」
「前もって告知しないはずがないし」
「あんた達、何言ってるんだ?」
ヨルドが慌て始めたシオン達を鎮めるように言う。自分が何か変なことを言っただろうかと、この冒険者達の焦りからヨルドははたと気付く。
「君らもしかして、別の国から来たのか?」
「……ああ、そうだ。俺たち<大地>にいたはずなんだけど……」
火を囲みながら、困惑し腕を組む4人。
ダンジョン踏破で新エリアが解放されたのかとも思ったが、そうであれば前もって知らされないわけがない。そもそもあの運営であれば、新しい国が解放されるのであればめちゃくちゃ宣伝するに決まっている。そういう運営だ。
その認識は4人全員が持っていたので、だから問題だった。
アップデートでないなら、これは一体なんなのだ?
「<大地>というと、シュリンテンのことか? 海の向こうじゃないか、そんな遠い国から来たのか!」
「……待って、海の向こう?」
「遠い国ってことは――」
「エリア外ってこと? まさかそんな……」
ヨルドが嘘をついているようにも見えない。
いや、見知らぬ地図が存在しているのだから、ここは<大地>でないのは真実なのだろう。
リズは眉間にしわを寄せてヨルドに尋ねた。
「……ヨルドさん、さっきの地図で、<大地>ってどこにあります?」
「ああ、ここだよ」
ヨルドは広げた地図の下辺りを指さした。
「この地図じゃ分かり難いが、この海、もっと南が君たちがいたというシュリンテンだよ」
「本当に……海の向こう」
「そんなことってある?」
「もっと広い地図は街に行けば見れると思うが……」
想像し得ない問題が目の前にあって、四人は茫然とするしかなかった。
けれどヨルドだけは、むしろその境遇を珍しいことだと思ったようで、少し声が弾んでいた。他国からきたという冒険者、そして未知の転移方法……行商人のヨルドにとって目新しい情報は大歓迎だ。
目の前の彼らには悪いと思ったが、ヨルドにとってこれは商売のタネになる話題だった。
「急に他国に来てしまったんで混乱してるだろうが、良ければ私の家までくるかい?」
「……いいんですか?」
「君らの転移してきた方法はさすがに領主に報告しなきゃいけない内容だし、それに君ら、これからこっちで生活するにしても身分証がないといけないんじゃないか?」
「ギルドカードは身分証にならないかな?」
「あ、ウィールジュ発行じゃないから駄目とかかな?」
「ああ、その通りだ。それに、<大地>の国から来たと言っても信じてもらえらないと思うよ」
「なんで?」
ディルガルドが首を傾げる。
「南の海域は常に荒れていて船なんて出せないんだよ。それに魔物も出て航海なんかできやしない。南の地方から来るには陸路しかないが、そこは砂漠が広がっている」
「砂漠……?」
「<大地>から北ってことは<闇>のコクテンだけど、聞いたことある?」
「ない」
また疑問が増えそうだった。
頭を抱えたくなった四人に、ヨルドが「話を続けるぞ」と声をかける。
「砂漠も魔物の巣窟だ。人の往来はあまりできない。だが砂漠で暮らす<流れ者>も少なからずいるから、そことの流通はあるにはあるよ」
「砂漠の人との交流はあるけど、それより南の人とはないってことね」
「そういうことだ。<流れ>達なら南との繋がりはあるかもしれんが、俺にはそれ以上はわからんな」
「いや、それだけで十分だよ。ありがとうヨルドさん」
地図を囲みながら、四人はこれからのことを考える。
「……情報収集のためにも、街に行くのは必須かな。もう少し詳しい地図もほしい」
「リズの直感は?」
「賛成。まあ、直感に頼らなくても、ここは普通に街ルートかな」
「確かにそうだよね……じゃあ、申し訳ないけどヨルドさんに甘えよう」
「――と、いうわけで、お世話になってもいいですか?」
結論が出た。
ヨルドはじっと四人の会話を聞いていたが、にこりと笑って答えた。
「ああ、もちろんだ! 街までは私が案内するよ」
「ありがとう、ヨルドさん!」
「助かります」
しかし、もともとヨルドが提案したものだったのだが、得体のしれない冒険者を受け入れてくれたことが不思議だった。シオンはそれとなくヨルドに「自分たちが怪しくないのか」と問う。
ヨルドはニヤリと笑った。商人らしい、策略ある視線だった。
「商人だからな、嘘をついているかどうかはなんとなく分かる。それに――」
ごくり、と喉を鳴らす四人。
「……もちろん、タダじゃあない」
ヨルドは目を輝かせて言った。
「<大地>について、教えてくれ!!」